誘拐
スカイスクレイパーが雨後の筍のように乱立する東京指折りのオフィス街、新橋。その中でも、デザイナーが委託設計したピサの斜塔を髣髴とさせる、目立ったガラス張りのビルがある。新日本ロジスティクスの本社ビルだ。
その一番出ている部分、ピサの斜塔でいえば、ガリレオが大小2つの金属球を同時に落としたであろうところに、社長室がある。
「何度言ったら分かるんです、社長!何か手を打たなければこの会社は……!」
「分かっていると言っているではないか!私は今全力で取り組んでいるのだ。だから、もう少し待ってくれ。」
そこから聞こえたのは、怒号の嵐だ。
「それもう聞き飽きました!社長、それ2ヶ月前から言っているんですよ?いい加減打開策提示してもいい頃なんじゃないですか。」
「そ、それは……」
言い返すことは、社長であるこの男にはできなかった。
この会社は、栗松運送という小さな運送会社を興した先代の社長が一代で全国シェアの約3割を獲るまでに成長させた。病気で引退してからはその息子、この社長室で押し留まっている男に座を譲った。しかし、経営は本社ビルの如く傾き始めた。打開策として新進気鋭のライバル会社、武蔵運送をM&Aにより取り込んだものの、内部でのいがみ合いが激しくなってしまった。さらに、シェアの獲得は合併で増えたものの、今までの下がり模様のブランドイメージは払拭できず、徐々に顧客が離れていった。
「というより、今は立て込んでいるんだ。出て行ってくれ!」
押し寄せた部下は不貞腐れて渋々命令に従う。
立て込んでいる、というのは言い訳じみていたが事実だった。警察にも通報していないが、一人娘の智香が誘拐されたということが2時間前に誘拐犯からのメールで知らされた。9時頃に「娘さん、今日学校に来ていらっしゃらないのですが。」という学校からの電話でもしやとは思っていたが、現となってしまった。
「智香……」
テーブルでコンピューターの隣に置いてある写真を見つめる。先月末に取引先の見学工場に行った時にオリジナルキャラクターのパネルと写ったものだった。白いワンピースが彼女の黒髪によく映えている。智香は、今度会社のCMに出ないかと取引先の社長さんから打診されたほど、中学生にしては大人びた顔立ちをしている。その顔に妻、智香の母が浮かび上がった。男の妻は既に8年前に他界している。ということは、それ以来自らの手で育てていたということでもある。そのことが、誘拐された悲しみを途轍もないものにさせた。
正午まであと1分。
メールでは正午にスカイプでネゴシエーションを行うことになっていた。その時に娘の姿を見ることができるかどうかは定かでなかった。だが、もし酷い仕打ちを受けていたとしたら、自分は涙が零すだけでは足りず、顔を歪ませて慟哭するだろう。男はそう思った。
壁がけの振り子時計が12時を告げる。
するとスカイプの着信が入り直ぐに開く。
「智香、智香!」
開けるとともに必死で画面の向こうに娘の名前を呼ぶ。
画面には4人映っている。1人は真ん中で正座をしている。黒の布と猿轡をして顔は特定しがたかったが、智香の通う学校指定のセーラー服と、黒髪のポニーテールから間違いなく智香だった。
『初めまして、お父さん。』
他には囲むように3人の男がいた。画面左から肥満型の男、長身の男、中背中肉の男。全員目出し帽を装着していて、顔も表情もよく分からない。さらに、話す言葉にはエフェクトがかかっている。
「初めましてではないだろう!貴様らは一体何を望んでいるのだ!」
男は今度、誘拐犯たちを物凄い剣幕で怒鳴りつける。しかし、その咆哮の勢いはそこまで。男は取り囲む男たちの姿に閉口する。
「っ、き、貴様ら、なんていう格好している!」
何を隠そう、男たちはパンツ一丁であった。
『ははっ、これだけで驚くとは……やるか。』
すると、誘拐犯は全員全裸になり、まだ勃っていない一物が映る。迫力には劣るが、愛する娘に一物が向けられているあり様は、親である男を脅すのに十分であった。
「な、何をするつもりだ……」
『何って、これから娘さんを親御さんの前で犯すに決まってるでしょ。』
少女はそれを聞いて蠢く。男の顔は様々な表情を見せていく。最初は目をかっ開いた驚きの顔、次に憎しみに満ちた怒りの顔、そして涙が今にも零れそうな悲しみの顔。
「メ、メールでは手を出さないと言っていた筈だぞ……」
『まあ、人の心は移ろいやすいですからねえ。』
