第五話 「どっちも死亡フラグしかたたない件」
「お、今年の女子羽球部、珍しく高体連地区代表いけんの?」
「うん、すげーだろ。15年振りの快挙らしーぞ?」
俺はいつもの昼休みに、友人の弘樹と雄介と一緒に校内ニュースを見ながら弁当を開いていた。
今更だが、俺の弁当は毎朝麻衣が作ってくれている。とは言え、朝早くから学校給食の為出勤する母親が作ってくれたおかずを詰めるだけなのだが。
時折、麻衣の機嫌が悪いとおかずが無いことがある。
先日も麻衣に悪戯をしてしまった所為で一週間くらいお弁当のおかずが入っていなかった。
この成長期真っ盛りの状態で、日の丸弁当だけにされたら涙しか出ない。まして、うちの高校は売店っつーもんが無いんだよ。
弁当だって開けてみないと今日のおかずが入っているかなんてわからないし、かと言って昼休みにこっそりと外のコンビニまで行くとかちょいと難しい。
「げっ……」
「ふふっ。また麻衣ちゃんと喧嘩したのか?ほら、卵焼き恵んでやるよ」
向かいの席に座っている神のような優しさを持つ弘樹が俺に卵焼きをくれた。
あいつの家も母さんがバリバリのOLで忙しいから雪音ちゃんがやってくれてるんだっけ。
「うわ、雪ちゃんのおかず頂くなんてずるいぞ忍!お前なんて梅干しだけ食ってろ」
「何でリア充にまでそんな扱い受けないといけないんだよ。お前は真知子ちゃんとよろしくやってろい」
俺は雄介をいつものように手で追い払いながら弘樹から恵んでもらったちょっと甘い卵焼きを美味しく頬張った。
あぁ、愛のある妹さんの手料理とかマジで羨ましい……
いや、うちも母さんは調理師だし、ご飯は美味しいんだよ。でもさぁ、ちょっと別の愛情欲しくない?
妄想ばっかりしてるから俺の彼女への欲望は深まる一方だ。これだから彼女が出来ないんだと笑われるのだが致し方ない。
「……俺もさ~、今まっち~と喧嘩中でヤバヤバなんよ。ちょっと男の友情恵んで?」
「ざけんな。一度でもリア充になった奴は敵だ」
「心せめーな忍。天使なのは弘樹だけじゃん」
ははっと笑われたがどうでもいい。俺はリア充は敵だと決めている。
そういえば雄介は女友達も多く、チャラいことから年下、年上問わずモテている。
彼女だって今はまっち~一筋とかほざいてるが、数ヶ月前は2、3人ヤり食いしてた気がする。
ふとそれを思い出した俺は今の切ない環境から脱する為、数少ない男の友情に縋りついた。
「男の友情恵んで欲しいんだったら、女紹介しろよ」
「うわっ、超ストレート。あぁ、でも忍って確か昔羽球やってたよな?高体連見にいったら?あそこの部員超可愛い子いるぞ」
「マジかよ……でも羽球の子って筋肉すげーじゃん。いたっけ可愛い子……」
失礼な言い方かも知れないが、中学校の頃に羽球をしていた頃は男の俺よりも強烈なスマッシュをぶちかますゴリ女しかいなかった。
今、まさしく俺の妹もその領域に達しようとしているので何とも言えない。
確かに羽球部はスコートが短くて、あのパンチラしそうなエロい格好はかなりそそられる……
とは言ってもみんなきっちり変態対策はしてるから、そこに対する萌え要素ってのは皆無なんだけど。
俺が現在の羽球部の部員を思い出していると、足りないねえと指をちっちっと動かしながら、雄介がドヤ顔で情報をくれてやろうと偉そうに椅子を動かす。
「俺様の情報なめんなよ、忍チャン。1年生の柿崎 洸ちゃん見てみ?放課後でも行ってみたら?」
「おぉありがとう友よ。お前に梅干しやるわ」
ひょいっと雄介の弁当に食べ終わった日の丸弁当の梅干しの残骸を入れる。
「って、これ食いかけじゃねーかっ!いらねえよアホ」
「まぁまぁ。俺の愛だから受け取って」
