第⑲話 「まさかの三角関係!?」
「なぁなぁ~忍。お前T高の帆宮ちゃんとお付き合いしてるってマジ?」
「んぁ?一体どこからその情報出てくるんだよ」
いつもの昼休み。麻衣特製の弁当を広げながら俺はニヤニヤ顔で話しかけてきた雄介を見上げた。
大体、リア充のくせに雄介は人の恋愛事情によく介入してくる面倒くさい男だ。俺はお前みたいに付き合う女をコロコロ変えたりはしない。
意外と一途なんだよ俺は。そんな中で出会った栞は最高の相手だった。
気さくでサバサバしてて裏表がない。それに空気を読むのもいいし何よりも一緒にいて居心地がいい。
彼女ってのはやっぱり性格が合うとか、趣味が合うとかないとまず無理だろう。
そういう意味では栞とお付き合いに発展するのはいい傾向かなと思う。問題は、まだ告白した訳じゃないからただの”お友達”なんだけど。
先日栞が帰り道で言っていた言葉が耳に残っている。
『だって、麻衣ちゃんに勝てないと忍とお付き合いできないでしょ?』
俺って、意外と栞に好かれてたのか?何よりも女の子からそう思われてるのは非常に嬉しい。
思わず思い出し笑いをしてしまった瞬間、こちらに椅子を向けて弁当を食べていた弘樹にまで引きつった笑みを返された。
「田畑がついに彼女ねえ……」
「おぅ、悪いな弘樹。お前は雪ちゃんとこれからも幸せにな」
弘樹のところには義理の妹の可愛い可愛い雪音ちゃんがいる。
彼女のブラコンレベルはもはや神がかっている為、誰も弘樹に告白しようという猛者はいない。
雪ちゃんが泣いたら弘樹が困るというのをみなが知っているからだ。
俺の冷やかしに対して弘樹は少しだけ小さなため息をつきながらぽつりと呟いた。
「他人事だと思ってそう言うんだよお前は……そのうち麻衣ちゃんだって……」
「ん~?何か言ったか?」
「いや、別に」
何だか、麻衣のことを言っていたような気がするが、まぁいっか。
麻衣は雪ちゃんとは違う。あいつはただ男に対して免疫が無いだけで、だから俺にちょっかいをかけてくるんだ。
それに、最近はそんな男自体も毛嫌いするようになってきたみたいだし……さてどうしたもんか。
母さんも仕事が変わって朝の時間に余裕が出来たから俺の弁当を作ると言ってくれているのに、麻衣は相変わらず俺の弁当は欠かさず作る。
しかも、何気に夜にぼやいた食べたいものだったり、毎日色取り取りに作られるおかずは一体何時に起きて作っているのか。
羽球の朝練もあるというのに、完璧な麻衣には頭が上がらない。
「お前も十分麻衣ちゃんに愛されてるんだな」
「んだよ、俺までシスコンにする気か弘樹」
「そうだ。忍がリア充とかウザくて敵わん。お前は妹ちゃんとイチャイチャしてろ」
冷たい友人達は俺の恋人候補の出現をあまり快く思ってはくれていないようだった。何となく寂しい。
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栞に昨日も頼まれていたので、俺はT高校の体育館を訪れていた。
ちらっと中を覗くと端の方で羽球部がコートを使って練習している。
「おっ、今日も来てくれたね忍っ。よろしくね~」
ツインテールをお団子にした栞は、白いTシャツにハーフパンツで練習していた。上に着ている黒のキャミソールが透けて見えて目のやり場に困る。
「俺がこっちばっかりひいきしてたら、真里菜様に超怒られるんですけど……」
「あはっ三上ちゃん?仕方がないでしょ、うちの羽球だってそんな強くないんだし」
栞が在籍しているT高校羽球部はそんなに強くないと言う割に一部の強いメンバーのお陰で地区大会には毎年名前を連ねている。
今日は基礎基本の1人打ち練習について後輩にレクチャーしていた。地味な作業だけどこれが基本。
フォアハンドでシャトルをぽんぽんと天井に向けて高く上げる。この一定の動きを全員にさせる。
残ったメンバーはコートで打ち合いをしていた。俺も手持無沙汰だったので、栞のラケットを借りてシャトルを打ち上げる。
「おい、あの子S女の制服着てるぞ!!」
「誰だあの可愛い子!!」
体育館の端でバスケ部員の声が妙にざわついている。俺は可愛い子に反応して思わず体育館の入口の方をちらりと見た。その瞬間、手からぽとりとシャトルが落ちる。
「ま、麻衣……どうして!?」
確かに、T高校とS女学院は理事長が一緒だったり、こないだも親善試合をしていた。
けれども、S女学院の生徒がこんな獣もいる共学高校に一人で来ちゃダメだろっ。
俺は慌てて麻衣の下へ駆け寄った。大体、麻衣の方だって自分の部活があるはずなので、こんなところまでわざわざ来る時間なんて無い。
「あのねっ私が麻衣ちゃんを呼んだの。ちょっとお話しがあってね」
栞は俺の背中をばしっと叩くと、入口に佇んでいる麻衣を笑顔で迎えに行っていた。
試合は来週だったはず。俺は何の用事で栞がわざわざ麻衣を呼んだのか全く理解できないでただ唖然と佇んでいると、くいっくいっとシャツを引っ張られた。
「あのぉ、田畑先輩。次は何したらいいですかぁ?」
「あ、あぁそうだな。じゃあアンダーハンドストローク出来るようにしようか。俺が打つから順番に並んで取れよー」
軽くオーバーヘッドストロークで打ったシャトルを栞の後輩達が順番に並んで拾っていく。
俺もブランクが長いから、ただ上げて打つだけの作業も、シャトルが時々変な方向に飛んでしまうのでちょっと恥ずかしい。
かと言って俺の出来が悪いと栞にまで格好悪い思いをさせてしまうので真面目にやらないといけない。
そして俺は後輩達の相手をしながらも、栞と麻衣の様子が気になっていた。
何か二人で深刻な話をしているようで、時々こちらをちらちら確認しているようだった。
「……忍~ちょっとこっち」
「あぁ?」
栞に手招きされて俺は二人が何か喋っていたコートの方に足を向ける。
なんだよ、と栞の前に立つと、んふっと笑った栞が俺の顔をぐっと引き寄せて頬に触れるだけのキスをした。
それを見ていた麻衣の表情が一気に凍り付く。右手に握ったラケットが折れるのでは?と思うくらいぎりぎり握られていた。
俺は栞の突拍子ない行動に驚いて彼女をばっと引きはがし、心の動揺を隠す為に作り笑いを浮かべた。
「な、なっ!?どうした、栞……お前熱でもあんのか?」
「ん~。なんかね、私さぁ忍のこと本気で好きになったみたいで。初デートの時も私より妹さんを優先したり、次のデートも怪我した妹さん優先したり……そういう優しいトコが」
それって、全部麻衣絡みじゃねえか……
でもまぁ好かれてるってのは全く悪い気がしない。
「だからね、麻衣ちゃんと勝負したいの。報酬は忍を独占する権利!」
「……いいですよ。私も栞さんとは蹴りをつけないとって思ってましたから」
制服のスカートのまま、麻衣は受けて立ちましょうと栞との間に見えない火花を散らしていた。
その女同士の戦いの火ぶたが切られたのを黙ってみている羽球部員達がきゃあきゃあと女同士の戦いに対して黄色い声を上げている。
えっと……俺が景品?
俺の意思って……一体どこに行ったんだろう……。




