第⑱話 「妹 VS 彼女候補」
俺が麻衣への気持ちにちょっとだけ傾いたと正反対に、麻衣が突然俺から離れ始めた。
……何故かわからないが、俺が優しくすると眉間に皺を寄せて寄るなだの、汚いとか言い始める。
元々麻衣は小学校の高学年の頃も一過性に俺を激しく拒否する時期があった。
これも一種の反抗期再来かと半ば気持ちは諦めている。
ベネット骨折から6週間ピンニングしたまま、その後二ヶ月間リハビリを行い、麻衣は再び実力で羽球へ復活した。
元々利き腕とは逆の骨折だったので、ラケットを握る分には不便はないものの、切り返しは甘い。
上手く動けない自分に対して苛々している麻衣は、尚更俺に激しい罵声を浴びせることが増えた。
――まぁ、これも耐えるしかないと思う。実際に麻衣はやりたくてやれない羽球で負けることが悔しいのだから。
麻衣の俺に対するさり気ない愛情表現が無くなり、これを切欠にして俺も栞と仲良くすればいいのに、気持ちは何故か彼女の方向に向かずぼんやりした日々が続いた。
ぼーっとしていると友人の雄介から背中を叩かれる。
「よぉ、何暗い顔してんだ忍?」
「……麻衣がさぁ、最近俺のことキモイとか臭いとか寄るなとか言ってくるんだよな……」
雄介と弘樹が顔を見合わせて首を傾げている。
「田畑、お前麻衣ちゃんと何かあった?」
「いや全然。弘樹んトコはそういうの無いだろ?雪ちゃんは弘樹が全てだもんな」
「それはそれで大変なんだけど……でも、麻衣ちゃんも別に田畑のこと嫌いになったわけじゃないと思うよ」
「はぁ~……なんか、ずっと一緒に居るのに嫌われるってショックだな。いっそのこと俺家出ようかなあ」
大体親の仕事サイクルと合わないことが多いので、家に帰っても麻衣が自分を嫌うのであればなおさら居心地が悪い。
家が最高の安らぎだと言うのに、そこが落ちつかないなんて一体どうしたら。
何度目かわからないため息をつきながら家に帰る途中の帰り道で、珍しいことに栞から連絡が来る。
『もしも~し?忍?ちょっとさぁ暫く練習付き合ってくれない?特別コーチしてよ』
「はあ?だって俺なんてブランクありで役にたたねーぞ」
『でも、私程度だったら相手できるでしょ?お願いっ。報酬は次のデートで考えるからっ』
麻衣が骨折から回復したから俺は用済みとは言え、俺は栞の誘いにのって羽球をやるか悩んだ。
しかし、どのみち帰ったところで、麻衣が最近になって俺を急激に避けるのだからどうしようもない。
二つ返事でオーケーすると、俺は帰り道とは逆にあるH高校へ足を向けた。
「あっ忍~こっちこっち」
栞は先日購入したピンク色のハーフパンツを履いていつものツインテールをお団子に丸めてラケットを握っていた。
結構練習していたのか、額には汗が滲んでいる。
俺は部外者であるにも関わらず、先日戦った麻衣の兄貴というだけでここの羽球部女子部員から崇拝されていた。
どうやら、麻衣に勝ちたい気持ちに火がついたようで、どうにかコーチして欲しいと言うのだ。
……そんなの、素人の俺に頼まれても困るし、そもそも俺はもう羽球から身を引いている。今更だ。
だからと言って、恋人候補の栞に両手を合わせて可愛くお願いポーズをされたら、ここは男として一肌脱ぐべきでしょう!
