強い武器の行方
29
おれは教室から出ると、薄暗い廊下を駆け出した。もう誰も残っていないのか、静まり返っていた。妙に肌寒く、窓には結露が垂れていた。
あの時と同じだ。間違いなく、今、奴がいる。
図書室は表校舎の三階にあった。五年生のフロアは裏校舎でほとんど、対角線上に位置する。本当に迂闊だった。竹井には一年生の妹がいる。そう、ワタルは兄弟姉妹のいる生徒を狙っている。竹井も獲物になり得るのだ。
渡り廊下を過ぎて、やっと図書室の前に辿り着いた。
この中には必ずワタルが待ち構えているはずだ。一体どんな罠が、おれを待ち受けているのか想像もできない。だが、このまま引き返す気などなかった。竹井を見捨てる訳にはいかない。
意を決して深呼吸をすると、おれは扉を一気に開けた。
思わず拍子抜けした。図書室の中には生徒がたくさん残っていた。時間はもう四時半だというのに、八人がけのテーブルが四つともすべて埋まっている。本棚にも何人か本を探しているし、カウンターにも知らない先生が座って、仏頂面で学級新聞を制作している。
天気が悪いのでここで時間を潰しているのかもしれない。そもそも、おれはあまり図書館に立ち寄った事がないので、普段からこれぐらい盛況なのだと思っていた。
とにかく、おれは竹井の姿を探したんだ。あいつを見つけたら、一緒に逃げよう。自分の実に起こったすべてを打ち明けようと決意した。ワタルという魔物の事を。竹井なら力になってくれるはずだ。
図書室の奥にある棚に、見覚えのある背中を見つけた。
「竹井?」
間違いなかった。背中に背負うランドセルに横にぶら下げたアクセサリー。百科事典を小さくしたような小型の冊子を模した飾りには覚えがあった。
おれはゆっくりと肩に触れた。
「逃げるぞ」
その時、振り向いた竹井は青ざめた顔をしていた。口は張り付き、目はうつろだった。
「大丈夫か?」
竹井が手を伸ばし、おれの頭を掴んだ。ものすごい力だった。目玉が飛び出しそうなほどの万力だった。脳みそが破裂しそうだった。あいつの手を振りほどこうと滅茶苦茶に暴れた。
「竹井、何を……」
本棚から適当に掴んだ本であいつの顔を思わず叩いた。力が緩み、おれは床の上に倒れた。必死に呼吸を繰り返した。 すると、後ろから気配を感じた。
さっきまで座っていた奴らが席を立ち、一斉にこちらを眺めていた。ここでやっとおれは恐ろしい事に気づいた。皆は竹井のように青白く、目が死んでいる。彼らはゾンビのように手を伸ばすと、こちらへ近づいてきた。
その時、むくりと起き上がった竹井の顔を見て、おれは声を上げた。
顔の半分が幾重にも歯車や機械が見え隠れしている。そして、頭が首の根元から垂れ下がっていた。こいつはロボットだったのだ。動きもぎこちない。ドラゴンボールに出てくる人造人間を思い出した。
「どうなってんだよ、一体……」
おれは入口に向かおうとすると、扉が勝手に閉まった。もう、外へは出られない。
他の逃げ道はどうだ? 俺はカウンターを飛び越えた。すぐ目の前に準備室の扉がある。あそこは図書係がよく出入りしているから、鍵はかかっていないはずだ。
ノブを掴んだ。やはり扉はびくともしない。そうこうしているうちに、人の姿をしたロボット達がカウンターに押し寄せる。動きは遅いが、広がるように取り囲まれて逃げ場はない。
笑いが響き渡った。
テーブルの上にあいつがいた。その足元には本物の竹井らしき体が倒れている。
「諦めたらどうだ。お前はオレの餌になるしかない」
「誰が、お前なんかに……」
「強がりはよせ。お前達人間は餌なんだよ。昔からそうだ。そして、これからもずっとな」
冗談じゃない。あんな化け物に喜んで餌になってたまるか!
