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第⑯話 「ふーふーしてやるから、ちゃんと食えよ」

 麻衣は全身麻酔という手術に不安を覚えていたようだが、手術自体は2時間ちょっとで終了した。

 俺は麻酔からまだ覚めない麻衣の手を布団の中でずっと握っていたが、彼女は穏やかな寝息を立てるだけだ。


「心配すんなって忍。手の骨折だろう?」

「でも、麻衣は女の子なんだよ」

「おっ。珍しく兄貴発言出た。やっぱりお前も弘樹と一緒でシスコンだな」


 雄介の無神経な一言にむっとするが、この場に居てずっと泣いている柿崎ちゃんのフォローもしなくてはならない。

 彼女は自分の所為で麻衣が怪我をして、挙句手術になったと思い込んでいる。

 そうじゃないんだ。あの時、俺と栞が隣のコートで羽球なんてやってなければ、そもそもこんなことにならなかったはずだ。


「うぅぅぅ……麻衣ぃぃぃ……」

「ちょっと、柿崎先輩、重いんですけど……」


 意識が戻った麻衣の身体の上にダイブした柿崎ちゃんを俺はあっさり引きはがす。

 うんざりした言い方の麻衣は天井を見上げ、手術が終わって部屋に戻ってきたことにほっとしているようだった。

 布団の中で握る麻衣の指がきゅっと強くなった。不安なのだろう……女の子だもんな。


「お前らみんなありがとな?手術も終わったし、一週間くらい入院だろうから手続きとかしてくる」

「おう、麻衣ちゃんもお大事に。俺も昔柔道で同じ骨折やったけど、3ヶ月くらいしたら少しずつ動かせるから大丈夫だかんな?」


 酷いことを言っていた割に、帰り際になって雄介はまともなことを言い、麻衣の頭を軽く撫でて帰っていった。

 弘樹と雪ちゃんは手術が終わる頃に来ると言っていたが、俺が麻衣の病室から出るタイミングと同時に二人一緒に入ってきた。


「麻衣ちゃんは?」

「うん、今意識戻ったとこ。俺、母さんに電話してくる」


 俺が退席した席に、交代で雪ちゃんがちょこんと麻衣の横に座る。

 麻衣の頭をなでなでする雪ちゃんは本当に可愛らしい。いや、麻衣も可愛い妹に違いは無いのだが、どうも纏っているほんわかした空気が……

 じっと雪ちゃんを見つめていると、じろりと麻衣に鋭い視線で睨み付けられた。大体、何で俺が睨まれないといけないんだよ、と思うが、携帯電話を持ちながら母さんに電話をかける。




******************************




 夕食の時間になり、看護師さんが麻衣のところに食事を持ってきてくれた。

 本来であれば麻酔もかけているので夕飯は食べられないのだが、手の手術なので柔らかいメニューが提供されている。

 俺は久しぶりのお粥の登場にいよいよ麻衣も病人だなと笑うと、元気な右手で肘鉄をくらわされた。


「いってえ……ほら、麻衣。食べれるか?」

「食べたくない……」

 

 何故か顔を背ける麻衣。確かに手術の後で食欲がないのかも知れないが、実際はそういうことではない。

 麻衣は右利きなのだが、食事と筆記だけは左手で食べる癖がまだ治っていない。

 ……今回の骨折は左であり、勉強を始めとする日常生活に支障をきたす。


 俺はスプーンを手に取るとお粥を乗せて麻衣の口元へと運んだ。


「ほら、麻衣。ちょっとでも食えって。なんだっけ、麻酔が残ってたら吐き気が~とか言ってたじゃん」

「た、食べたくないから……いいよ、ほっといて」


 右手でずいっと胸を押されてしまっては俺もどうしていいか分からなくて困る。

 何度か帰ろうとしたのだが、そうすると麻衣は物凄く寂しそうな顔で俺を見つめてくる。

 まるで捨てられた子猫のように寂しそうな眸を見つめると俺は帰ることなんて出来なかった。

 しかも、看護師さんから痛み止めの薬と、何だか飲み薬を処方されている。麻衣が多少でも口に入れてくれないと薬も飲めない。


「お粥が嫌なのか?それとも、俺にこうやって構われることが嫌なのか?」

「……どっちも……嫌じゃない」

「難しいなぁ麻衣は……ふーふーしてやるから、ちゃんと食えよ」


 もう一度木のスプーンにお粥を掬い、何度か冷ましてから麻衣の口元に持っていくと、麻衣はちょっとだけ上目遣いになりながら口を小さく開けた。


 ぱくっ。


 頬を赤く染めて俺から視線を逸らしながらお粥を一生懸命咀嚼する麻衣が無性に可愛く見えた。

 最初っから、介助されるのが恥ずかしいとか、別に一人で食べれるもん的な発言があっても良かったのに。

 麻衣は絶対に俺に対して素直な一面を見せることがない。空気で悟れと言わんばかりの態度を見せる。

 そんな麻衣も可愛いと思うんだけど――なんて……この俺の考え方って、多分弘樹と変わらないシスコンなのかも知れないと今更ながら痛感する。


 やばい、弘樹だけじゃなくて俺までシスコンになってきて、何だか麻衣が可愛く見えてきた所為か彼女が作れない。

 まっとうな恋愛をしたい。早く恋人を作りたい。

 それなのに――妹が一番可愛いなんて……

 いかん、いかん……早く栞ともうちょっと進んだ関係になって、俺はDT卒業するんだっ!!


 お粥のスプーンを握りしめながら俺は心の裡で一人葛藤を続けていた。

 そんな俺の苦しみなど、この無防備なツンデレの麻衣は知る由もない。

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