そういうと、男たちは一物を持ち、手を小刻みに動かし始める。それはだんだんと硬くなり、赤く熱を帯びてくる。皮膚の擦れる音がうら若き少女を畏怖させ、逃げようともがき始める。そして、猿轡で動かない口で必死に何かを叫ぼうとしている。「助けて、お父さん!」、男にそう微かに聞こえた。
「智香ぁ!た、頼む!ものよっては要求を呑む!だからその手を止めてくれ!」
ワックスで固めた七三分けをデスクに押し付けた。
『その言葉を待っていました。』
すると、血流の激しくなっていた男根から手を離すとゆっくり萎んでいった。
「要求は何なのだ。金ならいくらでもある。」
『そうしたいのも山々ですが、我々の要求は違います。あなたの会社、新日本ロジスティクスをこの子にお譲り下さい。』
「な……!」
このような要求は、数多くの刑事事件を放映している「奇跡体験!アンビリバボー」でもアンビリバボーだろう。
「つまり、社長の座を娘に明け渡せ、と?」
『そういうことです。』
淡々と告げられる。あの男の目がギラリと光ったように感じた。
「冗談じゃない!貴様らの狙いは分かりきっている!娘を社長にした後に『禅譲』させようとしているのだろう!」
「禅譲」、それは昔の中国ではよく採られていた手法だ。自分で政を執り行える大人の皇帝を辞めさせ、幼い子どもを玉座に付かせた上で、力のある者が「代わりにこの世を納めましょう」と言い、自分に玉座を再度明け渡すというものだ。本来の意味とは大分逸脱しているのだが。
『まあそのような詮索も大いに結構ですが、先程言ったことを行動に移せば我々はすぐに捕まりますからね。意味がありません。』
「では何を望んでいる。私にはさっぱり分からんぞ。」
男は言う。やつれて20歳ぐらい老け込んだように見える。
『とにもかくにも、我々の要求を呑んで貰えなければ、この子を痴女として育てるだけです。まあ、元から目鼻立ちは整ってるし、スタイルもいいからAVに出せばかなり儲かるでしょうね。』
真ん中の長身の男は言いながら智香に歩み寄り、一物を頬に押し当てる。
「や、止めてくれ!」
目出し帽からでも分かる。とても歪んだ笑顔を覗かせている。
「わ、分かった!その要求、少し考えさせてくれ。そ、その代わり、一つお願いがある。」
すると、落ち着きを取り戻し、大きく深呼吸をする。
「娘と、話をしたい。」
男は、真ん中の長身の男を真っ直ぐ見つめながら言う。
『……いいでしょう。……猿轡を。』
肥満型の男が猿轡の止め具を外す。口を塞いでいた部分で唾液の糸を引いている。
『おとう・・・さん?』
少女は目隠しされて見えない中、男、自分の父親の方へ向かっていた。
「智香!」
『お父さん!お父さん!』
輪姦もののように今にも犯されそうになっている女の子とは思えないほど、幼気な声だ。
「智香、父さんはここだ!ここにいる!」
男は洟を垂らして泣いている。
「大丈夫か?腹は減ってないか?変なことされてないか?」
『うん、大丈夫。だから、安心して?』
周りの男たちは特に取り押さえようとする様子はない。むしろ、自由にやらせていると見える。そして、智香は一呼吸入れて口を開ける。
『それでね、この人達にさっき言われたんだ。自分達だけじゃお父さんを説得できないから、智香にもやってくれって。』
父親は少しばかり驚いた表情をしてから、男たちを見渡す。誘拐犯らは依然として押し止まっている。
『それでね、嫌だと思うけど智香に社長の椅子渡して欲しいの。さっきも言ってたけど、それを呑まなかったら智香に痛い目に遭わせるって。智香、怖いの。このおじさん達にどんなことされるか、怖いの。』
少女は小刻みに震えている。涙も、目隠しの布を湿らせ、そこをも決壊させて溢れ出ている。男は遣る瀬無い気持ちで画面の向こうに映る娘を見ている。
「智香の気持ち、お父さんよく分かるよ。でも、智香はまだ中学生だろう?中学生には、流石に父さんでも任せられないよ。」
男は親の顔をしている。ヒステリックになっていた時に見せなかったものだった。
『ううん、出来るよ、智香。お母さんが智香たちを置いて逝っちゃってから、智香はずっとお父さんのこと見てきたんだもの。休みの日に、お父さんのお手伝いをしたの覚えてないの?あの時だって、いつでもお父さんの代わり出来るように頑張ったんだよ。』
健気に少女は父親を諭そうとしている。実際にそうだった。取引先に連れて行ったとき、智香は真剣な顔で小難しい話を聞いていたのだ。
「そ、そうだったのか。ごめんよ、智香の気持ちに気づいてやれずに。」