おれはドアを力強く蹴った。すると、ガラス窓にひびが入る。近くにあったセロテープ台を投げつけて叩き割ると、ドアの向こうに手を伸ばしてノブの鍵を探す。
竹井に似たロボットがカウンターの向こうに降り立った。
ドアのかぎを開けた。慌てて中に入るのと、ロボットの手が伸びてきたのが同時だった。ドアを閉めようとする隙間に突き出た鉄の腕。その一振りが腹をえぐり、おれはひとたまりもなく吹き飛ばされ、奥の本棚にぶつかった。何冊もカビの生えた本が何冊も落ちてきた。
扉をこじ開けて、ロボット達が顔を覗かせる。どいつもこいつも暗い場所では目が赤く光っていた。
ダメだ。このままでは本当にやられてしまう。隣の部屋から聞こえるワタルのあざ笑いが手足を麻痺させる。これが恐怖というものなのだろう。絶望にも似ている。
「畜生……!」
おれは足元にある本を拾って、ロボット達に投げつけた。埃が舞い散り、何体かの頭にヒットするが転倒まではしてくれない。
最後に残った一冊の本を構えた。すると、ロボット達が今までにない反応を見せて、おれは思わず手を止めた。奴らが無表情だった顔が歪んで、後ろへ下がっていく。
一体どうなっているんだ? 俺は訳も分からず、本を前に突き出しながら立ち上がって、前へ進む。ロボット達も怯えながら退いていく。
「怖いのか、これが?」
おれは適当なページを開いた。よく分からない呪文が書かれて、真ん中には紋章が描かれている。
ロボット達の口が全開になり、体中から赤い煙を噴き上がった。そして、支えを失ったように手足が外れて、床に倒れた。糸を失った操り人形みたいに動かなくなった。
ワタルの姿がないのを確認すると、おれはテーブルの下に倒れている竹井に駆け寄った。青白くなった頬を叩いた。
「おい、竹井! しっかりしろ」
「んん……うう……く、黒澤くん? 僕は一体、どうしてここに……」
「とりあえずここから逃げるぞ」
肩を支えてやり、無人の図書室を出た。すべてはあいつの罠だった。人がいたら安心してしまう。俺は見事に引っかかってしまった。だが、竹井は無事だった。
「大丈夫か?」
「うん、平気さ。僕に何があったのか話してくれないか。君と電話をしていたら、急に目の前が暗くなったんだ。何が何だか分からないよ」
「お前の言う通りだった。この学校には魔物がいる。お前の爺さんは正しかったんだ」
「ワタルっていうんだよね?」
おれは足を止めた。
「どうして、あいつの名前を?」
「ワタルはとても賢い。例えば、こうやって、助け出された人間に化けるとかな!」
こちらに向けた顔は竹井ではなかった。ギョロッとした大きな目に、牙が覗く口、鼻はどこにもなく、耳が角のように長い。
「うわぁっ!」
突然、目の前が闇に包まれた。
30
おれは横に寝かされていた。まったく身動きができない。手足が固定されているせいだった。背中が冷たい台の上にあった。
視界を巡らせると、複数の姿が入った。手術をする医者みたいな姿をしている。顔元をマスクで隠している。
「目が覚めたか」
「さっそく、オペを始めようか」
医者達が手に異様に大きいメスを握りしめている。その鋭利な刃先が光る。おれは暴れて抵抗を試みたが、自由は効かない。
「何する気だ、クソッ! 放せ!」
「ケケケケ……」
あの笑いが耳元に響いた。視界の端で何かが動いた。何かが顔の上に登って来た。そいつはワタルだった。忘れられない不気味な顔に古めかしい半ズボンの学生服、ただし、親指サイズの小人になっていた。ワタルが俺の鼻に腰かけた。
「お前はどこへも逃げられない。こいつらにバラバラにされる。お前の手足や内臓はホルマリン漬けにされる。骨は飾りになる。怖くないはずがない」
「どうして、おれを狙う?」
「オレは理屈で狩りはしない。お前だけが餌って訳じゃない。誰だろうと、オレが目をつけたガキは、オレの餌食になる」
