cent douze 安藤
しょっぱい失恋もありつつも楽しい思い出も多い高校生活に別れを告げ、大学、専門学校で建築デザインの勉強に明け暮れていた私は、恋には無縁ながらもくれちゃんと依田との交流は続いていた。
中西君とはこの六年間一度も連絡を取らず、就職組内海ともほとんど会わなくなっていた。代わりに麻弓との交流が復活し、中学高校とほとんど交流の無かった4Aと顔を合わせる機会が増えていった。
麻弓とは通話とメールでのやり取りはしていたが、彼女の学校は十年間全寮制で外部交流を制限されていた。大学では社会勉強としてむしろ推奨されていたそうで、それを機に外で会うようになった。
彼女は気が強くてワガママだし、根っからのお姫様気質ではあるが、基本的に素直で無垢な性格なので個人的に嫌いではない。ただこの子と付き合うと4Aが付いてくるのでそれが鬱陶しくて仕方がなかった。
なので、麻弓と二人で会う以外は大学の友人やくれちゃんたちとの交流を優先していた。就活時期に入るとさすがに静かになり、二年遅く就活を始めた頃になると、他のみんなは企業戦士として社会生活の荒波に揉まれていた。
何とかどうにか新卒で内定を貰い、建築デザイン会社に就職して今年で五年目になる。弊社は何気に部活動が盛んで、依田は野球部員として結構な活躍を見せている。私が入社した時期くらいからくれちゃんと交際を始め、変わらず親しくはしていたが二人の時間を大事にしてほしかったので、会う頻度は気持ち減らすようにしていた。
研修期間を終えて一人で仕事を任されるようになり、当時土地開発が進み始めていた山手エリアを担当することになった。私は内装デザインの担当なので、市内にあるリフォーム会社との付き合いが必須だった。
それをきっかけに葉山リフォームとの交流が始まり、若社長である嵐さんとカラーコーディネーターの資格を持っている梅雨子さんご夫妻とは仕事で頻繁に顔を合わせるようになった。梅雨子さんは元々街エリアのご出身なのだが、中学校入学の際島エリアに引っ越して、嵐さんとはその時期からずっとお付き合いをされていたそうだ。
『ウチ電化製品は専門外だから、中西さんにお願いしようと思っているの』
梅雨子さんの言葉に私の胸が弾んだ。この近辺で中西と言えば彼のご自宅以外思いつかないが……いや変な期待はいけない、きっとお父様のことよと心の中で必死に言い聞かせる。
『確かてつことは高校が同じなのよね? あの子今年から跡を継いで社長になったのよ』
『えっ?』
どうしよう、平静を保てない……そんな私の心を見透かしたかのように、彼女は私を見てふふふと笑った。
『再会は何年振りくらいなの?』
『六年、くらいだと思います』
『そう。交流次第ではどうにでも転がるかもね』
多分気持ちを読まれてる、今の私はまな板の上の鯉だ。
『どういう、意味ですか?』
『分からないならいいの、仕事には一切関係のない話だから』
梅雨子さんはすぐさま仕事の話に切り替えて、それ以来一切の詮索はしてこなかった。
先に葉山さんとプランのレポートを作成し、準備を整えてから中西電気店に赴くこととなった。この日は関係者がほとんど集結しており、さほど広くない中西家に十人前後の大人が一斉に押し掛ける形となった。
『わざわざご足労申し訳ないねぇ、奥の座敷使ってくださいな』
個人商店らしく気さくに接してくださるお母様の案内で、葉山夫妻を先頭にぞろぞろと上がっていく。年齢的に若い私は最後尾で中に入ると、三歳前後の女の子が無表情でこちらを見つめていた。
『こんにちは』
多分ご親戚のお嬢様を預かっているのだろう、当時は事情を知らずそれくらいにしか思っていなかった。ところが女の子から返答はなく、蝋人形のようにぴくりとも動かない。
『ごめんなさいね、大人数で押しかけて』
きっと人見知りの激しい子なのだろう。そう割り切ることにしてそれ以後の反応を待たず、前にいた関係者男性の後ろを付いて歩き座敷に入った。
それ以来中西君と仕事で交流を持つようになり、初対面では蝋人形状態だった杏璃ちゃんとも普通に会話はできるようになった。
