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新生 学校の怪談  作者: 周防まひろ
第一章 復活ノ刻
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いなくなった四人

 

      20


 翌日、未来は目を覚ますと弾かれたように飛び起きると、クローゼットの中を確認した。翔の姿はなく、シーツはきれいに折りたたんである。その上に一枚のメモが乗せられていた。


『泊めてくれてありがとう。今夜から自分で何とかする』


 あまりにもそっけないメッセージだった。もしやと思い、未来は窓を開けて外を慌てて眺めた。翔の姿は家の外にもない。

 もう違う町へ行ってしまったのかもしれない。困った事になってしまった。彼がいなかったら、ワタルとかいうお化けをどうやって封印すればいい? やっぱり寝ている間にヒモでつないでおくべきだと、今頃になって後悔した。

「未来、早く起きなさい。学校に遅れるわよ」

 一階から母の声が響いた。時計を見て、未来は思わず「ええっ!」と叫んだ。いつもは家を出ているはずの八時をとっくに過ぎていたのである。なんで起こしてくれなかったのよ、と今はいない少年を憎らしげに思った。

 慌てて準備を終えてから、未来は朝食抜きで学校へ向かった。昨日、口裂け女に襲われた下足場は、血の跡もなく、散らばった上履きも整然と片付けられていた。それでも、割れたはずの鏡は取り外されていた。当然破片も残っていなかった。あいつの壁の引っかき傷もない。

 ぎりぎりに滑り込んだ未来は、いつもの風景を眺めていた。他の生徒がゲームとかファッショの話を交わし、男子のグループがお笑いのモノマネや、下らない話で盛り上がりながら呑気に笑っている。昨日の出来事はやっぱり幻だったのかもしれないとさえ考えた。

 ところが、上履きに履き替えようとした際、未来は最初の変化に気づいた。自分の下駄箱にすでに違う子の靴が入っていたのだ。靴の持ち主の名前は斎藤恵美梨。両親共に公認会計士をしている子で、彼女自身も四年の時に簿記三級を取ったと公言していた。融通の利かない頑固な性格で、多少ルーズ(美穂から指摘されたが、無論本人に自覚はない)な未来とは肌が合わないせいか、まだ一言も会話を交わした事がない。

 そんな恵美梨でも間違いを犯すのかと最初は思った。だが、その下駄箱のプレートには彼女の名前があった。未来の名前のある分はその一つ上に見つかった。

 どうして、下駄箱の順番が変わったのだろうか? その時は予鈴が鳴ったので、未来は考えるのを中断して急いで五年一組の教室を急いだ。

 ギリギリセーフで教室に滑り込むと、また二つ目の異変に鉢合わせた。

 なぜか、自分の席に男子が座っていた。井上太だ。名前の割には痩せた長身でバスケが得意だった。

「ちょっと、なんで私の席に座ってのよ?」

「ここは俺の席。小宮は隣だろ」

 未来はその机を確認する。本来、同じ班の亮の席だった。しかし、机の端に目印のシールが貼ってあるので間違いない。

 さっそく、美穂達の姿を探した。どこにもいない。美穂の席には違う女子が座っている。それどころか、教室を眺めると、ある事に気づいた。机の数が足りないのだ。ちょうど、四人分。

「ねえ、井上くん。美穂や亮はまだ来てないよね?」

「美穂に亮? うちのクラスにそんな奴らいたっけ」

「忘れたの? わたしの班にいた亮に美穂に賢弥」

 太は呆れた顔で見下ろしていた。彼のすぐ後ろの席に座る奴は、常に日照権に悩まされている羽目になるし、業の時は机をずらさないと黒板が見えない。それぐらい、小五にしては背が高かった。

「大丈夫か、小宮。記憶喪失でもなったのか?」

「じゃあ、沙耶は? ほら、保健係で目立たない子」

「知らない。それにさ、お前の班は、木島に岡田さんに、俺の四人だぜ」

「そんな……」

 未来は力が抜けたように椅子に座り込んだ。そうだ! 何かを思い出して、未来はランドセルからスマホを取り出した。どうして、今まで気がつかなかったのか。美穂に電話をかけてみた。彼女がどうなっているにしろ、電話がつながるかもしれない。呼び出し音が続いた後を期待した。

 ところが――。

(お客様がお掛けになった電話は、現在使われておりません。番号をお確かめになって……)

