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第21話「甘すぎるショートケーキ」

 先日、麻衣と栞の羽球対決で勝利を収めた栞は、俺とデートではなく、家で勉強を教えて欲しいと言ってきた。

 自慢じゃないが、俺は意外と英語が得意だ。これでも英検2級まで取ったんだ。

 栞はスポーツ脳らしく、勉強はからきしと言っていたので、次の期末テストに向けて教えて欲しいと懇願してきたのだ。

 そんなことくらいお安い御用だ。俺の数少ないスキルが生かされるのであれば、いくらだって。


 日曜日の昼下がり。俺は入念に家の掃除をして、今日は彼女が来るからと言って、親父をスロットに追い出し、母さんも友達と出かけてきたら?と追い出した。

 残る問題は麻衣だったが、丁度その日は弘樹の妹と遊ぶ約束があったらしく、幸運なことに二人きりの空間が完成した。


 インターフォンの音に俺は慌てて玄関に行き、チェーンを外す。


「こんにちわっ。ケーキ持って来たよ」

「おぅ、よく解ったなあの地図で。まぁ上がって?」

「うん。お邪魔しま~す」


 栞は白いワンピースに黒いストッキングを履いていた。本当に女の子ってミニスカートが好きなんだなぁと思うと少しどきどきしてしまう。

 麻衣は制服のスカートだって昔のヤンキーかと思うくらい長い。家ではパンツスタイルしか履かないし、運動している時は長いジャージ姿で色気が無い。

 全く対照的な二人だなぁとぼんやり考えていると、栞がふふっと笑いながら俺の腰を小突いて来た。


「また麻衣ちゃんのこと考えてるんでしょ?ダメだよ、今日は1日忍独占しまーっす」

「つぅか、勉強すんだろ。ほら栞のとこの教科書開いて」

「はーい忍せんせっ」


 俺の机に教科書とノートを並べ、勉強机に並んでいる回転椅子に腰かけた栞はいつものツインテールを今日はリボンで1本にまとめていた。

 白い項からは薔薇のような甘い香りがする。俺は煩悩を振り払う為に首を左右に振り、麻衣が使っている回転椅子を栞の隣につけてそこに座った。


 基礎基本の文法の使い方と、常用句、後は例文を即興で作って英語での日常会話をしながら俺は簡単な覚え方を栞に伝えた。

 従順な彼女はその一語一句をノートに書き留めながら、軽く頬杖をついて俺の反応を待っている。


「忍ってさぁ、どうしてそんなに勉強出来るのに大学狙わないの?」

「あ~……見ての通り、俺ん家はそんな金持ちじゃねーし。俺が大学なんて行ったら麻衣を私立行かせてやれないから」


 麻衣は来年高校受験を控えている。

 母さんとしては、このままストレートで私立のお嬢様学校に行かせたいらしい。

 男気溢れる麻衣を少しでも女性らしく育てたいのが親心なのだろう……


 そっか、と寂しそうに呟く栞はどうやら、俺と一緒に大学生活を送りたかったのだと言う。

 栞の頭だったらもう少し英語を鍛えてやれば、そこいらの大学くらい受かると思う。しかし――そこに俺の姿はない。


「……折角忍に会えたのにさぁ、この先もこうやってたまに連絡取らないと会ってくれないんでしょう?」

「そんなことねーよ」

「……だって忍、いつも麻衣ちゃんのことばっかり」


 栞の眸が僅かに細められた。ピンク色の唇が俺の方に近づいて来る。

 まさかの、家キス?と思い俺も目を細めて栞の背中にゆっくりと手を回した瞬間、玄関のドアから何かをガチガチッと激しく擦る音が聞こえた。

 驚いた俺は身体を離して玄関の方へ近づく。するとチェーンのせいで中に入れなくてこちらを睨み付けている麻衣と目があった。


「ま、麻衣……帰ってたのか」

