cent deux 有砂
今年のなつはモテ期到来のようだ。
五月だか六月だかのお見合い(江戸食品の……はる姉に惚れた残念なエリート)に始まって、大学時代のサークルの後輩君(満田君とか言ったっけか?)、アホの極みドラ男一二三憲人(コイツ入れていいものかねぇ)、中学時代の同級郡司一啓(フタを開ければ一二三以上のクズでした)とまるで恋を謳歌してる雰囲気だけどどれもこれもパッとしない……郡司に関しては私が焚き付けたようなもんだから何とも言えないんだけど、一二三を除けばそれなりのイケメン揃いで、次から次へと(見てくれは)上等な男がなつに惚れていくという何とも羨ましい展開でしてな。
そんな状況に全く付いていけてない我らが悪徳治安部隊石渡組次男坊ミッツ。やれヘンテコリンなストーカー上司の駆除だの何だので、裏ではなつの生けるセ●●として結構頑張ってるのに不思議なくらいに思いは全く報われず……けどしゃあないよな、石渡組のボンなだけに他所で恋をしようが許婚がいる以上そっちを差し置けないしね。
ここだけの話だけど現組長のノゾムさんだってはる姉を少なからず思い慕ってた感じ、けど長男は跡取りを産んで育てなきゃいけないから男相手じゃそれは無理な話。幸い昔から気心知れてるユミリさんが許婚だったから上手くいってるけども、ミッツの場合は他所の地方の組のお嬢さんらしくて面識もほとんど無いそうな。
今時どこぞの武家かよ? とも言いたくなるけど、江戸時代の火消しがルーツの石渡組なだけにそういった風習が残っちゃってんのかねぇ? 火消しって武家じゃないはずだから合ってるかどうかは分かんないけど、石渡組当主のご家系は幼少期のうちから許婚がいて、独身の間にある程度恋愛をして気が済んでからその方と結婚ってのがほぼ慣わしとなってるみたい。
何でそんなに詳しいかって? 家の本家は代々石渡家に仕えてる若衆頭の家系だもん。主従関係ではあるけども我が内海家も薄いながら元締めとは縁があり、重要な集会には一応お声が掛かる程度には繋がってるのよね。こういう事ってひけらかすとその場では都合が良くても後々問題が出てきたりするから(ほら、法律上の問題とか?)、暗黙の了解で口外は避けてる感じ。さすがに“島エリア”界隈内の年寄り共には知られてるけど、他所ではやっぱり言えないわ……。
余談を長々話しちゃったけど、なつを密かに思い慕ってる男がいるってこと、そいつが肝心要でシャキッとしてなくて出遅れてる感満載である事が言いたかっただけ。なつもミッツの事は弟くらいにしか思ってないから多分成就するのは無理だな、しかもここへきててつこが暗躍(?)し始めてるから告る事すら難しくなってる様子。主君筋ミッツには派手に散ってバキッと吹っ切ってほしいところだけど……普段は肝座ってるくせに色恋になるとそうもいかなくなるらしい、ここは気張って告ってフラレておけミッツよと思う今日この頃でございます。
高階さんとこの結婚相談所が主催した婚活パーティーに参加したなつ、てつこ、ぐっちーの三人(野村拓哉は外しておくよ、ここではね)。ぐっちーは見事お相手をゲットし、そりゃあもう浮かれポンチで脳内お花畑増幅中状態。しかもお相手さんは和菓子店勤務という事でお茶屋の跡取りにとってはいい子捕まえたんじゃないかと思う。
ぐっちーはス○オキャラが祟ってとにかくモテない、イケメン僧侶げんとく君、ちょっと阿呆な王子キャラまこっちゃん、中性的美青年てつこ、典型的なガキ大将こうたに囲まれりゃあ小判鮫男ぐっちーは目立とうにも目立てないってのはあるけどね。
ただコイツは末っ子長男なだけあってお母ちゃんと三人の姉貴で女の扱いには慣れてる、レディーファーストも身に付いてるしセクハラモラハラパワハラ(マタハラなんてのもあるんだよね?)的な事は絶対にしない。その代わり子供っぽい茶化しはしてくるからそれに対してはイラーッとくるけども。
我が家ではぐっちーんとこのお茶屋で茎茶をよく購入する。婚活パーティー後も必要にかられて買い物しに立ち寄ったら、珍しくサボる事なくお仕事してらっしゃるわ。
