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新生 学校の怪談  作者: 周防まひろ
第一章 復活ノ刻
2/58

放課後の集い


     1


「その男の子はどうなっちゃったの?」

「鏡の中に引きずり込まれたの。二度とこっちの世界へ帰って来られなくなったんだって。翌日、教室には鏡だけが置いてあったらしいよ」

母親から聞かされた怪談のネタを話し終えると、小宮未来は一息ついた。そして、友達の反応を期待した。最初聞いた時、自分だって背中が震えるぐらいだったのだ。一番怖く思えてくれないと困る。

「嘘だあ!」

 クラスメイトの中島亮が否定してかかる。

「なんでよ?」

「そいつ、鏡の中に来たんだろ? なんで、小宮が知ってんだよ?」

男子の中で頭が悪くて乱暴なくせに、こういう時には屁理屈な事を言う。本当に腹の立つ奴だ。

「それが作り話とは言い切れないんだよね」

親友の岸本美穂がすかさず言った。美穂と未来は一年の時から同じクラスだった。当然、お互いに気が合う仲である。親が美容師なので、未来がうらやましく思うほど、同年代の中ではヘアスタイルがおしゃれだった。

「うちの親も卒業生なんだけどさ、さっきと同じ怪談を聞かされたよ」

 夕日の差し込む教室で、四人の生徒達がいつものように談笑していた。同じクラスにして、同じ塾に通うせいか、自然と一緒につるむようになったのだ。面倒な宿題を共同で早々と終わらせると、ゲームをして遊ぶのが彼らの日課だった。

 未来はこの時間が楽しくて仕方がない。五年一組の中では最高のグループだと思っている。幼馴染の美穂もいるし、少し抜けるけどムードメーカの亮もいる。彼の友人でもある賢弥は頭がいい。

 今日は夏も近いせいか、怖い話で盛り上がっていた。四番手の未来が話した話、『鏡の中のしょうくん』は、母の鈴子から教えてもらった飛びきりのネタだった。


『鏡の中のしょうくん』


 この学校に昔、しょうという男子生徒がいた。しょうくんの家はとても貧しく、皆からいじめられていた。親からも虐待を受けている、かわいそうな少年だった。ある夏休み前の夕方、しょうくんは家に帰らず、ずっと放課後の教室にいた。しょうくんは誰もいない教室が好きだった。いじめっ子だっていないし、自分を助けてくれない先生もいない。自分だけの静かな時間。

教室の隅には掃除箱と並んで、大きな鏡が置いてあった。しょうくんはその姿見をすごく気に入っていた。吸い込まれそうなそれを見つめながら、自分を違う世界に連れていってほしいと心から願った。

 すると、鏡に触れた手が吸い込まれ、しょうくんは鏡の向こうに消えた。その日からしょうくんは、影も形も消えてしまったが、家族やクラスメイトは全然気にならなかった。

 ところが、しばらくして、ある教室で神隠しが頻繁に起きるようになった。放課後に一人に残っていた者、早朝に一番乗りした生徒など、次々と生徒達が消えた。

 ある生徒は噂をするようになった。

 しょうくんは鏡の中の住人になって、今度は一人でいる寂しさのあまり、クラスメイトを自分の仲間にしようと、鏡の中に引きずり込んでいるのだと。もしくは、鏡の中のしょうくんは恐ろしい妖怪になって、ひきずり込んだ子達を食べてしまうのだとも言われた。

いずれにせよ、鏡の世界に連れ去られた人は、しょうくんと同じように誰にも気にされなくなった。


「何で嘘じゃないんだよ、岸本」

「この学校で、本当に夜の学校から姿を消した生徒がいるの。その名前が“しょう”だったって言われてるって噂よ」

「いつの話だよ?」

「今から二十年前ぐらい」

「その時に生まれていないのに、お前なんで知ってんだよ」

「だから、あたしも親戚のおじさんから聞いたんだよ。その子の家は父親がいなくて、とても貧しかったんだって。怪談話と同じように、夏休み直前の夜に突然いなくなってしまったんだって」

「ヤダ。さっきの怪談話とそっくりじゃない」

 隣の席に座る沙耶が本気で怯えた。怖がりの彼女は、未来達のグループの子ではない。今日はたまたま係の仕事をするのに残っていて、怪談話に耳を傾けていた。

「その話は僕も聞いた事があるけどさ」

 亮の隣で塾の予習をしていた賢哉が頭を上げた。度の強そうな眼鏡をしているが、それ相応に賢い。学校はもちろん、塾の成績は一位だった。栄養のほとんどが頭に流れたせいか、小柄で体育での成績はお世辞にもよくない。

