番外編 Side麻衣「お兄ちゃんを取られたくないもん」
ヤンデレ麻衣様:小学4年生の頃の歪んだ独占欲。
私の兄貴はよく女からモテる。兄貴――忍は、そこまでイケメンという部類ではない。
ベリーショートの髪をお出かけの時だけワックスで流し、私と同じく父さんに似てるから目つきは悪い。
でも鼻立ちは母さんに似てるせいか結構高いし、身長も確か170㎝あったような……
中学の時まで続けていた羽球を止めてからの忍はストイックな肉体改造をやめて今はごろごろ帰宅部に属している。
――でも兄貴を帰宅部に仕立てたのは全部私の責任なんだけど……
引き出しの中から見つけた私の小さな頃の日記帳。
それをちょっとだけ見つめてみる。
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「田畑先輩超カッコいい。爽やかスポーツ青年よねえ~」
「先輩、どこの高校行くんですかぁ?!」
両利きの兄貴は時々ふざけて右でも左でもラケットを持つからその姿が格好いいと近隣の女子達から絶大な人気を集めていた。
その時同じ羽球部にイケメンの日野先輩という人がいたので当時は彼見たさに入部する女子が後を絶たなかったのだと言う。
しかし、兄貴の通うT中学校は羽球の腕が悪く、いつも地区大会では予選敗退で結果らしい結果を残していなかったせいもあり、一目を引くサッカー、バスケ、野球と比べたら暗いスポーツと化していた。
ただ落ちる羽を拾う地味な競技という位置づけでつまらないレッテルを貼られていたのだが、それを変えたのが当時中学1年生の兄貴だった。
小学校4年生から始めていた羽球はめきめき上達し、5年生の時点で既に中学生と互角でやりあえるスピードと動きを身に着けていた。
武器はロブ。
兄貴は基本的攻撃タイプではなく、動体視力が優れているのか、いくら相手にスマッシュをぶち込んでも拾われると周囲を驚かせる力を持っていた。
花形のスマッシュではなく、じっくりと持久戦に持ち込んで華麗に勝つ。
そんな試合を見た女子生徒がいま流行りのSNSとかにそういうのをアップした途端、兄貴の人気は一気に広まった。
勿論、兄貴が中学校に上がり、羽球を始めた途端、部員の女子があぶれるくらい入部してきたのだ。
それはそれは、他の運動部がガッカリする程、可愛い女の子達が今まで日陰でプレイしていた部活に流れてしまっていた。
私は兄貴が地味に羽球をやっている姿を追いかけるのが大好きだったのに、一気に花形になって注目を浴びたことが悔しかった。
勝手に私の兄貴にベタベタしないで。
勝手に私の忍に触るんじゃねえよ。雌豚が。
当時小学4年生の私は母さんに連れられて兄貴の羽球の応援に行っていた。
黄色い声が聞こえる度にそちらをじろりと睨み付け、兄貴の応援する女を悉く調べつくした。
――1年A組 櫻井 美智子
――1年C組 野坂 真里
――1年E組 八田 萌
――2年B組 木下 春奈
――2年D組 町田 園枝
確か3年の女もいた気がするけど、そいつらは卒業さえしてしまえば敵にならない。
ざっと調べたところで兄貴のファンだと言う女は40人を超えていた。ミニファンクラブまで出来ている。忌々しいことに……
兄貴には同じ中学に通っている弘樹さんというイケメンのお友達がいる。
そうだ……女子が兄貴に対してがっかりするようなことをするといい。
こんなにも簡単なことに気が付かなかったなんて…私馬鹿だな。
――数日後…
「悪ぃな弘樹。今回の数学俺の嫌いなとこだからさあ……」
「いいよ、別に。あ、麻衣ちゃんお邪魔します」
「……いらっしゃい」
ぺこりとお辞儀をして私は計画の為に二人が座っている勉強机の前にジュースを乗せたトレイを持っていった。
肩を寄せ合いながら勉強をしている間に躓いたフリをしてジュースを零す。
「つめてっ!!!」
「わっ!?」
教科書にはかからなかったものの、私が放ったオレンジジュースは見事に兄貴ズボンと弘樹さんの上着を濡らしていた。
「ご…ごめんなさい……」
「全く…麻衣は意外とおっちょこちょいだなぁ。弘樹、それ色ついちゃうから脱いで」
「うん」
弘樹さんは言われるまま白いトレーナーを脱いで、かかったオレンジ色の液体を見つめている。
「あーくそっ俺の方パンツまで濡れてんじゃん…麻衣、悪いけど替え持ってきて?」
兄貴もカチャカチャとベルトを外してパンツまで一気に脱いでいた。私は兄貴に下着だけ先に渡してから寝室へ戻り、着替えの服を探すフリをする。
その間も二人は真剣にテスト勉強をしていたのでこちらの様子には気づいていないようだった。
携帯を開き、二人が画面に収まるようにピントを合わせる。
カシャリ……
「麻衣、早くズボン。あの3段目にスラックスあるでしょ、それでいいから」
「ごめんね、兄貴。弘樹さんも」
「いいよ、大丈夫だから。あ、わざわざ洗濯ありがとうね?麻衣ちゃん」
「はい。洗濯してきます」
濡れた衣類を両手に抱えた私は、洗濯機の前でもう一度携帯画面を開き、先ほど撮影した一枚の写真を見てふっと口元に笑みを浮かべた。
これで大丈夫。
二人がお付き合いして家でイチャイチャデートをしているという既成事実をあのミニファンクラブの奴らにけしかけてやれば……
しかし私の唯一の盲点は、ミニファンクラブは確かに消滅させることに成功したものの、逆に『忍と弘樹の恋を応援しよう』という謎の腐女子連合が立ち上がっていた。
兄貴をホモにするつもりなんて無かったのに……これは全くの盲点だった。
世の中にはそういう嗜好が好きな女子もいるということに、当時小学4年生の私は知る由も無かったのだ。
そして兄貴が羽球を止めることになったもう一つの理由は、顧問の男が自分の貞操まで危険なのではという甚だ勘違いを起こしてくれたせいだ。
当の兄貴も自分がどうして羽球をやめさせられることになったのか、全く知らない。
でもいいの。
例え誰にどう思われても。
私の忍は、ずっと私だけのもので側に居てくれればそれでいい。