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とまぁ初めからフラレててもはやデートとすら言えないお出掛けを終え、霜田さんに自宅まで送ってもらった。
「今日はありがとうございました」
そいじゃ、てな感じで家に入ろうかと思ったら事もあろうに姉がお帰り、と出迎えてくれた。
「なつ、折角だから霜田さんも上がって頂いたら?」
「えええぇぇっ!! よっ宜しいのですかっ⁉」
霜田さん完全に舞い上がってますね、でも車停められないよ。まぁ秋都のバイクと冬樹の原チャをちょっと退かせば問題無いけど。
「じゃああきとふゆのそれ退かそうか」
私は姉に荷物を預けてバイクと原チャに近付く。冬樹の原チャくらいなら片手でいけるけどさすがにバイクはちと重い。
「ねぇ、これ車庫に入れちゃった方が良くない?」
「そうね」
姉は荷物を玄関に置いてから車庫のシャッターを開けてくれた。私はそのまま車庫まで歩いて冬樹の原チャを収納、それから秋都のバイク……っと。普通じゃ考えられないらしくて自転車のように端に寄せる私の姿に霜田さん固まっちゃってる。
「夏絵さん……それ四百のバイク、ですよね?」
「えぇ、中型二輪のサイズですから」
と姉が代わりに答えてくれる。それが一体何なのかしら? 秋都の友達はもっとデカくてイカツイの乗ってるからこのサイズって普通なのよね?
「バイクってかなり重いですよね? そんな軽々と動かせる方、男でもそう居ませんよ」
「あぁ、そうらしいですね」
私は彼の驚きを軽く受け流し、ちょこっとだけ土が付いた洋服をパンッとはたく。
「じゃあお姉ちゃん、霜田さんのこと宜しく。先に手を洗って着替えてくる」
私は霜田さんを姉に任せて家の中に入ると、冬樹がリビングから顔を出していた。
「お帰りなつ姉ちゃん、例のやつ買ってきてくれたんだよね〜?」
「ただいま、この中に入ってるから勝手に持ってっちゃって」
私は冬樹に本屋の袋を渡して洗面所に入る。あっ、口止めされてること話とかないと。
「ふゆー、値段の件は他所で言わないで欲しいって」
『だろうねぇ〜、このクオリティーで千二百円なんてありえないもんね〜。でもよく見つけてきたね〜、最低でも桁一個は違うと思うよ〜』
マジでかっ⁉ どんだけ高いんだその本!
「正規で買った方が安いじゃない」
『それなら誰も苦労しないよ〜、だってとっくに絶版されてるも〜ん』
絶版されてるって事は相当売れなかったってことよね? にしたってそこまで大事にされてこなかった本ってのも珍しいわよ。本屋の方も仰ってたけどキズ物なのが一種のステイタス、的な……なんてことを考えてたら玄関から明らかに霜田さんではない方の声でこんちゃ〜! と複数の声が聞こえてきた。この声は秋都の友達連中だ。
『はる姉さんの飯食いに来たっす!』
その声と共に玄関に向かう足音が聞こえてくる。
『いらっしゃ〜い、あき兄ちゃんまだ帰ってきてないけど取り敢えず上がっちゃって〜』
冬樹が応対してるから先に着替えてこよう、知ってる顔に対してはちゃんとしてるから大丈夫でしょ。
『お邪魔しゃーっす!!……はる姉さん男連れ込んでんのか?』
『なつ姉ちゃんのお見合い相手だよ、今日で寿命っぽいけどね〜』
今言わなくてもいいでしょ、ダイニング辺りにご本人居らっしゃるんだから。にしても秋都の友達が来るなら霜田さん帰ってもらった方が良かったんじゃないの?
