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第23話「中履き用シューズの紐が死んだ」

「ねぇー忍。次の日曜日さあ買い物付き合って?」

「いいよ、別に。何処の店行くんだ?」


 俺はいつものように栞の後輩に羽球を教える為にT高校を訪れていた。

 もはやこの光景は日課のようになっている。


 先日栞と麻衣との対決に勝利した栞は、S女学院のエースに勝ったということで周囲から賞賛され、次の試合にも補欠ではなく、レギュラー枠として出られることになったらしい。

 毎度こうやって小さな特訓を続けたことが実を結んだと思えば「なんちゃってコーチ」をやって良かったという気さえする。


 シューズの紐を結び直していると、俺の顔を覗き込んできた栞の髪がぱさりと落ちてきて、一気に視界が暗くなる。


「うぉっ!?何だよ……」

「忍~。生返事ばっか。何処の店って、昨日も言ったよ私?」

「え…え?そうだったか……そりゃすまん」


 靴紐から視線を栞に向けると、彼女は両手を腰に当ててふんぞり返って立っていた。

 不満そうな唇をぷぅっと膨らませている。


「何でそんなに上の空なのかな~?」

「べ、別に……顔近いぞ?栞」

「へぇ~……嬉しくないの?この栞さまとイチャイチャできるってのに」


 栞は俺の目の前から横に移動して一緒に体育座りをしていた。

 俺もシューズの紐を結び直して隣に座る栞をじっと見る。


「忍、まさか麻衣ちゃんのこと考えてたの?」

「はぁ?何でまた……」


 どいつもこいつも……口を開くと俺と麻衣の話ばかりだ。

 怪訝そうな顔をしたのが気に入らなかったのか、栞はぺろっと舌を出して茶目っ気たっぷりに笑う。


「だってぇ……麻衣ちゃん、異常に忍のこと大好きでしょう?もうさ、兄ちゃんと妹っていうより異常」


 ――異常――


 何でか分からないが、その言葉がずしりと胸の裡に落ちる。

 あれ?何で俺はこんなにも胸が痛いんだ。

 俺と麻衣ってそんなに異常なのか?


 そんなわけない。

 俺が異常なのは認めてもいいが、麻衣はごく普通の女の子だ。

 ……それを否定されるのは兄ちゃんとしてちょっといただけない。


 俺は少しだけ苦笑しながら栞の言葉をやんわりと訂正する。


「おいおい…勝手に麻衣をそんな扱いすんなよ。あいつは仕事で帰りの遅い母さんの為に、俺の身の回りのことやってくれてるだけなんだし」

「ふぅ~ん?そんなもん?」


 まだ疑問符が拭えてない栞の頭をぽんぽん叩き、俺はコーチを急かす栞の後輩ちゃんにもうちっと待ってな?と指で合図した。

 こちらをじっと見つめたままの栞をそのままにして先に腰をあげる。


「そりゃそうだよ。俺は普通に女の子と恋をしたいの。デートしたいの」

「……安心した。忍、忘れてないよね?私、麻衣ちゃんに勝ったんだから、ちゃんと邪魔されないデートしようね?」


 体育座りをしたままの栞に笑顔を向け、勿論と声をかけて俺はラケットを取った。




******************************




 ――今日の練習をしていて思った。室内用のスニーカーの紐が完全に死んでいる。

 ターンをした時に何度も足に違和感を感じて捻挫しなかったのが奇跡だ。


 俺は家についてから紐を買い忘れたことを後悔した。

 とは言え、栞の後輩に教えているのは半ば趣味程度のレベルなので、別に急いでいく必要もないし、学校を終えてその帰り道で買おう。

 そう思い玄関のドアを開けると、真新しいスニーカー紐が置かれていた。


 まさか?と思いその紐を手に取ると、俺が使ってる中履き用のスニーカーのメーカーもので、長さも今使っているものと一緒だ。


 母さんはそういう買い物に疎いので買ってくるわけがないし、親父は通常スニーカーなんて履かないので、こういうものが単品で売っていることすら知らない。

 俺はさり気なく買ってくれた麻衣の優しさが嬉しくて、思わずキッチンで料理をしていた麻衣に背後から抱き着いてしまった。


「麻衣っ!お前、マジゴッド!!」

「ぎゃああっ!!」


 俺が帰ってきたことすら気づいていなかったのか、麻衣が珍しく素っ頓狂な声を上げた。

 彼女が包丁を持っていなかったのが、唯一の幸運であろう。

 麻衣が持っていた大根が思い切り俺の足の上に落ちる。


「――――!!!!」


 もはや声にならない。

 衝撃で蹲る俺を無視した麻衣は、俺から少しだけ離れた。


「なっ…お、おかえり……兄貴」

「いや、その前に大根めっちゃ痛いんですけど麻衣ちゃん……」

「だ、だって兄貴がいきなり……!」


 動揺する麻衣は俺が手に持っていた値札がついたままの靴紐を見てあぁ、と目を細めた。


「麻衣、ありがとな。でも、何で俺の靴が死んでるの知ってた?」

「べ、別に……私のスニーカーも丁度紐が痛んでたからついでだよ……兄貴の為じゃないから」

「おぅ、偶然のついでに感謝、感謝」


 へらへら笑う俺を腑に落ちない表情で見つめていた麻衣だったが、両手で今俺が抱きしめた腕の部分をそっと触っている。

 心なしか、その頬が僅かに紅潮しているようにさえ見えた。


 麻衣は、俺の靴が傷んでいることまで知っていた。もしかして、俺のことそこまで気にかけてくれているのだろうか?

 あまり口数の少ない麻衣が一体何を考えているのか、俺にはよく解らない……。


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