「おこんち〜、茎茶くださいなぁ」
「はいよぉ、いいタイミングで来たな」
さっき入荷したばっかだ。ぐっちーは勝手知ったる我が家愛用の茎茶を袋に入れて精算してくれる。普段からそれくらい真面目に働きゃおばさんにもお姉さんにも愚痴られずに済むんだよ、茶葉の知識はそこそこあるし愛想は良いんだから、キャラはス○オだけども。
「お前恋をすると張り切るキャラのようだな」
この男これまでモテなさ過ぎて二十九年交際遍歴はゼロだ、お体の方も素人経験は無いと思う。
「逆に恋して張り切らない奴っているのか?」
「張り切らないというより骨抜きになる奴はいる、所謂“下げマン”という現象の事だな」
「それって女の持ってる運気が悪いからなんじゃないのか?」
それだけで“下げマン”は成立せぬわ、運気の悪い女に恋人が出来る訳なかろうが……いや待て、運気の悪い者同士で惚れ合う事も無くはないな。ただ運気のいい男が運気の悪い女に惚れはせんだろ、逆もまた然り。
「馬鹿もん、男の運気が高ければそういう女には掛からんわ」
けどまぁ今その話はどうでも良いな。
「お主のお相手が“下げマン”でなけりゃ何の問題もなくないか?」
「まぁそうだな、俺にはそういったむずい話はよく分からんわ。イズミちゃんとは一緒にいて楽しいし和むんだ、幼馴染以外でこんなに気楽でいられるって貴重な存在だと思ってさ」
確かにな、初カノイコール嫁候補なだけにそれなりに吟味した訳だ。意外とガチで臨んでたんだな。
「そう思える相手なら大事にしろ。てつこはどうだったんだ?」
撃沈したという予想はつくけど、本人に聞いた訳じゃないから敢えて知らない振り。
「撃沈してた。見てくれだけなら俺よかモテるだろうけど、杏璃の事があるから敬遠されたっぽい」
いや、バツ付き子持ちでも売れる奴は売れるからそこはあんま関係ないぞ。むしろヤル気無し感が前面に出てたんじゃないのか?元々色恋結婚に興味すら無い男だ、それがまた何で婚活?
「それにしてもてつこが婚活とは、どういう風の吹き回しなんだろうねぇ?」
「俺にもそこんとこがよく分かんねぇんだわ。『思春期の女の子には同性の理解者がいると思って』的な事言ってたけど、それならおばちゃんいるんだからこれまで通りでいいと思うんだよなぁ」
多分パブリックコメントとして用意してる言い訳だろうな、あの男あんま本音を語らんから。思春期の女の子にとっては父親に女が出来るとかの方が精神的ダメージ食らいそうだけど……それに杏璃はなつに懐きまくってるから、いざ結婚となると『なつ以外認めない!』とか言いそうだなぁ。
「たださぁ、あの日の昼からてつことなつずっと一緒にいたんだわ。それがこれまでの腐れ縁的な感じじゃなくて、誰もそこに入れない雰囲気が滲み出てたと言うか、とにかくいつもと違ってたんだ」
ほぉ、これは良い情報を聞き出せたんじゃないのか? てつことなつの間に何らかの共有事案があるのかも知れない。てつこは何だかんだでなつにだけは込み入った話をしてるみたい(いちいち確認なんかしないけど)、そう言えば高校時代に居たんだか居なかったんだか分からん彼女とやらの事もなつには打ち明けてたらしいし。
当時てつこに片想いしてた安藤カンナに真偽の程を問い質されたんだけど、その辺の事情は私自身も安藤と同じくらい(要は噂程度)の情報しか持ってなかったから肯定も否定も仕様が無かったんだよねぇ……なんて思い返してみると、何かのきっかけであの二人の関係ってがらっと変わっちゃう可能性が出てくるんじゃないの? 今まで腐れ縁って先入観のせいでそんな事考えも付かなかったけど。
「こりゃ面白くなってきた」
「は? 何がだよ?」
お前はイズミちゃんとやらに呆けておればよいわ。
「近いうちに思わぬ天変地異を目の当たりに出来るかも知れんぞ」
ここの用は済んだ、とっとと帰って脳内整理じゃ。
「何意味分かんねぇ事を……って説明しろコラッ!」
説明したってお前には理解出来ぬわぐっちーよ、私は呼び止めてくる脳内お花畑の浮かれポンチ男を無視して帰路に着いた。