「随分と安い愛だこと……ま、忍の妹ちゃんも中体連出るんだろ?一応こっちの羽球のレベル見といてもいいんじゃね?」
「うぃうぃ」
――羽球をやめたのは中学2年の頃だ。あれから3年……もう、手は治ったのにな。
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「おーっす」
俺は雄介の助言通りに久しぶりに羽球部が活躍している体育館へと足を向けた。
「あーっ!!ちょっと、忍っち!久しぶりじゃん?何、また羽球やる気になったの?」
声をかけてきたのは中学の頃から顔見知りで、同じく羽球をやっていた三上真里菜だ。
彼女は俺がどうして男子羽球部エースだった俺が突然辞めたかその理由を知っている。
また勧誘かよと内心思ったが、俺は正直に手首をぷらぷら動かした。
「いんや、もう引退しましたよ俺は。それよか、15年振りに地区大会代表なんだって?」
本題に切り替えると、真里菜はちらっとネット越しで練習している部員を指さした。
くりくり二重のショートヘアの似合う可愛い子だ。
珍しいサウスポーで、ラケットの切り返しも、相手の動きを読んだフェイントも上手いし、とにかく反応速度もかなり筋がいい。
でも何でスコートじゃなくてジャージでやってるんだろ。線も細いのにだぼだぼのジャージ着て……なんか可愛い。
「すごいでしょ~。あの柿崎ちゃんがいい線いってるのよ」
「へぇ……」
「あっ。も、もしかして……田畑さんのお兄さんですかっ!?」
練習をしていた柿崎さんという子が俺におずおずと話しかけて来た。
うぉっ……近づいてみると結構可愛い。思わず心臓の鼓動が高鳴る。
「あのっ。麻衣ちゃんから、お兄さんのお噂は聞いておりますっ!ぜひ手合わせさせてくださいっ」
「ハイ?」
何故そこで麻衣の名前が出るんだ?俺は何やら胸騒ぎしかしなかった。
しかもこの子、すげえ積極的すぎる……顔、超近いんですけど……
「僕、麻衣ちゃんとお付き合いしたくて何度も何度も告白したんですけど、麻衣ちゃんはお兄ちゃんに羽球で勝負して勝ったらいいよ?って」
って、男かーいっ!!!!!
何で女と一緒に練習してんだよこの野郎!
一瞬でもお前にときめいてしまった俺の胸の高鳴り返せ馬鹿野郎。
「是非手合わせお願いしますっ!!!」
「お、おぅ……仕方ないなぁ」
とは言え、こいつの言ってることはガチ真面目な話だろう。
あ~嫌だ。これってもしかして、
『てかげんして俺が負ける』、柿崎が麻衣に報告する、俺が麻衣に自宅で怒られる。
『ガチで戦って俺が負ける』、柿崎が麻衣に報告する、俺が麻衣に自宅で怒られる。
『俺がブランクありありなのに勝っちゃった』、柿崎が麻衣に報告する、俺が麻衣に自宅で怒られる。
――って、全部麻衣に怒られるフラグしかたたないじゃねえかっ!!
結局俺が勝とうが負けようが一切いいことなんてない。
もしかしたら、麻衣は羽球愛のこいつとお付き合いしたいかも知れないじゃん?あいつツンデレだから男に好きだなんて絶対言わないだろうし。
「ちょ、ちょっとだけ待ってもらってもいい?」
俺は先にこの問題を叩きつけた主に確認を取る為に携帯電話を開いた。すぐに返事が来るかなんてわからなかったが、LINEで麻衣に確認する。
すると戻って来た返事は早かったものの、内容は端的だった。
『わかってるよね?』
いや、あのさあ…麻衣ちゃん……
お兄ちゃんは、麻衣ちゃんがこいつに何て言ったのかよくわかんないから訊いたんですけど。
あぁ……怖い。どっちのフラグかわかんないけど、何故現役バリバリの後輩と、ブランクありありの俺が羽球をしなきゃいけないんだ。
胃に穴が開きそうなくらいの心境だったが、俺は後者のフラグが正解と思いたいと願い、3年振りにラケットを握った。