「インターネットで調べる、確かにうちの学校で生徒が一人いなくなった記事があった気がする」

「そいつの名前とは覚えてる?」

「しょう、だったかな」

「ほら! 嘘話じゃないって決まった」

 未来は亮に言った。悔しそうな顔を浮かべるクラスメイトは悪態をついた。

「でも、この事件があったからといって、鏡に人間が吸い込まれるなんて、非現実的過ぎるかな。その事件が下敷きになったのは分かるけど」

「ほら。俺らの天才少年がそう言ってるぜ」

「虎の威を借るキツネみたい」

美穂の皮肉を理解している異様に、惚けた顔を浮かべる亮。

「とりあえず、二周目の話は俺からだぜ。こういうのはどうだ。校庭の裏にあるオボロ屋敷の噂。俺と賢弥があそこに忍び込んだ時の話なんだけどさ――」

 その時、教室の扉が開いた。亮が「うわぁ!」と叫んだ。

「あなた達」

「金江先生?」

「下校時間はとっくに過ぎてるのよ。早く帰りなさい」

 扉を開けたのは、隣の二組の担任をしている金江先生だった。銀縁の眼鏡から陰気な目を向ける。彼女がそそくさと行ってしまうと、一人が小さく笑った。

「やべえ……死ぬかと思ったぜ」

 胸を押さえてながら、亮は大声で笑った。

「驚き過ぎだよ」

「それにしても、金江って根暗だよな」

「あの先生、あまり評判が良くないみたいだよ。二組の子が言ってた」

 美穂が開けっぱなしの扉を閉めると、そうささやいた。

「授業も退屈で、教科書を棒読みしてるだけだって」

「それって、ただの手抜きじゃん。教育委員会とかに言えばいいのに」

「あの先生の親てさ、老人ホームの《つばき園》にいるんじゃなかったけ?」

「未来のママって、ヘルパーしてるんだよね」

「うん、ママが時々、あの先生が来るのを見た事があるって言ってた」

母の話によると、金江先生は、前は海外で先生をしていたらしいが、親の介護でこっちに戻ったらしい。あんな暗めでよく先生なんかやっているなと、五人は呆れるしかなかった。

「でもさ」

色を染めた髪を指でいじりながら、美穂は声をひそめる。誰かに聞かれたらまずい情報を意味している。

「一番ヤバいのは、うちの担任でしょ?」

「佐奈田のやつだろ。それ賛成!」

 亮と、その隣にいた賢弥が手を上げる。

「そうそう、キモいし、エロいし。男子には異常に厳しくて、女子には気持ち悪いほど優しくてさ」

「あいつは最低の先公だ。俺ら男子はクズ呼ばわりして、女子にはセクハラ。なんで、あいつはクビにならないんだ?」

 彼ら一組の担任、佐奈田は生徒からの評判が悪い。そんな彼がクビにならない理由は、一組のみならず五年の間で知らない者はいない。周知の秘密である。

「そう言えば、校長もクズだよな。なんだか上から目線だし」」

「そうそう、どっかの独裁者みたい」

「まあ、あの校長にして、あの先生だからね」

 井戸端会議のネタが終わる頃には、時間は午後四時半ちょうどを差していた。六時から始まる塾まで時間がある。

「ねえ、皆、帰る前にかくれんぼしようよ。ねえ、沙耶も参加しない?」

「え? わたしは……」

「遠慮しない。参加決定ね。こういうのは大勢でした方が楽しいの」

「ガキくせえ」

 亮の頭を叩くと、美穂は続けた。

「隠れる場所は、この校舎のみ。ただし、隠れる人は二分ごとに着信音を鳴らすってどう?」

 彼らは美穂の提案に賛成して、じゃんけんで鬼を決めた。結果、言いだしっぺが鬼になり、亮が頭を叩かられない距離まで逃げるとゲラゲラと笑った。

 美穂が一人で教室に残ると、未来達は慌てて思い思いの隠れ場所を探した。隠れる猶予は一分しかない。男子組の亮と賢弥は下の階へ降りていく。

「どうしよう。未来はどこに隠れる?」

「一階にしとく」

 大人しい沙耶が鬼にならなくてよかったと、未来は内心思った。きっと、探す側になるとあたふたしたに違いない。未来は一応「一緒に行こうよ」と誘った。沙耶は遠慮そうに頷いた。

 間もなくして、美穂の声が上の階から響いた。

「みんなはどこかな?」

 未来は下駄箱のそばで隠れていた。沙耶は同じ一階のトイレに向かっていった。亮達はどこに隠れたのかな?