 亮と賢弥にもかけてみたが、同じ返答だった。番号が間違っているはずもないし、昨日まで普通に使われていたはずなのに。試しにメールも送ってみたがダメだった。

 昨日の悪夢は本当だったみたい……。でも、まだ情報が少ない。

 未来は他に目ぼしい人を探した。周りから浮いたように茶髪の頭がすぐに見つかった。廊下側の一番後ろの席に座る女子。彼女が学校に来ているのは珍しい現象だった。

 未来は勇気を振り絞って、件の女子の席に向かった。

「ねえ、仲里さん」

「……何か用?」

 茶髪の頭を描き上げると、仲里雛は不愛想に言った。犬とその飼い主を睨むガラの悪い野良猫そのものである、きつそうな目つきから分かるように、雛はちょっと不良っぽい子だった。いや、未来の知る限り、ちょっとどころではない。よく授業をサボり、昼間の街中補導されたりする事も少なくない。噂では危険ドラッグに手を出しているらしいが、真意のほどは分からない。

 担任も持て余した存在で、五組では彼女に話しかけるクラスメイトはいない。

「もしもし、お留守ですか?」

 雛が、ボンヤリしたままの未来の額を軽くついた。冗談のつもりかもしれないが、意外と痛い。

「何か用があるんじゃないの?」

「いえ、あのさ、このクラスに美穂とかいなかった?」

「知るわけないじゃん。あたしはよくサボるし、あんまクラスの事知らないし」

 未来は消えた四人の名前を言ってみたが、雛は皆知らないと首を横に振った。

「小宮さ、ドッキリのつもりなら止めてよね。あたし、学校にいる日は機嫌悪いから」

「ううん、ごめんね。変な事聞いて」

 触らぬ神に祟りなし。未来は慌てて立ち去ろうとした。

「たださあ……何かおかしいかなって」

「何が?」

「机の位置」

「何かおかしいの?」

 未来の席は真ん中辺りなので覚えていない。

「あたしの席って、窓際だった気がするんだけど。席替えでもした?」

「し、してないよ!」

 未来は思わず声が上ずった。雛の疑問の答えが分かっていたからである。四人がワタルに消されたせいで机の数も減り、その分、他の席がずれたのだ。さっき、太に注意された理由もそうだろう。さっきの下駄箱もそうだ。南小学校の下駄箱は、学年を問わず男女別で名前順と決まっている。一つ前にずれたのは、美穂が消えたせいだ。自分や恵美梨より前になる岸本美穂がいなくなると一つずれる。

「仲里さん、今日の朝下駄箱で、なんか変な事なかった」

「なんかって?」

「その、下駄箱の順番が変わったとか」

「知らない。だって、あたしコレだから」と、雛は自分の脚を指した。

 うわあ……。未来は返す言葉もなく茫然とした。雛は上履きも履かず、土足のまま教室にいた。さすが不良。やる事がすべて外に向かっている。

 昨夜、翔が説明してくれた情報を思い出す。ワタルは、自分の襲った生徒の存在や、ランドセルや彼らにまつわる物(ランドセルや机)をすべて消してしまう。そして、他の生徒から彼らの記憶からも消してしまう。存在も消えるから、アドレスもなくなってしまう。

 一方で、隠ぺいした後は違和感として残る。だけど、それに気づく者はいたとしても、あまり深く考えはしない。

「もしもし、小宮。またお留守?」

 雛は握り拳を構えようとしていたので、未来は慌てて言った。

「気にしないで、仲里さん」

「気になる」

「いいの。教えてくれて、ありがとう」

 未来が席に戻ったところで、担任が入ってきた。

 一学期を残すところ一週間ちょっとだというのに、全然慣れない陰気な面持ちをこちらに向けた。周りの女子が小声で「キモ過ぎ」、「こっち見んな、ハゲ」と小声でささやいている。

 本人は気にする素振りもせずに淡々と出席を確認していく。名前の呼び方も棒読みで投げやり感に満ちており、やる気のなさがひしひしと伝わってくる。

 なんで、こんな人が先生になれるんだろう……。

 五年になれば、クラス替えはない。来年、六年生になっても担任はこの人のまま引き継がれる。途中で病気とかでバトンタッチしない限り、数年後の卒アルのクラスの集合写真では、この担任が中央に座るのだろう。大人になってからアルバムを読み返すたびに、この担任を思い出さなくてはいけない。

 未来は一人、暗澹たる気分になった。もっとも、ワタルという魔物がはびこるこの学校で、無事に進級したり卒業できるかも定かではない。

 翔の言うとおり、引きこもっておこうかな。でも、弟の徹はできなしな……。

 一組の担任は出欠を終えると、痩せた頬と異様にギョロッとした目つきで教室内を睥睨する。「きめえ」とまた声が漏れる。トカゲを想起させる。年齢は三十代前半ぐらいだが、髪の毛は真ん中辺りまで後退しているので、見た目はもっと年を取っているように見える。