「竹井はもう喰ったのか? そうだったら、お前を許さないぞ」
ワタルが盛大に笑い転げて、鼻の上から落ちた。
「何がおかしいんだよ!」
「友達が心配か? お前も所詮は、一匹狼を装っているだけの羊だ。周りを小馬鹿にして、自分の世界に閉じこもる。オレはそんなガキを喰うのが好きだ。絶望と恐怖が人一倍多いからな」
ワタルが鼻の上で立ち上がっていた。俺は悔しがる振りをしながら、今からしようとする暴挙のタイミングを見計らっていた。もしも、失敗すれば、野村と同じ目に遭うし、竹井も無事では済まないだろう。
だが、このまま何もしなければ、結果は同じだ。
おれは顔全体を傾けた。突然の事にワタルは鼻から後ろへ転げ落ちた。ちょうど、口の上に。その口を開けて、ワタルをくわえた。奴の体に歯を立てる。
「ぎゃあぁっ! な、何しやがる!」
「おれと竹井を解放しろ。今すぐにだ。他の奴らもだ」
「できるか、そんなもの!」
「だったら、お前を喰いちぎってやる」
歯に少し力を入れようとすると、キィキィと断末魔が聞こえる。
「分かった! 自由の身にしてやる。だから、口から離してくれないか」
「お前は人間とは違うんだろ? 化け物の約束なんか守れるか? おれをなめんなよ」
「クソガキが調子に乗りやがって……このオレを誰だと思ってやがる! このオレからすれば、お前ら人間は餌なんだよ餌! 餌は餌らしく黙って、オレに喰われて――」
さらに歯を立てた。耳障りな悲鳴が上がる。
「分かりました。分ったよ!」
目の前の光景が消えていく。手術姿の連中もいなくなった。そこは元の図書室に戻っていた。テーブルの上には竹井が倒れていた。おれは駆け寄り、肩を揺さぶる。
「んん……あれ? 僕はどうしてここに。黒澤君かい?」
どうやら、今度は本物のようだ。
「何をくわえてるんだい?」
そうだ忘れていた。口元で暴れている奴を放してやらないと。
「おい、コラ、オレを早く自由にしやがれ! そうしたら、お前らに地獄を見せてやるからな!」
生意気な魔物だ。おれは窓を開けると、口にはさんだワタルを手に掴んで、雨の降る空に向かって、メジャーへ行った野茂よろしく、力一杯振り上げて投げた。
甲高い悲鳴を残しながら、ワタルは雨の空へ消えた。
小さなワタルは悲鳴を上げながら、雨の空に消えた。少しすっきりした。
「一体、何があったの?」
「今は逃げる方がいい」
竹井を連れて廊下に出たところで、校内放送が流れたが、いつもと違っていた。
(クソガキども、もう許さんぞ。オレをコケにした落とし前をつけさせてやる!)
「あの声は……?」
呆然とする竹井を引っ張りながら、おれは下足場を急いだ。廊下の電気が次々と消えていく。床が割れて、そこからまばゆい光が漏れる。
「逃げられると思うなよ、クソガキどもめ!」
廊下の端から大きな赤い目玉が追いかけてくる。
おれと竹井は走った。死に物狂いで逃げて、逃げて、逃げ続けて、そして……。
31
「待ちやがれ、このクソガキが!」
翔はドスの利いた声をほとばしらせながら、一人の少年を追いかけた。名前の知らない上級生の形相があまりにも恐ろしいのか、相手も捕まるものかと必死に廊下を駆ける。その二人にやや遅れながらも、未来はなんとか走っていた。
「コラッ! 廊下を走るんじゃない」
何度も先生に叱られながら、二人の追跡劇は続いた。
やはり、最初は自分が尋ねるべきだったと、未来は後悔していた。殺気をはらんだ翔を引き連れていては、相手も冷静さを失うの無理はない。
遡ること数分前、翔と未来は表校舎の三階にある四年二組の教室にて、『妖怪悪霊大図鑑』を長期延滞(いわゆる、借りパク)する少年、小宅田日比雄探していた。
「小宅田ってやついる?」
翔に呼ばれた下級生が、「小宅田くん、用があるんだって!」
教室の奥にいた眼鏡の少年がキョトンした顔を上げて、「どんな用事ですか?」
「借りていた本があるだろ? 返してほしんだが」