丁度麻衣にも嫌われて軽くへこんでいたし、ここには可愛いお嬢さん達がいっぱいいる。
そして栞とも親睦を深められてまさに一石二鳥。
――やっぱり、女の子って最高だ。俺はへらっと笑いながら腕まくりをして懐いて来た他校の後輩達と羽球を愉しむことにした。
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結局部活の子に指導をしていたら時刻は18時を回っていた。流石に帰らないとまずいと思い、俺はバックを持ち先に帰ることにする。
「ねぇ、忍。明日も来てくれる?」
「おぅ。まあ俺は元々帰宅部みたいなもんだし。やっぱ運動止めちまうと一気に筋力萎えるんだな。栞のお陰で助かってるよ」
「あははっ。そう言ってもらえたら嬉しい。やっぱさ、麻衣ちゃんに勝ちたいじゃん?」
「え?万年補欠の栞が?」
冗談交じりにそう言うと、栞が俺の腕に絡みつきながらぶんぶんと腕を揺さぶって来た。
時々女性の象徴が当たって変な気分になってしまう。頼むからそういう無意識に挑発するのはやめてほしい。
俺は雄介と違って女に免疫が無いんだから……!まだ正式にお付き合いもしていないのに、流石に栞に手を出すのはやばい。
こういうのって、ステップってもんがあるだろう。俺の理想とするデートプランの中ではまだ序章に過ぎない……
悶々と一人で考えている間に、栞はこちらを上目遣いに覗き込みながらにやりと笑っていた。
「おーおー言ったな~。忍さぁ、次の練習試合ね、またS女とやるんだけど。私の応援してくれる?」
「……相手は?」
「もちろん、麻衣ちゃんよ。だって麻衣ちゃんに勝てないと忍とお付き合いできないでしょ?」
お付き合い、出来ないでしょ?
まさか……栞の方からそんなこと言ってくれるなんて……!?
俺は少しだけ有頂天になっていた。思わず何も考えずに大きく頷いてしまう。
栞とは家の前で別れ、俺はうきうきしながら家に帰った。
もう包丁も握れるようになった麻衣がいつものようにキッチンで料理をしている。
「ただいま~」
最近はおかえり、とも言ってくれない麻衣の背中にとりあえず帰宅を告げる。
珍しいことに、今日に限って麻衣は玄関の方に駆けよって来た。
「……遅かったね?」
「おぅ、栞が今度のS女との練習試合で麻衣と戦いたいって張り切っててよ~」
「……それで、まさか兄貴…栞さんの応援するの?」
「うん。だって、麻衣はどうせ強いだろ?それに、栞が勝ったら俺と――」
へらへらしながら報告すると、麻衣が強い力で俺を玄関のドアに押し付けてきた。骨折が治った途端この力。一体どこから湧いてくるんだ……
「――別れて」
「はぁ?」
「今すぐ別れて。栞さんと!」
麻衣の目は本気で殺意が込められていた。肩に食い込む手が痛い。
俺は落ち着けと麻衣を諫めながら何とか両手を引きはがした。まだ麻衣は唇を噛みしめながら何かに対して怒りを露わにしている。
一体俺が栞と付き合うことで何で麻衣に問題があるんだ。大体、最近の麻衣は俺のことを避けていただろう……
「栞と付き合うとお前に何か迷惑でもかかるのか?もう、麻衣だって女の子なんだから彼氏の一人や二人……」
「そ、そうだよ……別に兄貴が栞さんと付き合ったって……関係ないけど……」
「けど?」
俺は麻衣の気持ちがわからない。ストレートに聞いても麻衣は耳を赤くして本音を絶対に話してくれない。
どうして俺を振り回すんだ。俺は普通に恋愛がしたい。栞は彼女一号になってくれるかも知れないのに。
数秒の沈黙の後、麻衣はふっと俺の肩から手を離し、首を振るとぽつりと小さく呟いた。
「……私が、勝てばいいんだから」
「麻衣……?」
「栞さんとは本気で勝負する。その代わり私が勝ったら…兄貴は私の言うこと聞いてね?」
「あぁ。いいよ?」
麻衣がそういう強気なおねだりをすることなんて滅多にない。
俺は後先考えずに、麻衣の可愛いおねだりを了承してしまったことを……後悔することになる。