梅雨子さんの話によると、杏璃ちゃんはお兄様のお子様でお兄様は既に亡くなられており、実母に当たる女性は再婚を機に杏璃ちゃんを児童養護施設に入れたそうだ。実母は男を優先して娘を捨て、そのショックのせいか他人を信用せず何を見聞きしても無表情なのだと仰っていた。
当時梅雨子さんはご長男を出産されたばかりで、仕事と育児の両立を図っておられた。幸いお姑様がご理解のある方で、若夫婦のサポートを積極的にこなされて、嫁姑関係はとても良好だった、もちろん今も。
それで杏璃ちゃんにも育児参加をさせてみようという話になったそうで、頻繁に葉山家を訪ねるようになっていた。当時赤ちゃんだった輝君の面倒を看るうちに表情が柔らかくなり、人肌の温かさに触れることで心の傷が少しずつ癒えてきたのかもしれない。
その頃になると私にも慣れてくれ、色んな話をするようになった。最近はすっかり地元に馴染み、学校生活とバレーボールで忙しい日々を送っているみたいだ。成長した杏璃ちゃんとはほとんど顔を合わせなくなり、今は挨拶を交わす程度の間柄になっている。
今中西君とは仕事中心の付き合いで、まぁそれなりに上手くやっていると思う。時々ちょこっと古傷は疼くけど、過去の片思いを今更再燃させようとは思わない。
そんなこんなで社会人生活忙殺中である私の元に去年一通の吉報が。かねてより交際していたくれちゃんと依田から結婚式の招待状が届き、同じく招待されていた中西君と内海と式場で顔を合わせた。
その後の二次会は高校の同級生だらけだったので、大抵は合コンちっくになるらしいのだが、ここでは同窓会といった感じだった。みんな十数年前の気持ちに戻ってはしゃぎまわり、中にはこれきっかけでカップル成立してた子もいた。
『この際中西君と付き合ったら?』
くれちゃんはそう言ってきたけど、彼の行動一つで一喜一憂するのは仕事に差し支える。お互い仕事で顔を合わせる間柄なだけに、変な感情のせいで気まずくなるのは避けたかった。
『無理、ビジネスパートナー状態だから』
『公私共にパートナーになるって選択肢もあるわよ』
『娘さんいらっしゃるからね、いきなり十一歳の子のお母さんにはなれないわ』
これまで親友だと思ってきた彼女の前に薄い膜が張ったような気がした瞬間だった。これが既婚と未婚の壁なのか……今でも連絡は取り合うが、直接会って話をすることはほとんど無くなった。
この年になるとかつて仲の良かった子たちも既婚となり、お互い様ではあるが関係性の変化を余儀なくされていった。そんな中相変わらず独身状態である麻弓と自然とつるむようになっていた。
前途でも申し上げたが私は彼女が嫌いではない。しかしやっぱり付いてまわる4Aはどうにもこうにもうざったい。家柄こそご立派だが性根に問題アリの奴らも当然のように独り身で、同じく独身である私は同級生のよしみという理由で何だかんだと交流も持たされている。
今年度末で小学校時代の担任であった厚木先生が定年退職となり、内海が勤務する多目的ホールで慰労会が催された。島っ子たちの不参加は事前に知っていたが、一二三に教える理由など無いので当然のように黙っておく。
これが元で内海の盆休みが消え、ホールスタッフとして勤務していたところを一二三に捕まっていたが、『休日泥棒!』と暴言を吐きせっせと仕事をこなしていた。私は麻弓と一緒だったので言葉は交わせず、目配せだけの挨拶に留めておいた。
お次は全く楽しみじゃなかったキャンプ場で島っ子たちと鉢合わせた。ここでは一二三のダサい告白茶番劇に付き合わされる羽目となり、五条の怪力ビンタを目の当たりにした。
そう言えばリンチ計画の目的が、島っ子男子よりも腕っぷしが強いんだ的なアピールとかだったなと今更ながら思い出していたのだが、仮にそれが叶ったところで五条一人に殲滅されてたんじゃないの? と思ってしまった。どう転んでも失敗してたな……私は思い出し笑いを必死にこらえていた。
これでさすがに一二三も諦めるだろうと思っていたが、これが案外そうでもなく脳内も髪型同様おめでたい男のようだ。ただこの頃になると禁欲に耐えられなくなっていたようで、定期的に麻弓の体を使って心身共に欲を吐き出していた。
これだけでも頭の痛い問題ではあるのだが、こんな時に限って関西から不要な種がこの街に投下された。奴の襲来のせいで五条と対峙することになろうとは思ってもみなかった。