第25話「お兄ちゃんにも笑顔を見せてくれ!」
10月。この時期になると文化祭シーズンとなる。
俺の通っている公立北陽高校はこの文化祭の目玉となる大・イベント『ミスコン』が開催される。
此処2年間はテニス部のマネージャーである松宮先輩が栄冠を手にしていた。
先輩は、あのウブな弘樹ですら羨むくらいの抜群の美貌の持ち主で、長いストレートの黒髪に、くりっとした二重に長い睫毛。
さらに、手のひらで覆えそうな小顔。
勿論出るとこは出て、締まるところは締まってる。とにかくスタイル抜群で、更に頭も主席レベル。
おまけに、テニス部ではマネージャーでありながら時々後輩指導でコーチまでしており、とにかくスポーツ万能。非の打ちどころが全くない。
「今年も栄冠は松宮先輩かなあ?」
「わかんね~ぞ。今年は外部からの出場も可能なんだとさ?」
「へぇ~……んじゃあ弘樹は雪ちゃん出すの?」
雄介の言葉に俺はふと麻衣と栞の姿が浮かんだ。
ミスコンかあ……。
弁当を突きながら、絶対麻衣は出てくれないだろうな、と声をかける前から諦める。
栞だったら喜んで参加してくれそうな気がする。可愛い栞が見れるかも?と思うと自然と顔がニヤける。
「そういやさー、忍に彼女が出来たんだって?」
「おう。栞って言うんだけどさぁ。マジ可愛いんだよ、ちょっとツンツンしてるし女王様気質あるけど」
スマホで栞との写真をリア充の雄介に見せる。あいつもまだまっち~と続いているようだし、これくらいは赦されるだろう。
弘樹も興味深々の様子で俺の”彼女”に食いついていた。
「可愛いじゃん?忍には勿体ねーな」
「失礼だぞ雄介」
「彼女が出来たって、田畑んトコの妹さんは?」
「麻衣は俺に関心ねーよ」
大体、高校生にもなって妹が何時までも兄貴、兄貴って食いついてくるわけがない。
それに、俺だっていい加減可愛い彼女ともう少し進んだ関係になりたい。
こないだの壁ドンにはちょっと焦った。俺も思いがけないシチュエーションで動揺しないようにせねば。
「なあ、雄介。今度お前とまっち~の楽しい話聞かせろよ」
「あん?何、初めてのバツバツとか?」
「……お前、えげつねえな」
「忍が聞いて来たんだろ~?まっ。ムードは大事だな。俺は何回かまっち~にビンタされたぞ」
がっついて、と男らしく言う雄介はリア充の中でも神だった。
とは言え、しょっちゅう女を変えるこいつの性格はまったく褒められないか。
言い方を変えると、ただのヤリチンって言われるし。
俺は雄介みたいな失敗はしない。絶対に栞といいムードで、恋人デートプランを完成させてみせる。
その為には、このミスコンで栞がどの程度参加してくれるのか聞いてみるのも悪くない。
「なぁなぁ、忍。彼女紹介しろよ?俺もまっち~ミスコン誘うからさあ」
「おぅ。栞はバドで忙しいからわかんねぇぞ~」
とか言っても、栞は俺がお願いするときっちり週末空けてくれるんだけど。
栞はマジで可愛い彼女だと思う。
空気は読めるし、可愛いし、いつもニコニコしてデートプランもお互い言いたいこと言って、趣味だって合う。
おまけにスタイルもいい。いつもミニスカートで来るから不躾な他人の視線を追い払う俺の方がハラハラするくらい。
LINEで栞に来週の日曜日の文化祭来れるか訊いてみると、数分後にスタンプ付きであっさりオッケーの返事がきた。
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H高校の羽球の美少女・栞が来るという噂が雄介の所為で広まってしまい、俺は今まで非リア充として連合を組んでいた仲間から猛烈な虐めにあった。
その虐めの内容が、彼女が出来たのであれば、可愛い妹の大事なものを一つ持ってこいと言うのだ。
または、妹さんの満面の笑みの写真を寄越せと。
おぃおぃ、弘樹の妹みたいにいつも笑ってる子じゃないんだようちの麻衣ちゃんは。
唯一の盟友であった弘樹ですら諦めろと首を振っている。俺を助けてくれる者は誰も居なかった。
「はぁ……どうすっかなあ」
玄関を開けるまで気が重い。
非リア充仲間からは怒られるし、かと言って麻衣の大事なものを奪うわけにもいかないし、おまけに満面の笑み?
