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第四話 「妹が怖くてエロ本も買えません!」

「はぁ~……なぁ、弘樹。お前んとこの雪ちゃんってどんな感じ?」

「急にどうしたんだ?田畑……しかもまた傷増えてるし。ほらバンソーコ」

「あぁ……」


 女子かよ…ってくらい弘樹はポケットの中に絆創膏を持っている。

 多分、妹の雪ちゃんからもらって来たんだろうけど、可愛らしい猫の模様がプリントされている黒い絆創膏はちょっとだけ恥ずかしかった。

 それでも生傷が丸見えなのもちょっと良くないので好意に甘えることにする。


 しっかし、顔に傷――?いつできたんだっけ。



 ……あのAV見てました事件の後から、麻衣が朝起こしてくれなくなった。


 元来低血圧な俺は朝日と戦い、何とか自力で起きる努力はしているのだがこれがまた大変で、何度も立ちくらみを覚えては転んでしまうので生傷が絶えない。

 多分、その頬の傷も今日テーブルにぶつけたか、どこかで擦ったのだろう。


「雪ちゃんって、お前が例えばAV見てたらめっちゃ怒るかなあ?」


 普段あまり動揺しない弘樹が珍しくぶふぉっと抹茶オレを噴出していた。

 軽くむせながら悪い…とばつの悪そうな顔をしながら口元と机の周りを拭いている。

 一通り綺麗にしたところで、喧嘩の原因はそれか、と何か納得したように笑っている。


「……別に、怒らないと思うけど、ユキの場合はふてくされて、口利いてくれないかも」


 そうだよ、まさにソレ。

 雪ちゃんみたいにぷぅ~と膨れて弘樹がよしよししたらすぐに笑顔になる妹と、俺の麻衣は全く違う。

 最近は本当に汚らわしいものを見るような目で睨まれて、プライベートゾーンに入ると攻撃態勢に入られるので怖くて近づけない。


 一体いつまでこの関係が続くんだ?


「よぉ~、忍。また暗い顔してんなぁ。どうしたんだよ?」

「あぁ……実は――……」


 机の上に突っ伏している俺を心配して、もう一人の友人である磯崎いそざき 雄介ゆうすけが声をかけてくれた。

 俺達は3人で彼女なんていなくても困らないってくらい仲良くしてきた間柄なのに、雄介はちゃっかり隣のクラスのスタイル抜群の美女・高階たかしな 真知子まちこちゃんと付き合っていた。

 一応経緯について真剣に相談したものの、やはり雄介はぶはっと大笑いして俺の悩みを一蹴した。


「ばっかだな~忍。男がAV見て何が悪いんだっつの。書店に行けばエロ本だってごっそりあんじゃん?今なんてコンビニでも買えるってのに」

「あ~言われてみたらそうかも……」


 そういえば、発想が先に行き過ぎて生シーンに行ってしまったけど、もっと手軽に麻衣に見つからないで見れるものがあるじゃないか。

 もしもエロ本でいいものがあれば、それで抜いたりできるわけだし。


「なんか、くだらねえことで悩んでたな俺」

「おぅ。解決して何より。弘樹も早くブラコン妹から卒業しろよ?」

「は、はは……」


 矛先が弘樹にも向かってしまってマジで申し訳ないことをしたと思う。

 だが、弘樹も正直雪ちゃんの超絶ブラコンアタックには参っているので、ある意味お互い様か?

 もっとしおらしくて可愛い妹だったら俺も妹っていいなぁと思うんだが…

 やっぱ俺が羽球やってたせいか。麻衣があんなに凶暴になったのは。




******************************




「で、結局買ってきたわけか」

「うん。あそこの書店のばーさん、いちいちエロ本買うガキなんて顔も覚えてねーだろ」


 弘樹と一緒の方角なので途中まで帰り道が一緒なのだが、参考書を買う友人とは別に、俺は近所の小さな書店で雄介のおすすめ通りエロ本を買ってみた。

 確かに親父に勧められたとは言え、いきなり18禁なんて刺激が強かったのかも知れない。まずはスタンダードに「エロ本」レベル1から始めるのが無難だよな。

 この女の裸とかで興味が湧いてこなきゃあちょっとヤバイ。そうなったら俺も弘樹も立派なただのシスコンのレッテルを貼られてしまう。


 断じて違う!俺だって彼女は欲しい!

 もし彼女が出来たら……まずは一週間前からデートプランを考えて、彼女が何処でもいいよ、忍君とだったら。とか可愛いこと言ったら頑張って考える。

 ストレートに映画館、水族館、ダーツもいいなあ……ボーリングで汗を流すのもアリだし、彼女がスポーツ好きだったら俺の過去の栄光でもある羽球の腕を披露してもいい。

 食事は出来ればファーストフード店は避けたい。いくら貧乏苦学生とは言え、折角の一大デートの時くらいはちょっとだけこじゃれた店を選んでみたいじゃん?