 そんな風貌に態度と相まって、生徒の間では悪評のある人だった。

 もしも、この場に翔がいたら、彼は驚いたに違いないし、相当激怒したかもしれない。

「今日は大変珍しいですね。二十五人が全員出席しています。枯葉も山の賑わいといいますか」

 そう言うと、ちらりと雛の方を見たような気がした。素行もあまりよくなく、悪い噂のある彼女は、事あるごとに担任と衝突している

「それでは、朝礼を終わります」

 のっぺりとした能面を浮かべながら、五年一組の担任、佐奈田清は教室から出た。

 そう、翔の元クラスメイトで、彼をいじめていた張本人である。

 そして、この最低な担任の母親もまた、この学校に今もいる。


      21


 休み時間が始まるとすぐ、未来は教室を飛び出した。二時間目の社会科が終わる寸前、寝ぼけ眼が窓を過る人影を捉えたのだ。この二〇一五年にして、人目を気にせずに長い髪を束ねている男子なんて、あいつしかいない。

 五年生のフロアの角を曲った先、給食のトレイが収められている一角に、あいつが座り込んでいた。何か熱心に難しそうな顔を浮かべながら、メモ帳に何やら書き込んでいる。

「ちょっと、黒澤くん」

「あ、よお」

「よお、じゃないよ、もう。朝起きたらもぬけの殻だったから、逃げちゃったかと思ったじゃない」

「ごめん。おれはいつも通り、学校に行ったつもりだったんだが」

「じゃあ、その時にせめて起こしてくれてもよかったんじゃない?」

「かわいい寝顔で未来ちゃんを起こすのはどうかと思った。それとも、モーニング・コールをした方がよかったか?」

「ちゃん付けしないでよ。二十年前はどうだったか知らないけど、女子をちゃん付けした男子は、確実にキモがられるよ」

「なんだ、そのキモいとかって。肝臓みたいって事か?」

「あとでググってよ。ところで何やってんの?」

翔の手帳を覗き込むと、数字が書かれている。一年一組から六年四組までの人数だと分かった。そして、五年一組は二十五人。その隣には、甲書き加えられていた。


 マイナス四人。


「いなくなったのは全部、君のクラスだけ。消えた生徒の名前は分かるか?」

「うん。岸本美穂、中島亮、飯塚賢弥、野崎沙耶……本当にいなくなったのかな?」

「他のクラスメイトに聞けば分かる」

「もう聞いた」

 雛の他にも何人か、さらわれた四人の事をそれとなく聞いてみたが、答えも誰もが同じだった。

「誰それ? そんな奴らクラスにはいないって。別のクラスの子に聞いても、知らない名前だって……」

「おい、よせよ」

 存在を消された友達を思い出して、未来は泣き出した。行き交う生徒が何事かと好奇の視線を送るが、今まで無視していた感情を止めるのは難しかった。

 昨日まで一緒に話していたメンバー。学校でも塾でも一緒だったし、メールや通話なら家族との会話よりも多いはずだ。なのに、さっきのメッセージ――お掛けになった番号は、現在使われておりません――はあまりにもひど過ぎる。

 翔は慌ててハンカチを渡した。

「落ちつけよ。死んだわけじゃない。あいつを封印すれば、友達は戻って来る。いま大事なのは、ワタルの存在を知っている君が、今一番冷静にならないといけない。泣いていても何も始まらない」

「……うん」

「だが、気をつけないといけない。あいつは目を覚ました今、学校は奴の狩り場になっている。奴は好きな人間は一人でいる大人しい奴だ。群れから孤立した羊だ。そして、奴が一番恐れているのは、自分の存在を知って、息の根を止めようと自分に向かってくる狼だ」

「分かった。私は狼になればいいんだね」

「ああ。おれよりもうまくできるさ。徹くんのために、君は強くならないといけない」 

「ねえ、黒澤くんって、女子にもてたでしょ?」

 未来がいたずらっぽく笑うと、今まで大人っぽくしていた翔が恥ずかしげに頬を赤くした。

「からかうなよ。でも、それでいい。笑っている方が似合ってる」

「美穂もそう言ってくれたもの」

「おれもそう思う。いいか、絶対に気をつけろよ。絶対に一人になるな。トイレも三人以上で行け」

「もしも、いなかったら?」

「おれがついて行ってやるから」

「キモい、スケベ、変態、エロ、ロリコン」

 それらの攻撃を軽々と無視すると、翔は言った。

「放課後は絶対に学校に残るなよ。徹くんにも言っといた方がいい」

 三時間目の予鈴が鳴った。翔はどこかへ向かおうとする。

「どこへ行くの?」

「便所。おれは一応卒業生なんだ。教師に見つかったら面倒だ」

 翔は立ち止ってから言葉を続けた。

「それと昼休みに図書館の場所を教えてくれ」

「図書館?」

「昔あった場所にないんだよ。どこを探しても分からない」

「分かった。でも、どうして図書館に?」

「あそこに強力な武器があるかもしれないからだ」

 未来は「分かった」と確かな声で答えた。

 冷静になれという彼の励ましを心に刻んで。

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