翔の一言に小宅田くんは固まった。そして、急に教室から飛び出したのである。未来は翔の背中を見失わないようにしながら、内心呆れていた。クソガキって自分も子供の姿をしてるくせに……。
裏校舎三階の踊り場で、やっと二人に追いついた。翔が小宅田くんを捕まえたのだ。
「馬鹿な奴だ。おれにかけっこで勝てると思ったか。どうして逃げたんだよ」荒い息を整えながら、翔は言った。「さあ、本を返してもらうぜ。次に読みたい奴がいるんだ」
「お兄さん達、図書係ですか?」
「そうだ。今年から、上級生のお兄さんとお姉さんがが借りパクをする悪い下級生を締め上げていいって決まったんだ」
未来は、彼の脇腹を突いた。あまり怖がらせたら、余計に教えてくれなくなる。
「とりあえず本を返してくれないかな」
「……本は返しました」
「いつ?」
「去年」
「嘘つくんじゃねえよ、ボケェ! テメエが最後に借りて、まだ返さないままなのは分かってンだよ! さっさと洗いざらい白状しろや、コラッ!」
「ちょ、黒澤くん」
未来が小声でなだめる。これではヤクザである。
「だいたい、どうして今頃になって、あんなボロい本がいるわけ? 誰も借りてないじゃんかよ。僕の前は一九九五年、二〇年近く前じゃないか。誰も借りないよ」
とうとう開き直る小宅田くん。これではらちが明かない。
「本は返してないんだな?」
「返した」
小宅田は廊下に座り込んで、石のように丸くなった。
翔はさらに激オコになるやと思ったが、逆に困ったという風に肩をすくめた。
「穏便に済ませたかったんだが……。未来ちゃん、この校庭のアスレチックに箱ブランコってまだ残ってたよな」
「あるけど」
恥ずかしいから、ちゃん付けしないでよ。未来は心の中でそう思った。
「よし、小宅田くん。お互い腹を割って話そう。運動場へ行こうか」
「何で運動場なの?」
「運動場だから、運動するに決まってんだろ」
翔の笑顔に、未来は嫌な予感を感じていた。その予感は的中した。
数分後、小宅田くんは絶叫を上げていた。彼の体は振り子のように前後に激しく移動していた。アスレチックに残っていた数少ない遊具の一つ、長椅子のブランコ。その底部に体を縄飛びでくくりつけられ、顔と地面をすれすれに高速で行き来していた。
ブランコに乗りながら、翔は力一杯にゴンドラを揺らす。
「たすけてええっ! テロリストに殺されちゃう!」
「死にたくなかったら、本の在処を言え」
上から押さえつけながら、翔は無情にも詰問を繰り返す。未来は頭を抱えながら、それでも断れずにブランコを揺らしていた。傍から見れば、上級生にいじめられている下級生の構図だ。
「さあ、白状しろ。顔が地面についてしまうぞ」
「ひぃぃっっ! わ、わかったよ、言うよ! あの本は今は持ってない」
「じゃあ、どこにある? 答えろ!」
「売っちゃった」
「売った、だと?」
「そうだよ。あの本をネットのオークションで高く売れたんだ」
小宅田くんはすべてを白状した。彼は時々、誰も借りないような古い本を借りては、それらをネットに売りさばいていたのだ。とても四年生がするような所業とは思えなかった。
「お前、あの本がどんな大事なものなのか知ってんのか?」
「知ってますよ。落札価格は三万二千円だった。すごい儲かったよ」
翔は彼を自由の身にした後、その頭を強く叩いた。泣きながら、「死ね、ボケ、死んでしまえ!」と捨て台詞を吐きながら逃げていった。
32
翔は今日で四本目のフィルターに手を伸ばそうとしていた。
残りは五本。今の時代は、子供が簡単にタバコを買うのが難しい。自販機だって、おかしなカードがないと買えない。後五本を吸い終えたら、理不尽な禁断症状に襲われる。
それにしても、面倒な事になってしまった。