 やがて、上の階、そして、トイレの方から着信音が流れた。かくれんぼのルールをすっかり忘れていた。慌てて、スマホを取り出してお気に入りの着信を鳴らす。美少年からなる某アイドルユニットの新曲で、最近ダウンロードしたばかりの着メロだった。鳴り止んだ直後、美穂の足音が下足場に近づいてくる。鳴らすタイミングが遅れたせいだった。

「未来だよね? 大人しく出て来なさい」

 芝居がかった声がしたと思いきや、下駄箱に回り込んだ友人につ絡まないように無駄な闘争を試みたが、すぐに先回りをされて抱きつかれた。

「未来、見っけ! さあ、観念しなさい」

 美穂が自慢げに言った。

「ルールを忘れたでしょ?」

 図星を指され、未来は「その通り」

「キャハハハ、未来は昔から忘れん坊なんだから。じゃあ、最初に見つかった人には、鬼さんにおいしいパフェをおごる権利を与えよう」

 調子の良いやつ……。未来は恨めしく友人を睨んだが、すぐに「しょうがないなあ」と諦めた。いつも、この悪友に自分は乗せられてしまう。それでも嫌いになれないのは、明るい美穂のキャラだった。

 なに、パフェの一杯や二杯安いもの……と言いつつも財布を確認してから後悔した。高くつく敗北だと、未来は肩を落とした。

「よし、あと四人。すぐに見つけて見せるから待っててね」

「うん」

 美穂は廊下の方へ行きかけて足を止めた。

「さっきのしょうくんの話には続きがあるの知ってる?」

「何が?」

「しょうくんが出ると言われている鏡は、その後、先生らによって教室から別の部屋に移されたらしいの。一つ目は、誰も知らないけど、もう一つの鏡はどこにあると思う?」

「さあ……」

「うしろ!」

 美穂が叫んで振り向くと、正面に自分の顔があった。壁に張りつけられている、大きな鏡がそこにあった。二メートルを超える巨大な物で、上の隅辺りには、爪を引っ掛けてこちらを睨む鬼の彫刻が飾られている。

「もう、美穂ったら!」

「ゴメン、ゴメン。そんなに驚くなんて思わなかったの。じゃあ、あたしもパフェをおごってあげる」

「ホントに」

「美穂様は嘘をつかないから」

 未来は美穂に抱きついた。親に内緒で化粧しているのか、ほんのりと香水の匂いがした。

「じゃあ、偵察に行ってきます」

 そう言い残し、廊下へ走り去っていく。後姿に、未来は何の気なしに「待って、美穂」と呼び止めた。

「何?」

「その、気をつけて」

「どうしたの、未来? 大袈裟だな」

「ゴメン、変な事言って。その先生に見つからないように」

「はーい、分かりました、小宮先生」

 おちゃらけでそう言いながら、美穂は廊下の角を曲って言った。未来は下駄箱にもたれて、彼らが来るまでスマホを眺めながら時間をつぶそうと思った。

 時計はちょうど、四時四十四分に差し掛かった時、足元が揺れるのを感じた。

「きゃっ!」

 思わず叫んだ直後、咄嗟に頭が一つのキーワードを検索した。それは「地震」だ。だが、そこまでだった。地震が起きればどうするべきなのか、そこまで脳みそは懇切丁寧に教えてはくれなかった。

 もっとも、頭を守ってくれる机の下を探すよりも先に、小刻みの揺れは止まった。時間として十秒ぐらいだろうか。未来には長く感じた。床がまだ波打っているような感覚だけが残っていた。

 また気のせいだったかもしれないが、遠くでガラスの割れる音がした。


        2


 その部屋は授業で使われなくなって久しかった。

 二〇一三年の夏季に行われた増改築の際に、工事道具の置き場所として利用された事を除けば、その部屋の存在に気を配る者など、この学校にはいなかっただろう。ましてや、部屋の奥に保管された鏡がなんであるのか、何の目的で使われ、暗い小部屋に長年しまわれているのかなど知る由もない。

 二〇一五年七月中旬、時刻は午後四時四十四分。常盤台市を中心に起きた揺れは、十秒にも満たない微震であった。街を歩く何人かが立ち止り、列車も一時運転を見合わせた。一方、民放のキー局やNHKは、どこかの県のちいさな市の常盤町で震度一弱に過ぎない揺れ旨があったとテロップを画面上に流すに留めた。

 小さな部屋はカーテンで閉め切られ、初夏の夕日が差し込む隙間はない。昼間も今も薄暗いままであった。大きな布に包まれ、その上に頑丈な太い鎖で縛れたまま鎮座する“それ”、その真横には棚が並び、その上には古い資料を詰め込んだ段ボール。そして、玄関で自慢げに飾るには期限が過ぎたトロフィーが置かれていた。トロフィーの一つが揺れに押され傾いて、ゆっくりと安定を崩していき、とうとう棚から落ちた。

 その際、“それ”の表面とぶつかった。布に包まれた奥で、ガラスの割れる音を漏らし、トロフィーは床にぶつかった。布の間を縫って、鏡の破片が散らばり、遅れるようにして黒い液体が、ドロリと床に垂れた。

 最後に布を引き裂いて、三本の長細い指が突き出た。人間ではない手が鎖を一気に引き千切り、そいつは小さな部屋に降り立った。

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