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第32話「それでも、やっぱり」

二月に入ると女子達の気合いが違う。


「今年は愛しの雨宮先輩はいくつもらうかな?」


俺はニヤニヤしながら、毎年大量のチョコレートを貰う弘樹を見つめた。

弘樹は甘い物が苦手なのに、毎年靴箱や机の中、直接呼び出しなど、100個近いチョコレートを貰っている。しかも、全て義理というレベルじゃない。恐ろしい事に本命だ。


テニス部のイケメン王子は、漫画みたいな容姿の所為であちこちから人気が高い。俺も羽球やってた時はそれなりに貰っていたんだが、去年柿崎ちゃんが田畑先輩にチョコレートを渡すと我々の麻衣ちゃんが怒るからだめ! とか意味の分からないことを言っているらしい。

別に、好きでもない子から貰っても、お返しとか面倒だし…そういや、弘樹ってどうしてるのかな。


「なあ、弘樹。お前ってその貰ったやつどうしてんの?」

「うちは、雪音と父さんが甘いもの好きだから食べるよ」

「いや、そうじゃなくて、お返し的な?」

「あー…去年それが大変な事に…」


弘樹は困ったように眉を顰めながら、名前のないチョコレートには勿論お返しできないし、手紙があった子には、全員対応したらしい。

返したものは一律で、形として残らないありきたりなクッキーだ。値段もそんなにかからないし、頂いたものの半額以下なのだが、呼び出しされた女子達は雨宮先輩に声をかけてもらえた。という事で失神した者が続出したらしい。


去年のその恐怖がある分、今年はどれ位貰えるか分からないものの、弘樹は彼女達にどう対応するか困っているらしい。

なるほど、イケメンにもそれなりの苦労があるわけか。俺は大変だなあと他人事のように呟きながら、飲みかけのジュースを飲みきる。


「田畑は? 麻衣ちゃんから?」

「ん? うちはそういうのねーよ。麻衣は、料理はうまいけど、お菓子は苦手なんだとさ。雪ちゃんはスゲーよな、チーズケーキだっけ? 麻衣が感動してたぜ」

「あぁ、雪は母さんの影響なのかお菓子作りが好きらしいから。バレンタインに多分気合い入れて作ると思うし、田畑にも持ってくる?」

「お前なあ…それって、雪ちゃんがお前の為に作るやつだろう? 他人の愛のお裾分けとか虚しいっての」


弘樹は妹の雪音ちゃんと同じくらい天然で鈍感だ。まあ、こいつらはお互い鈍感だから丁度いい距離なのかもな。


※ ※ ※ ※


そんな話をした日、アパートに帰ると、玄関に麻衣以外の靴があることに気づく。中を覗くとキッチンに二人の女子が可愛い白のエプロンをつけて仲良く料理を作っている。


「ただいま〜? あれ、雪ちゃんいらっしゃい」

「あ、兄貴っ!? は、早い、ね…?」

「あっ。お邪魔してま〜す」


動揺する麻衣と、天使のように柔らかい笑みを向ける雪音ちゃん。

麻衣は持っていたボウルを隠していたが、匂いで分かる。これは、チョコレートだ。


「何作ってるんだ?」

「フォンダンショコラだよ」


真っ赤になって俯く麻衣の代わりに雪ちゃんが教えてくれたのだが、麻衣は何故かわたわたしていた。


「へえ〜、誰か好きなやつに作るの?」

「あっ! ユキはひろちゃんの大好きなチーズケーキだよ」

「まあ、弘樹は甘いもの食べると鼻血出すからな。トラウマらしいし」


そんなやりとりをしていると、麻衣がちょいちょいと、雪ちゃんのエプロンを引っ張っている。


「後は、170度で1時間蒸し焼きにして、出来たら粗熱を取って、1時間冷蔵庫の中で終わり。食べる時にまた温めると完成だよっ」

「雪ちゃんありがとう…やってみる」

「マイちゃんにはお世話なってるからねっ。ユキもそろそろ帰るね、お兄ちゃんまたね!」


雪ちゃんはニコニコしながらエプロンをバックにしまい、玄関の方へ駆けて行った。

俺は麻衣と二人で雪ちゃんを見送ったところで、甘い香りに鼻を鳴らす。


「麻衣、チョコレートの匂い…」

「ま、まだ出来てないし勝手に食べないでよ?」

「ふーん…麻衣がお菓子ねえ…」

「……つ、ついでだから。作ろうと思っただけ!」


何のついでに作っているのか分からないが、麻衣は出来上がった試作品のフォンダンショコラを俺と親父に食わしてくれた。

雪ちゃんのレシピはパティシエのようで、チョコレートの甘さが活かされた、ガナッシュとも、ガトーショコラとも言えない絶妙な味だった。


二月十四日。

麻衣はバレンタイン当日に、綺麗にラッピングしたフォンダンショコラを、テーブルに忘れて学校へ行った。

俺は麻衣がそれを誰に渡すのか分かっていたので、敢えて声はかけなかった。

可愛い麻衣が帰ってきたら、どんな反応を見せてくれるか楽しみだ。

俺が大好きなフォンダンショコラを、わざわざ雪ちゃんに教えてもらいながら作ったのか。

麻衣の気持ちを考えると、ついニヤニヤしてしまう俺は、やっぱり相当シスコンなのかもしれない。


俺の妹はツンデレで、時々ヤンデレで、昔から俺の事が大好きで、その気持ちは恐ろしく一途で、何も変わっちゃいない。

俺も、麻衣の事を考えると、麻衣にはいい男が出来るんじゃないかとか、俺も少し兄貴として麻衣から離れた方が良いのでは? とか色々考えてみたけど、やっぱり今更離れるのも面倒くさい。

この先、もし麻衣に彼氏が出来たら、俺も彼女を探そう。

それまでは、だめ兄貴と、妹との関係でいいや。

麻衣がツンデレでヤンデレで、やっぱり可愛いくて、俺はまともな恋愛が出来ない兄貴だけど、許してくれよな。

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