一流企業のサラリーマンVS鳶職、工事現場の作業員、ヤの付くお家柄の次男坊……気が合うとはとても思えないわ。お姉ちゃんどういうつもりで霜田さんを誘ったのかな? 私はささっと着替えを終えて下に降りると姉はせっせと料理を盛り付けていた。
「手伝うよ」
「じゃあ順番に座敷に運んでくれる?」
「はぁい」
私は大きめのお盆に料理を乗せて座敷へと運んでいく。そこで男六人仲良く……してるはずも無く、霜田さんは肩身狭そうに小さくなって端の方にぽつねんと座っていた。他の五人の仲の良さについて行けてないだけじゃなさそうだなこりゃ、でも敢えてそこには触れないことにする。
「お待たせー、先にこれ食べてて」
と大皿に盛ってある筑前煮をテーブルの中央に置く。お箸と取皿は既に用意されていて、腹を空かせた若者どもが我先にと筑前煮に群がった。霜田さんは物欲しそうにそれを見つめてるけど輪の中に入るのが怖いみたい、心配しなくても別に用意してますって。
「霜田さんも召し上がってください、この後田楽と豚汁持ってきますから」
「あっはいっ、ありがとうございます……」
霜田さんは落ち着かなさそうに筑前煮を口に入れる。
「おっ美味しいです……」
「お口に合って良かったです。沢山作りましたので遠慮なく召し上がってくださいね」
田楽を持ってきた姉が霜田さんに声を掛けてる。はいっ! なんて返事して嬉しそうではあるんだけど、秋都の友達連中から来る殺気(冬樹のせいだろうな)に怯えていて顔が引きつっちゃってる。
「ヤダねぇああいう尻の軽ぃ男はよぉ」
とは鳶職のゲンこと竹内弦太。母親同士が仲良しでお世話になった産婦人科も同じ、誕生日も同じでわずか四分違い、新生児室でもお隣で双子に程近いくらいに一緒に育ってきた仲だ。ゲンは一人っ子だから私達もきょうだい同然で育ってるし、ご両親も親の居ない私達の身元保証人になってくれたりと何かとお世話になっている。
「妹から兄に鞍替えはダメだろ?」
ゲンの言葉に便乗する工事現場の作業員サクこと岩井朔、女癖の悪さで言えばお前は人のこと言えないだろ? 既にバツ二で先月三度目の結婚をしたにも関わらず、早くも浮気が嫁さんにバレて修羅場状態らしい。子供が居ないのがせめてもの救いだが、下半身の緩さは秋都以上のお馬鹿っ振りだ。
「サクちゃんがそれ言うんだぁ? 並行運転しまくりのくせに〜」
冬樹よ、ナイスなツッコミではあるが霜田さんも眼中に入れてあげようか? とは言え彼自身聞こえてない振りして一生懸命食べてらっしゃるわ。
「姉妹間の渡り歩きはしねぇ! それが俺の美学だ!」
サクはキリッとした表情で自信満々に言う。コイツの浮気癖を知ってる私は同意どころかイラッとしかしない。
「その美学は買うけど、まずは一人に絞らない?」
姉は料理を並べ終えて再び立ち上がる。
「そりゃ無理だよはる姉さん、女ってのは皆違くて皆良いんだよ。それが分かんねぇ男はクズだな」
イヤイヤ、公○○○○構が言いそうな台詞をそんな形で使わないでいただきたい、女としてはそういう男の方がよっぽど嫌じゃ。
「一人に絞れないなら結婚止めようか?」
「ひでぇよなつ姉、俺だって幸せな家庭を築きたいんだ」
サクは泣きそうな声で訴えてくる。いえね、ご両親が近所でも有名なおしどり夫婦ですから憧れるのは分かるが、コイツの素行は完全に真逆を行ってる。
「酷いのはあんたでしょうが、その手の男は女の敵よ」
「母ちゃんと同じこと言うなよぉ、今の嫁とは馬が合うみたいで俺フルボッコなんだよぉ。父ちゃんは無条件で母ちゃんの味方するからアテになんねぇし」
だからなつ姉慰めて。サクは私に抱きついてきたがこれはお仕置きの絶好のチャンス、腕を首に巻きつけて軽く絞めてやった。
「ぐえっ!! 死ぬるっ!!」
サクは苦しそうな表情で腕をペチペチと叩いてくる。もう降参なの? 相変わらず弱っちい男だね。私が腕を離してやるとへにゃっと潰れちゃった。
「姐さん、もうちょい手加減を」
あら心外、ちゃんと加減したわよ……って誰が姐さんだ? 私はヤの付くお家柄の次男坊ミッツこと石渡満を軽く睨む。
「その呼び方止めない?」
「敬意を込めてお呼びしてるだけですが」
「イヤイヤ、姐さんならいらっしゃるよね?」
「それはそれ、これはこれです」
そこは分けなくていいんだミッツ、ガチ姐さんことユミリさん……ご長男である望さんの奥様に失礼だと思う。それよりもこんな会話してるときっと霜田さん誤解してるよね? 今更もういいんだけど、相変わらずこっちを見ないよう姉の料理をかっ込んでるもの。そんな食べ方してると喉詰めますよ。
「ごっご馳走様でしたっ! わっワタクシはこれでっ!」
霜田さんは食べ切ったタイミングで荷物を持って立ち上がった。私も慌てて立ち上がり、玄関までお見送りする。
「ごめんなさい、何だか慌ただしくなってしまいましたね。お気を付けてお帰りください」
「はいぃーっ!! では失礼しますっ!」
……こうして私のお見合いは失敗に終わった。それから数日後、仲介人だった白井さんからご丁寧なお断りの電話が時雨さん宛にありました。