 アイスクリームを半分こしたり、彼女が新しく出来たパンケーキのお店に行きたいって言うなら俺は喜んで一緒に長蛇の列に並んでも構わない。


 そんな妄想ばっかり膨らむんだけど……ただ、今まで本当に恋愛という切欠が無かっただけで。

 そうだよ、この麻衣に捨てられたむしゃくしゃした関係を打ち切るには、誰かとデートすりゃいいんだ。

 ……今度雄介に頼んで彼女関連の知り合い紹介してもらえね~かなとかちょっと他力本願なことを考える。


 弘樹と途中の交差点で別れた後、俺は新しい刺激をゲットしたことに軽くスキップしたいくらい気分が昂っていた。

 帰ったら早速エロ本見てみよう。確か、最近ブレイクしてる何とかユニット?の子が初ヌードしてるんだっけ?

 同じくらいの年齢の子が見えそうで見えない、そのパンチラ具合を出してくるのが堪らない……!って、俺はおっさんかよ。


 思わず自己突っ込みしながら家の鍵をカバンの中から探してごそごそしていると、横から無言で麻衣が鍵穴に鍵を入れた。


「お?麻衣お帰り」

「……ただいま」


 相変わらず麻衣は言葉数が少ない。というか、まだ怒ってるのか……!?

 別に俺と麻衣は兄妹なわけだし、兄貴が男としてごくごく普通に女の身体に欲情して、ちょ~っと興奮しても仕方がないと思うのだが。

 生物学的にそういう風に作られてるんだからしょーがないじゃん。ってことでいい加減機嫌直してもらいたいんだけどなぁ。


 麻衣に鍵を開けてもらった俺はそのままアパートの内鍵を閉めてカバンをフローリングに置いたままトイレへと逃げ込んだ。

 軽くスッキリしてトイレから出てくると、置いていたはずのカバンがいつもの勉強机の上に片付けられており、俺が買ってきたエロ本の入った茶色い袋包みがないっ!

 まさか、と思い嫌な予感バリバリでリビングで立っている麻衣を見つめると、彼女は一冊の雑誌をまじまじと見つめていた。


「ま、麻衣ちゃん……あのぉ~……それ、兄ちゃんの……」

「『榊原真理子、マリコ様初めてのカッコはーとまーくカッコ閉じ』……ふーん」

「………………」


 一切感情のないその声、本当に怖いっ!怖いよ麻衣ちゃんっ!!!

 しかも今めっちゃ棒読みだったでしょ。俺、マリコ様のヌード写真見たらダメなの!?ねぇっ!?


 別に麻衣から何か追及されたわけでも、怒られたわけでもない。ただ、そのよくわからない反応が一番怖いんだ。

 どうせだったら、雪ちゃんみたいに言葉と態度で怒ってくれた方がまだ気持ちが楽だ。


「……はぁ」


 あぁっ!また蔑んだ目に重いため息っ!

 麻衣は一体俺にどんなキャラを望んでいるんだ……兄ちゃんは一般の男の子なんだよ、性欲だってあるし女の子が大好きだ。決してシスコンではないっ。


「兄貴、こんな女の裸がいいの?おっぱいでかくても形悪いし、なんか演技してますって顔してんのに?」


 俺がトイレ行ってる間に見たのかよっ!

 ぴらぴらと際どいページを開いたまま蔑んだ目でこちらを睨んでくる麻衣にずかずかと近づく。

 麻衣とは身長差10センチあるから、プライベートゾーンにさえ入ってしまえば俺の勝ちだ。

 形勢逆転とばかりに俺は麻衣を見下ろしながら人の悪い笑みを浮かべてやった。


「へー。じゃあ麻衣ちゃんの触らせてくれるの?」

「ハぁ?」


 何馬鹿なことを言ってるんだ、と言いた気な麻衣の顔に軽くむっとした俺は、冗談のつもりで麻衣の両胸を触ってやった。

 某ロボットアニメを見ていて思ったけど、今時の14歳って発育がいいのって本当らしい。


 あ、柔らかい。


 俺の意識は、そこでぶつっと途切れた。




 目が覚めた時は夕飯時刻で、俺は布団に寝かされていたものの、後頭部にはでかいたんこぶが出来ていた。

 あの後何が起きたのか一切記憶がない。ただあるのは、腹部に感じる異常な痛みと、何かにぶつかったのか後頭部のずきずき感だ。

 そして俺が初めて買ったエロ本は無残な姿でゴミ箱に捨てられていた。


 妹が怖すぎておちおちエロ本も買うことが出来ないなんてっ……!

 俺は一体何で抜いたらいいんだろう。


 あ~……しかし柔らかいおっぱいだったなあ……。命が幾つあっても足りないだろうけど、生は最高だと思った。

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