cent dix 安藤
それから島っ子たちとは別の中学に進み、一二三と麻弓が私立の中学に進んだためバカ集団とは距離を置いた。リンチ反対派だった子たちと、ここで初めて一緒になった山手エリアの子たちとの縁を優先していた。
高校は建築デザイン科のある総合高校への進学を決めていた。祖父が設計士で、幼い頃からよく仕事現場に連れて行ってもらっていた。人によってはこんなクソガキ連れてきてと思ってた人もいただろうが、現場の皆さまはお邪魔虫な私を暖かく受け入れてくださり、空き時間に仕事への熱意を聞かせて頂いたりもした。
それがいつしか憧れの職業となった。母は私立の学校に進学してほしそうにしていたけど、父と祖父が援護射撃をしてくれ、大学進学を条件に建築の勉強を認めてもらえた。
そして無事試験に合格していざ入学式に望んだその日、隣の列を作っている男子だらけの集団に中西哲の姿を捉えた。刹那三年前と同じ胸の弾みを感じ、体中が熱を帯びていた。声を掛けようかどうしようか……顔立ちも少し大人びて、身長も抜かれていた。
『五十音順に並び直します、名前を呼ばれた方は前に出てきてください』
新しく担任になるであろう男性教諭の声で、それぞれのクラス内で並べ替えが始まる。私はしばらく呼ばれず待機しており、男子生徒をひと通り点呼し終えてから私の名前が呼ばれた。考えなくても安藤って苗字だから大概は女子一番になる、私はクラスメイトとなる男子生徒の後ろに並ぶ。
『中西哲』
隣の列の男性教諭が中西の名前を呼ぶ。彼ははいと小さく返事し、教諭に指示された場所……私の隣に立った。
『『えっ?』』
思わず声を上げて隣を見る。実は私だけではなく、前に並んでいた男子生徒も声を上げて中西を凝視していた。
『安藤?』
『いやちげぇよ、J中の依田だよ』
『あぁ知ってる。そうじゃなくて後ろにいる女子』
早とちりな反応をしたJ中……県庁所在地出身の依田に訂正を入れている中西。結構な律儀者のようで私のことを憶えてくれていた。
『ご無沙汰しています』
『えっ? あんたら知り合いか?』
依田、お前ちょっと黙ってろ。
『小学校が一緒だった。中学は別だったから三年振りだな』
『へぇ、どっちか転校でもしたのか?』
『いや、学区の線引きが変則的なんだ』
『そういうこともあるんだな……ってことは〇〇市か。中西は第三中だもんな』
物怖じすることなくガンガン話しかける依田に、引き気味ながらも返事はしてる中西。私は対照的すぎるこの二人こそどうやって知り合ったのかと疑問符が湧いた。
『えっと安藤、彼は依田稔、野球部の県大会で知り合ったんだ』
県大会? 第三中の野球部が? これまで地区予選で一勝すらできなかったという伝説的弱小野球部だったのに?
『へぇ、そうなのね』
『んで、県大会の一回戦で当たったんだよ。しんどかったなあの試合、延長戦にまでもつれてさ』
『まぁ……優勝校が何言ってんだか』
取り敢えず野球繋がりの知人同士ということは分かった。しかしこう言ってはアレなのだが、ここ総合高校は所謂野球名門校ではないはずだ。
『この春から監督が代わったんだ、非常勤講師として受持科目と部活動の時だけ顔出すんだと』
とわざわざ説明してくれる依田に頷く中西。説明はありがたいんだけど、どちらのどなた様の話なの?
『高原学院の宅師って聞いたことないか?』
えっ? 高原学院ってF県の野球名門校よね? 宅師先生って朝比奈貿易会長夫人の甥子さんじゃない。
『えぇ、朝比奈貿易会長夫人の甥子さんでしょ』
『『そっちかよ?』』
『そこ! 私語を謹んでください!』
先生に注意を受けたので会話はそれで終わったが、以来縁ができて依田も含めた三人は友好的な間柄になっていった。
高校時代は中西君ひと筋だった。少しでも側にいられる時間を作って積極的に話しかけて、今思い出すだけでも恥ずかしくなるくらい彼に夢中だった。
幸い依田や野球部女子マネの“くれちゃん”こと木暮真姫子とも親しくしていたので、当時だけで言えば別の高校に進学していた五条よりも一緒にいる時間は長かったと思う。
料理クラブに所属していたので、野球部女子マネたちとの合作で軽食やデザートを作ったり、試合があれば応援メンバーに混ぜてもらえたりもした。
そう言えばバレンタインチョコも作ってお義理の振りをして渡したこともあり、外野にはやっかまれた(余談だが校内ではむしろ依田の方が人気があった)けど別段気にもならなかった。
今思い返せば充実してた片思いだったと思う。ただ中西君には一年生の頃から彼女がいるって噂はずっと燻っている状態だった。一番近くにあったミッション系私立女子校の生徒、公立高校の先輩JK、はたまた県立高校に通う幼馴染など誰も実態を掴めていなかったようで、噂は噂のままあやふやになっていた。
この手のモヤモヤ何か嫌……中学の同級生だったくれちゃんも中西君を好きだったみたいで、中学時代に告って振られたことがあったそうだ。彼女がその話をしたということは、私を信頼してくれているからだと思ってる。
私もそんな彼女だからこそ、当時の片思いをカミングアウトした。くれちゃんは真剣に話を聞いてくれて、先程お話したバレンタインチョコの計画を考案したのも彼女だった。
『できる援護はするからね』
くれちゃんは私の恋を応援してくれた。余計な噂にならなかったので、きっと周囲に漏らさずにいてくれてたんだと思う。その割にはへっぴり腰だったと思うけど、彼女が味方でいてくれてすごく心強かった。
そんなある日、部活動が早く上がったのでくれちゃんと二人A市にあるショッピングモールへ寄り道していた。軽くお腹が空いたので移動クレープ店に立ち寄っていた時、ちょっとしたショックが目の前で起こってしまった。
『県立高校の幼馴染って……』
彼女も昔のことと言いつつ多少の未練は残っていたみたいで、物哀しげにその光景を眺めていた。遠目ではあったが、ファーストフード店のフライドポテトをシェアし合いながら楽しそうに歩いている中西君と五条の姿だった。
私たちは意気消沈し、同じ哀しみを共有していた。それでもこんな感情を引きずっていたくなかったので、気分転換に人生初のカラオケに行き、ストレス発散とばかり失恋ソングばかり歌いまくっていた。
それから数日後、私はいても立ってもいられず商業科の内海とコンタクトを取った。この子高校時代からド派手な恋愛遍歴を誇っており、当時から男目当てに工業科の校舎を頻繁に出入りしていた。
『少し時間もらえない?』
うんいいよとあっさり付いてきた彼女と食堂へ向かい、中西君と五条の関係を聞いてみた。
『う〜ん、その手の話しないから分かんないなぁ』
と首をコテンと傾けてる。あなたそれ可愛いと思ってるの?
『あたっ! 首いわしたっ!』
わざとじゃなくて癖だったのね。首は大事になさった方がいいわよと思ったが、私が言うほどのことでもないのでこの場では触れないことにした。