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第⑭話 「命がけのやきもち」

 麻衣のいるS女中学校と、栞が在籍しているT高校は理事長が同じという理由で、女子中学校と共学校ではあるが、時々親善試合が行われていた。

 勿論、羽球部エースである麻衣は中学生とは言え相当強い。俺でも麻衣から1セット取るのに相当苦労を強いられる。

 残念ながら、栞の高校とうちの高校との試合は高体連でぶつからなかったので、俺は麻衣の兄貴という立場を使って試合をみさせてもらうことにした。

 女子中学校の敷居を跨ぐわけにはいかないので、親善試合はT高校のコートを使うこととなる。


「あっ。忍、来てくれたんだ?」


 こっち~と手を振る栞は、白いスコートに中に短いハーフパンツを履いて練習をしていた。

 すぐにそこに視線が行ってしまう俺も相当ダメ男なのだが、やはり風でぴらぴら動くそれに視線が行くのは男として仕方がないじゃないか…。

 目のやり場に困って視線を動かすと、丁度S女中学校のメンバーも入って来たのか、反対側のコートには麻衣の姿が見える。


 麻衣の女中学では俺の姿など誰も知らないはずなのに、あちらの羽球部メンバーは俺を見つけると麻衣に何か耳打ちをしていた。

 一体女子が何の噂をしているのか気になって仕方がない。麻衣もまんざらじゃないような顔で仲間に何か笑いながら言葉を返している。

 しかもこっちを見てるし……何だろう、俺の話だったらちょっと嫌だなあと思いつつ俺は観客席に足を向ける。


「兄貴」

「おう、麻衣頑張れよ?応援してっから」


 俺はくしゃりと麻衣の頭を撫でると、少しだけ麻衣は頬を赤らめてラケットをぎゅっと握っていた。

 

「あのさ、私…栞さんと戦う」

「ん?栞は補欠だから試合でねーぞ?」

「……そうじゃない……」


 麻衣がもごもご何を言おうとしていたのか、俺はその真意はさっぱりわからなかった。

 ただ、何かもやもやした気持ちを抱えているのか、以前やっていたように俺の尻をラケットで叩き、さっさと観客席へ行けと目で合図してくる。

 だったら最初っからそう言ってくれりゃいいのに……俺は久しぶりに麻衣に叩かれた尻を手でさすりながら弘樹と雪ちゃんが並んで座っている観客席へと戻る。


「ねぇねぇ、あのおねーさんって、麻衣ちゃんのおにーちゃんの彼女さん?」

「こら、雪……」


 弘樹に宥められても雪ちゃんはぷぅっと頬を膨らませて不満そうな様子だった。

 一体栞が彼女<候補>だと何か雪ちゃんにとってまずいのだろうか?


「雪ちゃん、麻衣が何か言ってたの?」

「だってえマイちゃん、おにーちゃんのこと大好きなのに可哀想だよぉ」

「雪っ!!」


 弘樹が慌てて雪ちゃんの口を押えていたが、もう遅い。

 麻衣が俺の事大好きだって?……いやいや、そんな馬鹿なはずはない。

 多分、俺がダメ兄貴だからいつも色々世話を焼いてるに決まってる。


 雪ちゃんがふいに呟いたその言葉が気になり、俺は麻衣と試合をしている相手をずっと目で追っていた。

 体力面では互角。ただ、身長と腕のリーチが違う分、麻衣は若干押されていた。

 額を伝い落ちる汗を手で拭いながら相手の裏を突く方法を必死に模索している。


 いつもの麻衣らしくない動きに見えた。切り返しも甘いし、何よりサービスで点が取れない。

 相手が戦ったことのない相手だからか?それにしては1セット取られたら大体麻衣は相手の動きを確実に読んでくるのに、今日はそれも空回りしている。


 もう既に2セット取られている……あと1セット取られたら麻衣の負けだ。

 ――俺は、居てもたってもいられなくなり、大きく息を吸い込むと観客席からありったけの大声で叫んだ。


「おい!麻衣っ!!お前の力はそんなもんじゃねえだろっ!!」

「――ッ」


 大声を出したせいで、周囲の観客はみんなで俺の方を一斉に見ていた。

 そんな視線はどうでもいい。麻衣が、ありったけの力で試合出来るんだったらそれで。


 俺の声に気付いた麻衣はラケットを強く握り返し、何か呟いていた。



 激励が功を成したのか麻衣の動きは先ほどとはまるで別人のようになり、後半スタミナ切れを起こした高校生相手に残り3セットを完全に封じて勝利を収めた。

 俺は弘樹と雪ちゃんと3人で自分のことのように喜び、試合を終えた麻衣の方に足を向けた。

 しかし、まさか高校生相手に勝てると思っていなかった麻衣は、仲間達にきゃあきゃあと黄色い声を浴びせられていたので、話は出来ないなと思って俺達は帰ることにする。


「あ、忍~ちょっとこっちこっち」


 裏口から帰ろうとした瞬間、栞に呼び止められた。俺は先に帰ってて?と弘樹と雪ちゃんに別れを告げて栞に近づく。


「何?」

「麻衣ちゃん超強いじゃん~。うちの羽球部これじゃあ地区大会勝てないよ。ねえ、私も試合出たいなあ~」

「栞はまぁまぁスピードはあるけど、ちょっと羽のコントロール悪いよな。相手の軌道を―ー……?」


 俺がちょっと解説しかけた瞬間、二人の間を物凄い風と、体育館の床にぽとりと羽が落ちた。

 羽球を飛ばしてきた方向を見ると、そこには無言のままこちらを睨み付けてくる麻衣の姿がある。


 ――まさか、まさか……これは焼きもちなのか?

