第⑫話 「やっぱり妹が大事です」
待ちに待った日曜日。俺はこれ程までに休日を楽しみにしていたことなんて一度もない。
今日は親父のツテで食事を一緒にする帆宮 栞さんとデートの約束をしていた。
待ち合わせ場所に20分も早くついてしまったが、とりあえず今日のプランを脳内でもう一度組み立て直す。
昨日の夜は麻衣も行きたいと言っていたが、正直こんなところに麻衣なんて連れて来たら俺の彼女作ろう計画が水の泡だ。
なので、俺は麻衣がお買い物に行っている隙にこっそりと準備を進めて早々に家を出ていた。
学校の奴とお付き合いすると、麻衣が手なずけている子分達が俺のことを付け回して情報をすぐにリークするに決まっている。
こういう裏事情が怖すぎるから、お付き合いするんだったら絶対麻衣が絶対知らない子がいいはず。
さて、ここで俺の本領発揮だ……まずランチはファーストフード店じゃなくて、少しゆったりできる喫茶店。
その後は軽くアミューズメントに行って、栞ちゃんが得意なスポーツで一緒に軽く汗を流して……
カラオケが好きだったら一緒に行って俺の十八番を歌ってもいい。こんな日の為に色々と妄想しながらプランを考えてきたんだ。
そう、やれば何とかなる。
そして栞ちゃんとお友達になって、明日の学校で雄介に自慢してやる。
携帯をカコカコ操作していると、こちらをちらちらと見つめてくるツインテールの女性の姿があった。
何かのアニメで出てきそうな長いツインテールをまとめて、短いジャケットに下はジーンズ生地の膝上までのスカートを履いていた。
ニーソックスからちらっと見える生足が綺麗過ぎる。ま、まさか彼女は――?
「えっと、もしかして帆宮さん……?」
「はいっ!帆宮栞です。初めまして」
「どうも、俺は田畑忍です。今日はよろしくお願いします」
「こちらこそ」
ふわりと微笑む栞ちゃんからは何だか甘い香りがした。うわぁ~女の子だ。
この、女子特有のほんのり香るシャンプーとか、ボディソープとか、そういう香りが堪らない。
俺も珍しく親父が貸してくれたワックスで髪を整えてみたり手首と首だけにほんのり香水をまぶしてみたけど、それがいいのか悪いのか分からない。
「えっと、何て呼べばいいかな?私は栞でいいから」
「俺も忍でいいよ。お腹空いてる?お店ピックアップしたけど」
「わぁっ。ありがとう忍。お腹ぺこぺこ~。今だったら何でも食べれる」
ありがとう忍。
ありがとう忍――
なんか、呼び捨てとか、親近感バリバリ。すっげぇ嬉しくて胸が熱い!
青春よこんにちわ。しかも栞ちゃん結構可愛いし。
これで麻衣に邪魔されないんだったら完璧なプランじゃないか。
俺はさり気なく栞に左腕を差し出すと、彼女は空気を察して腕にぴったりしがみついて来た。
少しだけ腕にふっくらした女性の象徴が当たる。やばっ……何だかこっちが恥ずかしい。
「ねぇ忍。ここって最近人気高いパスタ店よね?すっごい予約取れたんだっ」
「おぅ。女子に人気なんだってココ。フランス三ツ星レストラン上がりのシェフが作ってるんだっけ?」
「そぅそぅ!わかってんじゃない。ここ来たかったのよね。ありがと」
昼のランチタイムは激戦区の時間とのことで、なかなか予約の取れないパスタ店は、女性客がやはり多かった。
なかなか予約の取れない店なのだが、時間を外していけば以外と予約が取れるという情報もあり、栞と待ち合わせをしていた14時は丁度良かった。
予約していた田畑です、と答えると店員に不思議そうな顔をされたが、通された席に行くと俺はその光景に愕然とした。
「遅かったね?兄貴」
「こんにちわぁ」
何と予約席に座っていたのは、麻衣とお友達の雪ちゃんだった。
二人とも美味しいと言いながらパスタを食べている。
ど、どうしてバレたんだ!?俺がこの店を予約してるってことがっ!
冷や汗たじたじの俺を冷めた目で見つめていた麻衣がすっと席を少しだけ移動した。
――……これは座れという合図だ。俺は向いの雪ちゃんの方に栞を通し、処刑を待つ気分で麻衣の隣に座った。
「えっと、帆宮栞さんでしたっけ?」
「はい。貴方達は?」
状況がよくわかっていない栞はパスタを食べている二人の姿を交互に見つめて首を傾げていた。
無理もない。俺も今この状況をどうして良いかわからないのだから……
「私は田畑麻衣。こっちは友達の雪音」
「あぁ~妹さんですね、よろしくお願いします」
「うっ……」
えっ。
まさか、麻衣ちゃん泣いてる!?
俺は麻衣の涙を見た事なんて無い。というか、多分麻衣は泣いても涙を見せない子だから、影で泣いていたのかも知れないが。
「えっ、ちょっと…妹さん具合悪いの?」
「平気です……じゃあ、兄貴…栞さんと仲良くね」
「麻衣ちゃんだいじょ~ぶ?ユキのお家行こ?」
まだ半分程残っていたパスタをそのままに、二人は突然席を立って会計をするとそのまま帰ってしまった。
その後に別のウェイターが俺達の注文を取りに来たので、メニューを見ながら一番人気のパスタを注文する。
美味しいという評判のそのお店のパスタは、泣いていた麻衣が気になり過ぎて全く味がしなかった。
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結局その後も色々なプランを考えていたのだが、俺は麻衣が具合悪いのかも?と言い訳をして食事の後に栞と別れた。
次の日曜にもデートの約束をして笑顔で手を振る。
急ぎ足で家に帰るとまだ親父も母さんも帰宅していないようで、家の中はしんとしていた。
麻衣はあの後弘樹の家にでも行ったのだろう……そう思ってショルダーバックを勉強机の上に乗せる。
ふと視線を動かして寝室の方を見ると布団の中にくるまっている何かが見えた。
「ま、麻衣?」
「うぅ……ぐすっ」
麻衣が泣いてる……一体どうして。
こんな、鼻水垂らして泣いている麻衣なんて今まで一度も見た事がない。
「麻衣?どうした、具合悪いのか?」
「……何でもない……」
「何でも無くて泣くかよ……よしよし」
俺はため息をつきながら麻衣を軽く抱きしめて背中をトントンした。昔っからよくやってる麻衣を落ち着かせる方法だ。
――そういえば昔の麻衣はこうやって俺によくなついてくれたのに、いつから距離が出来たんだっけなあ……
記憶力が悪くなったのか?靄がかかったようで思い出せない。
「……兄貴、デートしてたんでしょ?いいの?」
「お前が心配で帰って来たよ。麻衣が泣くなんて……明日は槍でも降るんじゃないか?って」
「……そう――帰って来てくれたんだ」
麻衣は涙を止めて俺の背にぎゅっとしがみつきながら、心底嬉しそうに微笑んでいた。
「ありがと……」
「どーいたしまして。ったく、お陰でプランが台無しだっつの……はぁ」
ため息をついている俺を見つめる麻衣に、涙じゃなくて笑顔が戻っただけでもまぁいっか?
――しかし、平和な俺は何も知らなかったんだ。
麻衣が俺の気を引く為にわざと泣いて、色々と俺のデートプランを調べつくした後に、計画的にあの店に行ったことも。
そして――これから俺と栞のデートに少しずつ介入してくるということも……




