cent treize 安藤
『久し振りやなカンナ』
顔だけはそこそこイケてるチャラ臭い郡司一啓。先日職場内でスキャンダルを起こし、最近新設された工場の主任としてここA県に舞い戻ってきた。
元は関西の出身で、勤務先である浅井製紙創社メンバーの孫である。コイツの父親つまり伯父と母がきょうだいなので、恥ずかしながらいとこという間柄になる。
コイツはコイツで母方の祖父の名をかさに好き放題しまくるクソな奴で、今回もまた痴情トラブルで遂に祖父がキレたそうだ。
『アンタ何回同じことするの?』
『何を言うてんのや? 向こうが勝手に言い寄ってきたんや』
そんな嘘誰が信じ思ってるの? 一歩間違えたら逮捕劇だったらしいじゃないの。コイツのムスコはとにかく穴に突っ込んでいないと気が済まないご様子で、あっちこっちの女を誑かしてはトラブルを持ち込んでくれる。
まぁ浅井製紙の工場は南部の臨海エリアだから目と鼻の先というほど近くはない、それだけがせめてもの救いといった感じか。今度こそ静かにしていただきたいわ……そう願いはしたが、この男の辞書に粛正という言葉などあるはずがなかった。
郡司は工場主任に就任して早々から、部下に当たる女性アルバイトをつまみ食いしていた。それも一人や二人ではなく、二〜三度ヤッてはポイ捨てを繰り返し、相手から文句が出れば退職をチラつかせたり金で黙らせたりしていたそうだ。
奴の素行不良のせいで祖父の立場もぐらつき始め、今年度末をもって顧問役の辞任を決めた。祖父の苦渋の決断にさすがの郡司もマズイと思ったのか、取り敢えず一定分の仕事だけはするようになったらしい。ついでに定期的に実家に戻り、自分の立場を固辞したいがために祖父に辞任の撤回を迫っていたとか。
クソすぎる孫の粗相に心を痛め、ついに限界が来たようで入院を余儀なくされた。今はすっかり元気になっているが、クズ孫の尻拭いはもう疲れた、と予定通り年度末の辞任は変更されていない。
『俺の立場はどうなんのや?』
その立場とやらを自分で潰していることにいい加減気付け。
これで少しは反省したかと思いきや、今度は視界を外に向けたのか頻繁に出かけるようになっていた。しかも場所が島エリアときたため、用も無いのに家に顔を出す頻度まで増やしてきやがった。
『最近ええ女に出会ったんや』
あっそう、全く興味が無い。
『この辺の女、悪ないやないか。中学ん時もそう思うとったけど』
だから何が言いたいの? 尋ねもしていないのにそんな報告要らないから。
『中学ん時の同級に五条夏絵ってしとやかなのがおってん、俺彼女となら本気で付き合えるわ』
今何て言った? 五条夏絵って言わなかった?
『島エリア出身の女や、お前かて顔と名前くらい知っとるんちゃうんか?』
知らない訳がない、私はこんな時に中西君とフライドポテトをシェアしていた五条の姿を思い出した。薬を飲んだ訳でもないのに口の中が苦い、故意にされたことでもないのに、心の中で燻っていた惨めさがちょっとした憎々しさに変わっていた。
『仲介役の女が役に立たんのや、アシスト役頼むわ』
ほんの少し疼いた憎悪にほだされ、郡司の茶番に付き合うこととなってしまった。
けれどそれがかえって良かったのかもしれないと今となっては思う。これがきっかけで五条との接点ができ、サシで話ができるようになれたのだから。
三十歳を目前にして五条は婚活を始めていた。それが縁で中学の同級生と再会したそうで、早速合コンの話を取り付けていた。しかしここでも望まざる再会、その中学の同級というのが野村拓哉という男だった。
彼は郡司が一度結婚を決めたお相手西村智美の元夫だ、不倫された挙げ句結婚式にまで呼ばれたという意味では、それなりの辛酸を舐めさせられたと思う。
見たところ彼は五条に好意を持っているようで、私には挨拶のみを交わして見向きもしない。ここまで露骨な態度を見せる男も珍しい、集団の場でくらい多少の社交性はマナーの範疇だと思う。
ただ五条はこの男に大して興味がないようで、当たり障りなく対話して呑気そうにしている。中西君に対しても、幼馴染以上の感情を持っていないのはどうやら本心のようだ。
この後種田あかりさんもやって来て人数が揃い、まぁ普通に進んでいた合コンにまたしても郡司が現れ、ジュエリーボックス片手にプロポーズまがいのことを始めてしまった。
『アンタまだやってんの?』
とおに振られているのに諦めが悪すぎる。
『当たり前や、俺はまだ諦めてない』
本音を言えば今すぐ死んでほしい、恥晒しにも程がある。
『人の話を聞けない男は嫌いです、私お断りしましたが』
そんな能力この男には初めから備わっていない、残念だけど。ここまで嫌悪感をむき出されても引き下がらない郡司にあかりさんがブチギレ、何度かの押し問答の末従兄弟を追っ払っていた。
これは禁じ手を使うか……目の前の出来事に放心状態のこれまたバカ面三人組などどうでもいい。私は一度席を離れ、禁じ手の関係者に通話を試みた。
『はい』
よし、私の着信に出るということは実行できる希望が見えてきた。私は相手の感情を焚き付け、禁じ手を使用可能な状態にした。あとは相手次第だが恐らく動いてくれるだろう、ひと仕事終えて店に戻ると、三人組を蚊帳の外に追い出した五条とあかりさんが、ボトルワインをシェアしてガチ飲みをしていた。
結果合コンそのものは失敗に終わったが、それなりに強靭な女二人を友人リストに入れることができた。