 だが、あの強烈なスマッシュを食らったら流石の俺でも病院送りだぞ?


 羽を放った麻衣はそのまま何も言わずに荷物をまとめて仲間達とさっさと体育館から出て行ってしまった。

 俺は唖然としながらその後ろ姿を見送り、麻衣が打ち付けてきた羽球を拾う。




******************************




 帰りに弘樹と再度合流した俺はちょっと帰るのが怖くなって弘樹から雪ちゃんの言葉の真意を聞いた。

 どうやら、以前から麻衣ちゃんは俺のことで雪ちゃんに相談をしていたらしい。

 しかも、恐ろしいことにちょっと愛情表現に困っていてつい暴力的になってしまうとか。

 なんだ、そんなことなのか。可愛すぎるぞ麻衣ちゃん。

 正直に教えてくれた弘樹の男の友情の熱さに感謝しつつ、俺はいつも通り家に帰る。


「ただいま」


 俺が帰ったら大体麻衣はキッチンにいる事が多いのだが、今日に限って何やらぼーっとした様子で俺の机を眺めていた。


「麻衣?どうした」

「兄貴……羽球部に入るの?」

「ん?まあ~…中学の時はよくわかんねー理由で止めさせられたし、身体鍛えるんだったらスポーツくらいやってもいいかな?って。ほら、弘樹もテニス部の幽霊部員だし」


 麻衣が見ていたのは、俺の勉強机に置いてある当時羽球部で地区大会で優勝した時の写真だ。

 ……あの頃の俺は意外なことに結構モテてたんだよな。

 周囲の女子がみんなバスケ部とサッカー部の男子にきゃーきゃーしていたのに、地味~な羽球で俺が優勝したら転化してきて。

 なのに、俺が強制的に部活を止めさせられてからぱったりとモテなくなった。別に顔なんて変わってないし、性格だって今と変わらない。

 そうだよ、あの青春の部活動というチャンスが消えてから俺は女友達が出来ても何かしら理由をつけて離れられるという悲しい結末に……

 懐かしい写真を見て苦笑していると、隣に立っている麻衣が俺を見上げて来た。


「……羽球、やんなくていいよ」

「何だよ、麻衣は情けない兄貴でもいいのか?帰宅部ってちょっと最近恥ずかしくなってきた。弘樹みたいにテニスやろうかなあ…」


 素振りのリアクションをしても麻衣は首を横に振るだけだった。一体何が気に入らないのかわからない。


「……やんなくていいよ。兄貴は、今のままでいいから……」

「格好悪くていいの?」

「うん……兄貴は、変わらないでいて欲しい。今のままでいいから」


 思えば俺が羽球をやってた頃の麻衣はよく泣く子だった。

 当時まだ小学校だった麻衣は、何度も俺の中学校での大会を見たいと母親に駄々をこねて泣いていたらしい。

 俺が練習で泊まり込みに行く時も一緒に行きたいと泣いてせがんだこともあった。

 今となっては可愛い思い出だ。あれから俺が羽球をやめて、こうして帰ってくると麻衣がいて……そして彼女は泣かなくなった。

 ふと今日の試合でお祝いをするのを忘れていた俺は、麻衣の頭をぽんぽんと撫でる。


「――そうだ、麻衣。よくT高の羽球部に勝ったな?あそこ強いらしいぞ」

「……別に……兄貴のお陰じゃない」

「そうだな、麻衣は人一倍努力の子だからな。俺の応援なんて、麻衣のケツ叩くくらいにもならんか」


 ふふっと笑い俺は思い出の写真を再び机の中へとしまう。

 麻衣は俺の手を振り払うとご飯準備すると言い、キッチンの方に逃げてしまった。

 僅かに赤い耳を見ていると、麻衣の言動一つ一つが照れ隠しに見えてくる。栞との間をぶち破ったストレートの羽は流石に怖かったけど。


 麻衣は、俺のことが好きなんだろうか?

 でも、そんなこと怖くて絶対に聞けない。聞いたところで、俺達は兄妹だ。先があるわけじゃない。

 自己完結させて俺は沈黙を消す為にテレビをつける。

 何時もであれば面白いはずのテレビが全く耳に残らず、代わりに雪ちゃんが言っていた言葉だけが頭の中でリピートされていた。


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