その健気さが伝わったのか、男は何処か哀しい表情をする。
『いいんだよ、智香が言わなかっただけだもん。気づかないで当然だよ。』
画面を挟んで、混沌の中で、親子は良い雰囲気に包まれている。親子愛、そういったところだろう。真ん中にいる男は時計に目をやっている。12時20分。
『いい話の途中ですが、そろそろ時間で切らなければなりません。最後に、要求に対するお考えをお応え下さい。』
そう抑揚のない口調で告げる。
「この事は出来るだけ穏便に済ませたい。苦渋の決断ではあるが、私は社長職を降り、娘にその座を譲ろう。」
口角を少し下げながら述べる。少女は、安堵したのか、不敵な笑みを浮かばせている。
『ありがとうございます。では、娘さんのお引き渡しは、メールにてお知らせします。』
そう言ってスカイプを切ろうとしていた。
「待ってくれ。」
しかし、男はそれに待ったをかける。
『なんです。』
「一つ聞きたいのだ。貴様らは何を考えてこのような行動をとっている。」
男は未だに分からなかった。今自分が身を引いて何になるのか。これを聞いた長身の男は、筋書き通りのような、淡々とした説明をする。
『我々は何も考えてはいません。あの女に命令されてやっているだけです。』
何も考えていない。男には把握し難い答えだった。何も考えずに行動に移せるだろうか。こんなハイリスクな行動は、ハイリターンが望めない限り動けないのでは。心の中でそう思う。
「では、その『あの女』は誰なのだ。私に近い人物なのか?」
望みについてはきっと喋らないだろう、そう予感した男は、引っかかっていた「あの女」についての質問に方向転換した。
『名前は契約上お教えする事はできませんが、とりあえず、こうする事で自分に利益が出る人である事には、間違いありません。』
恩恵を授かる者、それは先ほど追い出した武蔵運送派の社員以外にいなかった。しかし、あいつは女ではない。男には、もはや黒幕が誰なのか分からなくなってしまった。
『もう質問などないのでしたら、こちらから切らせていただきます。』
「わ、分かった。だが、娘を絶対に返してもらうぞ。絶対にだ。」
『承知しております。』
そう言うと、直ぐにスカイプが切れた。
「辞任、か。」
男は白い天井を見つめる。当初、男は先代の社長、父親に次の社長として選ばれた時驚いた。まだ課長職にも就けていなかった男を登用したのだ。結局、功績をあげることはなく、悪い痕跡しかこの会社に残すことしか出来なかった。しかし、辛い縛りから解放される。智香も誘拐犯から解放される。これ以上の喜びは無い。智香を社長にするのは少し心配はあるが、きっと昔からの、旧栗松輸送時代からの幹部が自分の意思も伝えてくれるだろう。
「さて、行くか。」
男はドアを開け、外の世界に身軽に飛び出す。
「社長、どこへ?」
秘書が男に話しかける。
「少しそこまで。」
娘の引き取り、それを言っても理解されるものではないだろう。
「それでだ。」
男は立ち止まり、振り返る。
「2時から会見を行う。用意しておいてくれ。」
秘書は意味が分からないと言ったような顔をする。
「私はやっと、束縛から解放されるのだよ。」
肥満型の男がスカイプを切る。すると、男たちは素早く脱いだ衣服を身に纏い、目出し帽をはずす。素顔はまだ大学生ぐらいに見える。
「これなら捕まらずに済みそうだな。」
「だな。親御さんを上手く掌で踊らせれたのが功を奏したな。」
テレビ電話の間、男根を弄るだけしかしていなかった肥満型の男と中背中肉の男(AとCとする)が笑い合っている。
「あの女のお蔭さ。まさかあそこまでいい演技をしてくれるとは思はなかったよ。親父さんの顔が綻んだ時は噴いてしまいそうだったな。」
なあ、と長身の男(Bとする)が言うと少女は頷く。
「確かに声が親バカめいた声がしてたから、笑いそうになったわ。結局、その顔はこの目隠しの所為で見れなかったんだけど。誰か撮ってないの?」
そう言うと、Aが結んでいた黒い布と縄を解いた。そして直ぐに、箱ティッシュを引っ掴み、2、3枚引き抜く。
「はぁ、全く、女子中学生に一物を押し付けるなんて、どういう性癖よ、もう。」
そして、汚らわしい汚らわしい、とそのティッシュを湿らせて、かなり荒く顔を拭く。
「相手が出し渋ったら輪姦までいっちゃってもいいって言ってただろう。」
「この程度に驚いてるなんて初心だな、やっぱ。」
「ていうか俺たち、JCに輪姦するほどロリコンじゃねぇっての。」
