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第九話 「決してお漏らしではないっ!」

 俺と柿崎ちゃんの羽球大会は意外なところで盛り上がりを見せ、俺は生まれて初めて後輩に放課後校舎裏に来て下さいと呼び出された。

 ラブレター?こんなものは、初めてだ。俺は可愛い便箋に書かれたその文字を見つめて感涙全開になっていた。


「あれ、忍。まさか後輩ちゃんからの告白?」

「んっふっふっふ~。これで俺も雄介と同じくリア充の道に行けるわけだな。すまんな弘樹。お前は雪音ちゃんとよろしくやってくれ」


 雪の名前を出された弘樹は若干苦笑いを浮かべていたが、俺に対して頑張れ~と手を振ってくれた。

 リア充の雄介だけがちっと悔しそうな顔をしていたが、そんなの関係ない。大体お前は彼女いるだろうが。


 はやる気持ちを抑えながら俺は校舎裏に向かった。

 そこに立っていたのは、腰まで伸びたさらさらストレートの黒髪に、小顔の中に浮かぶぱっちり二重と、すっぴんなのにとても笑顔が可愛らしい女性だった。


 うぉっ、S女の子じゃん。レベル高ぇ……


 俺は思わず生唾を呑み込んでしまい、視線を軽く泳がせてしまった。

 だってこの歳になって告白なんて初めてのことだし。あ~落ち着け俺……こういう時マニュアルではどうすんだっけ?

 面倒でも一応雄介に女の取り扱いくらい聞いておくべきだった。俺と弘樹じゃ経験値が無さ過ぎる。


「あ、あのっ……田畑…先輩ですよね?」

「おぅ」


 さくさくと雑草を踏みしめて彼女に一歩近づく。麻衣と同じくらいの身長の彼女は必然的に俺を見上げる形となった。

 潤んだ眸で俺をしっかりと見つめてくる彼女の顔がちょっと近い。な、なんだ…随分積極的な……。


「あのっ!田畑先輩……す、好きですっ!わ、私とお付き合いしてくださいっ!」


 きたこれー!