再びこの地上に現れたワタルという魔物、そいつに立ち向かうには、あの本が必要不可欠だったというのに。また違う手段で入手しなくてはいけない。そこいらの本屋に売っていないのは確かだ。もっとも、今は二〇一五年だから、ネットか何かを使えば、お菓子を買う感覚で容易く手に入るかもしれない。
時間は昼休み。給食室から少しちょろまかした後、翔は校内を回った。本と同じように必要なものがある。
九五年の七月――あの雨の降る夜に行われた封印の儀式。あれが本当に成功したのは幸運のなせる技だったと、翔は信じている。もしも失敗していれば、今こうしてはいないだろう。もっとも、あいつが復活したのだから、まったくの無意味だったのだが。
残りの鏡はどこにある。翔は手帳に書いた校内の地図とにらめっこした。自分が出てきた鏡は下足場にあったが、今日の午前中に撤去されてしまった。
問題はあいつが出てきた方の鏡だ。どこの部屋に保管されたのか探しださなくては――。
その時、隣の個室から音がした。翔は瞬時に鍵を外して個室から出た。ほとんど条件反射だった。二度も閉じ込められるのはごめんだ。
向かって二つ隣りの個室が閉まっていた。右端から三番目。女子トイレなら花子さんが出てくるところだが、翔は花子さんの存在だけは信じていなかった。ワタルは実在するが、トイレの花子さんは子供の噂の産物に過ぎない。自分がいた時代でさえ、映画のネタに使われていたぐらいだったのだ。
確か、『トイレの花子さん』だったか、裕美子と一緒に観たのは。
彼女は今どうしてるだろうな……。二十年後ということは、今は三十一歳ぐらいか。もしかすると、誰かと結婚して、子供もいるかもしれない。自分もあんな目に遭わなければ、今頃……。
翔は少女との記憶を振り払った。隣の個室から大きな音がしたのだ。煙草の煙を消して、個室から出ると、隣の音のする扉の取手に力を込めた。扉は思った以上に簡単に開いた。
中にいたのは一人の少年だった。だが、様子がおかしい。目隠しされて、口や手足がガムテープで縛られている。
「何やってんだよ?」
翔は肩をすくめると、目隠しとテープを乱暴にはがした。少年は「いたいっ!」と叫んだ。脱出マジックの練習をしていたわけではなさそうだ。
「痛かったか?」
「うん、痛いよ。もっとゆっくりはがしてほしかったな」
小太りの少年のクラスや名前は、名札がないから分からない。だが、トイレの個室でこうしていたのは、自分の意志ではないだろう。丸みのある愛嬌のある顔。ちょうど青っぽい服を着ているので、ドラえもんそのものだった。これでそろったな。
「誰にやられたんだ?」
「やられたって、何が?」
「誰かに閉じ込められたんだろ」
少年は首を横に振った。
「自分でやったんだ」
「手品師でも目指してるのかよ。今みたいに助手に助けてもらって、脱出大成功パンパカパーんってするんだったら、お笑いの方が向いてる」
少年はケラケラと笑った。
「面白い人だね。どこのクラスなの?」
「あ、おれは……」
五年五組という訳にはいかない。同じクラスなら嘘だと分かるし、そもそも二〇一五年には五組は存在しない。
「二組の黒澤翔」
「あれ、僕も五年二組だけど、黒澤くんっていたかな」
咄嗟に、「六年の方な」
「じゃあ、お兄さんだったんだ。僕は五年二組の篠田亘といいます」
名前を聞いた瞬間、翔は硬直した。強烈なボディに不意打ちを食らったような気分だった。
「お前、ワタルなのか?」
「うん。上下の一に挟まれた日で、亘っていうんだ」
「そうか……」
亘が翔の顔を覗きこむ。
「大丈夫ですか? 顔色が悪いようですけど」
「大丈夫、大丈夫。そろそろ教室に戻る。お前も、あまり一人でいるなよ」
翔はトイレから出ていった。
本当にたちの悪い冗談だ。
五時間終了の鐘が鳴った。教室から次々と生徒が出てくる中、未来と落ち合った。
「どうしたんですか、黒澤さん? 顔色が悪いよ」
「同じセリフをさっきも聞いた」
「誰から?」
「ワタル」
未来が怪訝な表情を浮かべていた。




