第28話「私が側にいるから」
高校の文化祭当日――俺は、栞と学校の門前で待ち合わせをした。
リア充死ねと言う以前の非リア充の仲間達からは壮絶に冷たい目を向けられる。だが、俺はそんなものを気にしている場合ではない。もう最近の麻衣が可愛くなってきて俺の理性は限界だ。折角親父の計らいで可愛い彼女が出来たのだから、この青春ライフを楽しまないで何が高校生だ。
俺は一人で意味なくそう自分を納得させながら、栞が到着するのを待った。
「忍、お待たせ」
栞は高校の制服を着てやってきた。T高校の制服は胸元に槐色のリボンがつけられており、秋のブレザーはモスグリーンになっている。スカートは槐と緑のチェックのプリーツスカートで、お決まりのように栞は白のニーハイで固めている。シューズも踵の高いスエード生地のものだった。
スカート、短くないか?俺は栞のパンツが見えそうで怖い。今も非リア充共が栞の下をどうやったら覗けるか模索しているように見えるのだが。
「私って何処で着替えたらいい?ミスコンって何時から?」
「あぁ、午後からだし、時間あるから俺が案内するよ」
「超嬉しい。ありがと忍」
きゅっと腕に抱き着いて来る栞は本当に可愛い。麻衣にもこういう一面があればどれ程可愛いか――って、また俺は麻衣と比較して……俺の方が余程シスコンじゃねえか。
首を左右に振り、雑念を振り払うと俺はにかっと栞に笑顔を向けた。
まずは最初に露店を開いているスポーツ部の方から案内する。T高校の女子はレベルが高くて有名らしい。俺はそんなことも知らなかったのだが、栞は相当可愛い部類の方らしく、運動部の奴らがみんな俺達に色々な食べ物を恵んでくれた。ある意味ありがたい。
「みんな優しいね~。得しちゃった」
えへっと笑いながら焼きそばを食べる栞は可愛らしい。時々風にツインテールが揺れる。俺はぼんやりと栞の横顔を見つめていたのだが、ふと視線に気づいた彼女は俺の頬についていた焼きそばの残骸を指でつまんで取り、それをぺろりと舐めた。
あまりにも自然とそんな行為をするものだから、俺もどきりとしてしまう。顔が赤くなっていたかも知れない。何たる不覚。
「ねぇ、今日麻衣ちゃんは?」
「お前なぁ…麻衣のこと考えるなって言うくせにどうしていつも俺に振ってくるかねえ……」
「ん~。忍の忍耐力調査かな?」
「訳わかんねぇ。俺は今栞と居るんだから、麻衣は関係ねぇだろ」
麻衣の名前を出すと栞は異常にムキになる。女の気持ちはよく解らない。とりあえず、俺は栞の機嫌が悪くならなきゃそれでいいんだけど。
「忍、麻衣ちゃんと私がミスコンに出たらどっちを応援する?」
「はぁ? 麻衣は中学生だから出ないだろ」
「そうじゃなくって。二人が居たらって意味」
俺は栞が言いたいことの意味がさっぱり分からなかったが、とりあえずここは栞の顔を立てることにする。
「ん~。栞は俺の応援無くても勝てそうだけど、彼女応援だろうな」
「だって、麻衣ちゃん?」
何だって? 麻衣!?
俺は慌てて栞が向いた方向に視線を向ける。すると、ニット帽をかぶり、こないだ買った紺のニットワンピースと薄いトレンチコートにショールを巻いた麻衣が立っていた。今日、麻衣が文化祭に来るなんて話は聞いていない。
少しだけ目を伏せた麻衣は何も語ることなく踵を返した。思わず追いかけそうになったが、その横に弘樹と雪ちゃんが立っていたので俺は弘樹達に麻衣を任せることにした。
結局午後のミスコンに栞はエントリーしたものの、今年もやはり横宮先輩が圧倒的な強さを見せて、外部からエントリーしたメンバーは誰も賞を得ることは出来なかった。それでも栞は満足そうに参加賞を抱えて俺と一緒に帰る。
「麻衣ちゃんってさぁ、忍のこと大好きだよね?」
「最近の麻衣は俺にツンツンして結構風あたりきついんだぞ。暴力振るうわ、怒るポイントがさっぱりわかんねえからいつも殴られる」
ははっと笑いながらそう答えると、栞はさらに寂しそうな顔をした。
「最初はね、麻衣ちゃんを大事にする忍が好きだったの。でも、麻衣ちゃんの悲しそうな顔を見てたら、私が忍を独占するのダメだなって」
「え? 別に麻衣は関係ないだろ。大体、あいつと俺は兄妹で……」
「それでも、きっと麻衣ちゃんはそう思ってないよ。だから、忍。私達は『友達』でいよう?」
それって、爽やかに恋人としては無理ってことですか。このクリスマスも近いって時期に何たるショックな出来事。俺は栞の言葉を半ば受け入れられないでいた。マジか。いや、友達でいてくれるのはありがたいんだけど、それじゃあ手も足も出せないってことだろう。
「えっと……それって、つまり」
「うん。忍とは友達で居たい。私、忍のこと大好きだけど、麻衣ちゃんを悲しませるのも辛いから」
涙を呑んで笑顔でそう言い放つ栞は何て可愛いのだろうかと思う。なのに、俺達は友達から先へ進めないと。前回キスまでしたのにあんまりだ。
俺は今まで妹という存在をずっと可愛いと思って受け入れてきたが、今になって初めて麻衣の中途半端な態度に苛々してきた。俺のことが嫌いならばはっきりそう言えばいい。それなのに、好きでも嫌いでもない。実に中途半端だ。その所為で今後も俺に彼女が出来ないなら、親父に言って1人暮らしでもさせてもらった方がいい。その方が気兼ねなく女と遊べる訳だし。
俺は帰宅してからも栞が友達発言したことがショックでソファーの上で抜け殻になっていた。静かに帰ってきた俺をそっとしてくれた麻衣の優しさに感謝しながら今後の冬イベントをどうするか考える。
「兄貴、どうかした?」
麻衣が心配そうに声をかけてくれるが、まさかお前の所為で栞に振られたとも言えない。それに、麻衣が原因ではなく、きっと他にも栞が俺ではダメな理由があったのだろう。そう思わないとやってられない。
「俺、栞に振られたんだ。情けないなぁ~やっぱり麻衣ちゃんにも嫌われるくらいだから、俺じゃ彼女が出来ないってことだ。ははっ」
焦っていたのかも知れない。折角親父が切欠を作ってくれたのに、栞には友達宣言をされてしまった。彼女、彼女ってがっついたか? 俺。
自嘲的に笑っていると、無言のまま麻衣が俺にきゅっと抱き着いて来た。
「私がいるよ……」
「麻衣……」
「兄貴には、私が側にいるから」
まさか、妹に慰められるなんて。そう思いながら俺はきゅっと抱き着いた麻衣の背中を撫でる。そういえば、麻衣は買ったばかりの俺好みのニットワンピースを着て、文化祭にわざわざ来てくれた。
こんなにも近くにいる愛おしい存在に、俺はどうして気が付かないのだろう。麻衣が俺のことをどう思っているかなんてわからないけど、もう少し妹を大事にしよう。そう思う……。