そうそう、と男たちは頷く。
「まあ、何がともあれ契約通りだ。見返りはキチンと貰うよ。」
「分かってるわよ。ま、どの道私が社長になったら、あんた達との契約金なんて雀の涙にもならないんだけど。」
少女はテーブルに腰をかけながら、大きな態度をとる。
「凄いな。それでだ、これやり遂げたらそっちの目標を教えるって言ってたよな?」
Aはテーブルの上にPCを広げて聞く。
「あれ、そんな事言ってたかしら?まあ、あんた達も馬鹿でなけりゃ大凡の見当はついてるんじゃないの?」
男たちは顔を見合わせる。少女は大きめのため息をついて腕を組む。
「計画を考えられるぐらいの頭脳があるなら、少しはマシかと思ったけど。全然ダメね。」
「生憎、このサークルにいる奴らは全員、東証一部上場企業を乗っ取るようなビッグな考えを持たない庶民でしてね。ブルジョワ様の考えなんか分かりませんよ。」
Cは自嘲するように言う。
「ふふっ、憐れね。まあいいわ。私の目標は……新生新日ロを築き上げること。」
少女は凄い事を饒舌に言ってのける。
「そんなこと、大人になってからでもできるんじゃ?」
AがPCに何か打ち込みながら言う。
「そんな暢気に世代交代待ってたら、その前には倒産してるわよ。」
言うなあ、と3人の男たちは思う。
「だから、私は古来からの旧栗松運送派と対立している武蔵運送派と手を組むことにしたの。そうすれば、武蔵運送派を幹部につけて空気を換えることができるでしょ。ッチ、あの老害幹部共め、全員まとめて網走支店に送り込んでやる。」
父親もそうであったが、その手下である幹部たちもやらかしていたらしい。相当な根の持ちようだ。
そして、Cが的を射たことを言う。
「でもよ、中学生が社長になったら流石に怪しまれるんじゃないか?」
経営のノウハウを会得していないだろう中学生には社長は務まらない。それが暗黙の了解というものである。先のスカイプ通信でも父親がそう心配していた。しかし、智香はそれをさも当たり前ように予見していたようだ。
「父親の取引先に付いて行っていたことは聞いたわよね?その時に手を打っといたのよ。私がどれだけ経営者として有能か、ってことをね。験しに傾きかけてる会社にアドヴァイスしてみたわ。それで、どうなったと思う?V字回復したらしいわ。その噂が伝わっていれば、顧客の流出も少なく済みそうだわ。」
男たちは少女の末恐ろしさを改めて知る。少女はどこまでも策謀家だった。
智香は時計を見る。12時45分。
「そろそろ行くわ。契約金は例の口座でいいのよね?」
ドアの前で靴を履きながら少女は言う。
「そう。耳を揃えて振り込めよ?」
「当たり前じゃない。」
そういうと、そのままドアと対峙して突っ立っている。
「もうあんた達のような庶民には頼らないかも知れないわね。」
そして、相変わらずの上からな口調で男たちに言い飛ばす。
「そうですか。ま、後は自分の力でどこまでも高く飛んでください、栗松智香社長。」
「分かってるわよ。」
言い方に逆撫でられたのか、腰に手を置いて頬を膨らませる。しかし、すぐに機嫌を取り戻し、ドアノブに手をかける。
「まあ、また誘拐して欲しくなったら、その時も頼むわ。」
「ご贔屓のほどを。」
そして、身軽に外の世界に飛び出して行く。部屋の中はAがPCに打ち込んでいる音しか聞こえなくなった。しばらくぶりの静寂だ。
だが、その静寂は直ぐに打ち消される。
「おじさんたち~、また智香に痛いことしちゃダメだよ?」
先ほど出て行った少女がドアを開けて顔を覗かせている。スカイプ中にあの素直な親に見せた渾身の可愛い娘スタイルだ。
「はいはい、可愛い可愛い。」
Bは軽く少女をあしらった。少女は不敵な笑みを浮かばせる。
「ちっ、では、ご機嫌麗しゅう。」
今度は本当の静寂が訪れる。しかし、ドアを開ける時に、貼ってあった紙がとれた。それをBが拾って再度貼り付ける。そこには黒の背景に白い文字でこのように記されていた。
『どんな「偽装誘拐」も協力します。東都大非公式偽装誘拐サークル 縄と手錠』
こんにちは、竹條幹太です。
何故こんなストーリーを思いついたのか、自分にも分かりません。しかもこれ思いついたのテスト解いてる時という。何やってんだ、バカなのか?バカです。
少しエロ要素入ってるので取りあえずR-15にしておきましたが、R-18になる可能性が拭いきれません。なんか言われたら消すかも。ま、そん時はそん時だあ(適当)