麻衣が笑ったら天地がひっくり返るだろう。それくらい激レアな光景だ。
雪ちゃんの笑顔の半分を、麻衣に横流ししてくれないだろうか?
そういえば、麻衣が満面の笑みを、俺に向けたことが無いってことに今更気付いた。
何時からあの子は笑わなくなったんだろう?
時々、口元だけで笑ってることはあるけど、腹を抱えて笑うような姿は、たった一度も見た事がない。
何か悩んでいるのか?
確かに昔虐めにあってたし、その所為なのかも知れないが。
「……ちょっと、兄貴邪魔」
「うぉっ!?ま、麻衣ちゃんお帰り……」
いつの間にか俺の背後に立っていた麻衣はアパートの鍵を入れると先に家の中に上がっていった。
俺も麻衣に続いて家の中に入り、着ていた制服を脱いで部屋着に着替えた。
麻衣も寝室で制服を脱いでいる。
兄妹だからあまり恥じらいというものは無いのだが、麻衣はばさっと制服を脱ぎ、黒のブラジャーと同じく刺繍のついたパンツだけの姿になっていた。
歳を重ねる毎に麻衣が身に着ける下着が変わってきたような気がする。あ、俺が決してチェックしている訳じゃねえけど。
あの姿を、いつか麻衣も他の男に見せるのかなあ、とぼんやり思いながら思わずその姿に見惚れていた。
勿論、その視線に気づいた麻衣はこちらを一瞥した後、顔を真っ赤にしてずんずん近づいてきた。
「ちょ、ちょっと!何携帯向けてんの!?」
「え…?」
「まさか、私の写真なんて撮ってないでしょうね!ふざけないでよ…」
そういえば、麻衣の笑顔を撮って来いとか言われた所為でスマホを持ったままだった。
下着姿の麻衣の方向にカメラが向いていたので、確かにそう言われてみたら怪しまれても仕方がない。
俺は言い訳も何も出来なかったので、正直に麻衣の笑顔を撮りたいと話した。
「はぁ?馬鹿兄貴に一体何の笑顔って」
「まぁ、俺が馬鹿でキモイとかそういうのは認めるからさあ…頼むよ麻衣ちゃん~」
「嫌。どうせ写真なんてロクなことにならないもん」
ぷいっとそっぽを向いてしまった麻衣はまだ下着姿だった。俺に抗議する前に着替えたら良かったものを。
「ひゃっ!?」
「そんな、無防備な姿を他の男に見せんなよ。麻衣……」
「ちょ、ちょっと着替えさせてって!」
俺は気が付いた時には麻衣の身体をしっかりと自分の腕の中に抱きしめていた。
どうしてこんなことをしたのか分からない。身じろぐ麻衣は珍しくしおらしい女の子になっていた。
頬が赤い。体温も心なしか上昇している。
麻衣は、俺が好きなのか?この質問をしても返ってくる答えはいつも同じ。
「麻衣……」
「えっ」
少しだけ麻衣の眸が揺れ動いた。何かを感じたのか、きゅっと眸を閉じる。
こちょこちょ。
こちょこちょ。
脇腹を擽ると、麻衣は笑うどころか、あっ――と更に色っぽい声を上げた。
思わず漏れたその声に、俺は驚き過ぎて麻衣を抱きしめていた手を離してしまった。
その瞬間、俺を睨み付けた麻衣の強烈な肘鉄が、俺の脇腹に命中する。
「ぐふぉっ……!」
「最っっ低!」
崩れ落ちた俺は麻衣にトドメの一言を放たれ、フローリングに突っ伏した。
無理だ…麻衣を笑わせるなんて。
でも、あの下着…確か新しいやつだよな。
一体麻衣は誰に見せる為にあんな可愛いパンツ買ったんだろう?