 俺の待っていた青春の1ページこんにちわ。


 これでDTからいち早く卒業――って聞いてないかそんなこと。

 と、とにかくまてまて、まずは落ち着いて返事をしないと……ここでドン引きされてぽいされる可能性がある。

 俺はにっこりと微笑みながら出来るだけ甘い声で彼女にお返事を返した。


「気持ちは嬉しいけど、まずは友達からな?」

「……はいっ!!」


 きゃーきゃーと言いながら彼女は花音かのんという名前だけ伝えて真っ赤な顔をして去ってしまった。

 この返事が良かったのかは分からないが、とりあえず同じ学校なんだし、花音ちゃんにはいつでも会えるしいいかと納得する。


 結果を待っていた弘樹と雄介にまずはお友達になったと報告をすると温いと言われたが、いきなりどこまで進んで良いものかわからないこっちとしては上々の滑り出しだと思う。


 途中まで帰り道が一緒の弘樹と課題について話しながら家に帰る。

 今日は麻衣も部活が遅いはずなので、鍵当番は帰宅部の俺だ。入ってすぐ暗い部屋にぱちりと電気をつけて、持っていたかばんを机の上に置く。

 ふと今日の告白が脳裏を過り、まずはお友達とか自分で言ってたくせに気持ちはかなり高ぶっていた。

 思春期真っ只中で俺だって普通に性欲はあるんだよ……でも初めてだからって失敗はしたくないしなあ…とか変なことばかり考えてしまう。


 俺はどうすっかな~と小さなため息をつきながら制服を脱ぎ、Tシャツにラフなスラックスという部屋着に着替える。

 あの羽球試合をやってからなんだか身体が疲れやすい気がする……俺は興味もないテレビをつけているうちそのまま眠ってしまっていたらしい……


 ――起きた時には既に部活を終えた麻衣が帰宅しており、トントンと規則正しい包丁の音が聞こえていた。

 俺はソファーから上体だけ起こすと、身体にはブランケットがかけられている。……これはきっと麻衣がかけてくれたのだろう。

 いつもきついことしか言ってこないが、根はやさしい子だって知っている。


「麻衣、おかえり」

「ご飯まだかかるから、お風呂行ってきたら?」


 珍しく麻衣からきたその提案に、俺は自分がまた臭いのかと思って思わず匂いを嗅いでしまった。

 ソファーから腰を上げた瞬間、トランクスの前が異常に濡れていることに気付く。

 な、なにが起きた俺。まさかと思い、ブランケットに隠れながら惨事となっている場所を確認する。

 漏らしたわけではない……ないのだが、どうやら夢精していたらしく、軽く勃起したアレからは白い液が滲んでいた。


 マジカヨっ!!!


 こんなん恥ずかしい…とりあえず麻衣に気付かれないように俺は新しいトランクスを取ってそそくさと浴室へ消えた。

 どうしてこんなことになった。覚えていないが、確かにいい夢を見ていた気がする……

 誰かが俺のアレを触って、優しく扱いてくれて……だからってこんな醜態生まれて初めてだ……。


 生暖かいシャワーを浴び、白い浴室の壁に頭をつけながら俺は誰にともなく懺悔する。

 とりあえず気づかれていないからいいかと思い、身体を洗ってのろのろと浴室を出ると何故か麻衣が俺の使用済みパンツを持って立っていた。


「……兄貴、漏らしたの?」

「違うっ!!!」


 麻衣の端的な言葉を俺は即否定した。でもあの濡れたパンツを取られてしまっては苦しい言い訳もできない。

 相変わらず麻衣は俺を蔑んだような目で見つめてくる。このきっつい視線に耐えるにはいい言葉……


「あのね、麻衣ちゃん。それはですね~……男の生理現象?ってやつ」

「はぁ……」


 だからっそんな蔑んだ目で見ないで欲しいっ!!お兄ちゃんは好きでこんな半勃ちになってるわけじゃないんだっ!!

 ……しかし、最近の麻衣はどこかおかしい。

 いつもだったら俺の裸を見たら叫んで「汚いものを見せるな」って言うくせに、今日に限って浴室から出て行こうとしない。

 俺は一応下半身だけはタオルを巻いているものの、麻衣が避けてくれないとバスタオルも取れない場所に立っているので少し身体も冷えてくる。


「……麻衣ちゃん~。パンツ返して」

「兄貴……その歳で漏らすなんて超恥ずかしい。――それじゃあ、花音ちゃんとお付き合いなんて出来ないね?」


 ナンデスト?

 今何と言った……。


 俺は麻衣の言葉に一気に顔色がざぁっとなくなっていくのを感じた。

 完全にフリーズしてる俺の横を麻衣は通り抜け、脱衣所の横にある洗濯機に俺の濡れたパンツをぽいっと入れる。


「……大丈夫だよ、恥ずかしい兄貴の世話は私が全部するから。――だから、花音ちゃんにはしっかりお別れ言ってきてね?」


 くすっと口元に笑みを浮かべる麻衣の表情は今まで一度も見たことのない影を背負った怖いものだった。

 こんな醜態、麻衣しかしらない。

 もしこれで花音ちゃんにお別れを言わなければきっと柿崎ちゃんを使ってでも恥ずかしい情報を広める気なのだろう。

 だが、そんなことをしても麻衣には一切メリットなんて無い。むしろ、悪い噂が立って麻衣まで恥ずかしくなるのでは?

 そう思うのだが、俺は麻衣が何を考えているのかわからないし、ただ怖くて頷くことしか出来なかった。


 は、初めての彼女が……

 俺は沢山考えていた彼女との色々なプランが音を立ててガラガラと崩れていくのに心がぽっきり折れそうになった。



 たった1日でヤンデレの妹によって彼女を失った。明日…花音ちゃんに何て言えばいいんだ……

 もしまた別の子とお付き合いなんてしたら……どうなるか怖すぎて彼女なんて作れないっ。



 ……しかし、この麻衣の異常な行動が、さらにエスカレートしていくことを、平和な俺は全く知らないのであった。

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