第30話「どうせ、ついでだしっ!?」
「兄貴、ちょっと頼みがあるんだけど」
まさかの、麻衣からのお願い? 俺は今日は雪の日だったか、と思わず天気予報を二度見してしまった。その俺の様子に、妹の眉がぴくりと動く。
「……嫌ならいい」
「待て! 待て! 何だ? 麻衣。いや、お兄ちゃんを頼ってくれるなんて嬉しいなぁと思って」
「冬休みの課題で、手作りの編み物作らないといけなくて……ちょっと長さ測らせてくれる?」
「おぅ。そんなのお安い御用だ」
俺は大人しくソファーに座り、麻衣が持っているメジャーに身を委ねた。しかし麻衣が編み物ねえ……確かに俺と違って手先も器用だし、そういうのは得意そうだ。女子力って言うんだっけ? そういうの。
テレビを見ながらそんな事をぼんやり考えていると、測り終えた麻衣が何かぶつぶつ考え事をしながら紙に数字と色を書いていた。
「毛糸、買いに行きたいんだけど……」
「じゃあ行くか。こっからだったら駅の南口にある毛糸屋さんがいいんじゃねえかな」
俺は財布と携帯を持つとソファーからゆっくりと立ち上がった。部屋着のままだったので目の前で服を脱いで着替える。俺がいきなり着替え始めた事に驚いた麻衣は顔を赤らめてくるりと後ろを向いていた。俺の裸なんて見慣れてるだろうに…今時の女子は純粋だなあとしみじみ思う。
麻衣と一緒に向かった毛糸屋は、手芸専門で扱っている店で、毛糸だけではなく、フェルトや針、裁縫道具やコスプレ衣装作成に必要な物や何に使うのかよく解らない物まで多種多様に揃っていた。そしてこのシーズンなだけに、店内は女子が多い。俺がすごく異質な感じだった。しかし、麻衣も俺もあまり人目を気にするタイプでは無いので、麻衣が望む毛糸が見つかるまでぐるりと店内を見渡す。
「これ、いいんじゃねえか?」
ふと手に取ったのは触り心地の良い毛糸。アクリル100%であるにも関わらず、軽いしチクチクする感じがない。麻衣も近づいてきてその毛糸をふと手にとった。
「……兄貴は、マフラー嫌い?」
「わざわざ買う程ではないよな。でも1月がちょいと寒いからあったら嬉しいけど」
「ふぅん」
麻衣が何を思ったのか分からないが、彼女はその毛玉を2個買い、さらに別のグレーと濃紺の毛糸も購入していた。
帰宅してからの麻衣は慣れない編み物に苦しみながら何度もやり直しをしていた。仕事を終えて帰宅した母とも共同で作業しながら黙々とマフラーを作っている。母は手早い手つきで親父にあげる予定のマフラーを完成させていた。麻衣が着手している方はまだ当分かかりそうな雰囲気がある。
「麻衣ちゃん、手伝おうか?」
「ダメっ! これは、私一人で作るから……!」
「そう? 真面目ねぇ麻衣ちゃんは」
課題の提出とは言え、少しくらい母親に手伝ってもらっても問題無いと思うのは、俺がずるいだけなのだろうか?まぁ、中学生に編み物なんて酷だよなあと思いつつ俺はテレビを見ていた。
一メートルくらい編み終えた麻衣が少しだけ疲れた顔をしながらそのマフラーを俺の首にそっと当ててくる。
「どうした?麻衣」
「……まだ足りない」
少しだけため息をついた麻衣はそう言うと再びかぎ針を持って眠い目をこすっていた。どうして一人でマフラーを編むことに拘るのだろう。別に母さんに頼めばいいと思うのは俺だけか?
「麻衣、お前真面目だなあ。母さんに手伝ってもらえば?]
「ち、違う……これは、私がやんなきゃダメなの……」
「そうか? まぁ、無理すんなよ。ちゃんと寝ないとダメだからな?」
頑なに母の協力を拒む麻衣に、それ以上声をかけてやる事は出来ない。俺は先に寝室へ入ったが、その後も麻衣はずっと編み物を続けていた。
翌朝、麻衣が出来た。と満面の笑みで作り上げたマフラーは2回十分に巻ける長さで、作り手の性格を表したような丁寧な編み込みだった。完璧な縫い目はずれも無い。満足した麻衣は俺の首にそのマフラーを巻き付けて来た。
「お、完成したのか?これ」
「課題だからね」
出来栄えに満足なのか、麻衣の表情は穏やかでいつもより機嫌も良かった。俺はその温かいマフラーを首に巻き付きながら、念のためこれをどうするのか確認する。
「……で、俺にくれるの? コレ」
「ッ……つ、つ、ついでに作っただけだからっ! 提出の課題だしっ?」
俺の首の長さと身長まで測って、おまけに一緒に毛糸まで買いに行って、それでついでは苦しいぞ麻衣……
でもまぁ、その「ついで」って奴を甘んじて受け入れよう。
「ありがとな、麻衣。『ついで』でいいもん作ってくれて。大切にするよ」
「べ、別に……つけなくてもいいんだけど。どうせ、ついでだし!」
「はいはい。ありがとな、麻衣。新学期始まったら毎日つけるよ?」
素直じゃない麻衣は「ついでだし!」と繰り返し、頬を赤らめていた。
本当に、素直じゃなくて可愛い妹だ。