「……ただいま」


 連絡くらい寄越せばいいのに、麻衣は無言でドアを開けようとしていたらしい。

 玄関からこの勉強机のあるリビング横までは斜めに見ると視界に入ってしまう。それくらい俺の家の間取りは相当狭いのがいけないのだが……

 麻衣に先ほどのシーンをみられたのか不安になっていたが、チェーンを外した瞬間、麻衣は玄関にある栞のローヒールのパンプスを見て軽く舌打ちしたように見えた。


「こんにちわっおにぃちゃん」

「あぁ、雪ちゃんいらっしゃい……」


 機嫌の悪い麻衣とは対照的に、弘樹の妹は本当に可愛い。にっこりと微笑みながらお邪魔しますと元気に家に入る。

 ――ちょっとまて、彼女達が帰ってきたってことは、俺と栞の二人きり終了?


「麻衣ちゃんこんにちわ。元気そうで何より?」

「あぁ、栞さん居たんですね。どーも」


 物凄く棒読みな麻衣の言葉からは棘しかない。どうして栞にそんなに冷たくするのかさっぱりわからない。

 同じ羽球のライバルだから?いやいや、麻衣の方が断然強いし……

 俺の存在を無視していた3人は、栞が持って来たケーキを一緒に食べようという話になってさらに問題が勃発した。


 栞の買ってきたケーキは2つ。

 俺と栞、麻衣と雪ちゃんとで半分こしながら仲良く食べていたのだが、栞がわざと麻衣に見せつけるように俺の腕に絡みついてフォークに乗せたチーズケーキを俺の口元に当ててきた。


「ほらぁ、忍。おっきく口開けて?」

「恥ずかしいだろ……」


 フォークの上のケーキで攻防戦を繰り広げていると、痺れを切らした麻衣が俺の顎を力いっぱい掴み、自分の指で掴んだショートケーキのひとかけらを俺の口に無理矢理突っ込んできた。


「ふがっ」

「……兄貴は、あまりチーズケーキって好きじゃないの。こっちの方が美味しいんだって」

「ま、まひひゃん?」

「――指まで綺麗に食べて?」


 麻衣が小さな声で指を舐めるように言ってきたので、俺は麻衣の白い指についた生クリームまで舐める形となり、あまり好きじゃない甘いケーキをその後も強制的に食わされた。

 ケーキの甘さよりも、口の中で僅かに動かされる麻衣の指が気になって変な気分になってしまう。

 妖艶な眸で自分の兄の口にケーキを突っ込む妹を見て栞は小さく項垂れた。


「……はぁ。もっと忍については情報集めないとダメね。いいわ、今日は大人しく帰る。またね?」

「お、おい……栞?」


 教科書を纏めた栞はお邪魔しましたと小さな声でお辞儀するとすぐさま玄関から出て行ってしまう。

 追いかけようとした俺の腕を麻衣がしっかりとつかんでいた。馬鹿力の麻衣の拘束は俺でも解けない。


「……まだ、きちんと食べてないでしょ?兄貴」

「じゃあ普通に食わしてくれ…普通に」


 これでは栞を追いかけることは無理だと悟った俺は諦めて再び椅子に座る。

 雪ちゃんがチーズケーキの方をぺろりと平らげていたので、俺は麻衣に介助される形で甘いショートケーキを食べさせられた。

 生クリームの所だけ何故か指ですくって舐めるように仕向けてくる麻衣がちょっとだけエロくて可愛く見えてしまうなんて、俺はついに頭のネジまでぶっ飛んでしまったのだろうか。

 ――いかん……このままだと弘樹以上のシスコンになりそうな気がする……


 これ以上妹に発情したらダメだ。

 そう頭の中では解決するのに、目の前で俺だけを見つめて微笑む麻衣の笑顔を見ると、そんな感情が一瞬で吹き飛んでしまう。

 ……それって、やっぱりダメなことだろうか?

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