16.告白
「ねぇ、兄様には、好きな人っていますか?」
僕は、『深緑の森』が目の前に広がる小高い丘に来ていた。この丘を下れば森の入り口だ。街の住人はこの丘までは来る事は出来るのだが、騎士団や冒険者ギルドや傭兵ギルドに所属している腕に自信のある者達しか丘の下には降りていかない。
少し離れた場所には、塔が建っており、昼も夜も関係なく森の中を見張る騎士達が常時『深緑の森』の境目を警戒している。
先日行われた角兎の討伐は、この塔からの報告により、街の住人に怪我がなく事なきを得たのだ。
僕はシンから降り、馬を止め僕の隣に立った兄様にそう聞いていた。
正直・・・何から話していいか分からなかったからだ。
「---いないな」
考えてなかった内容の僕の問いに、面食らいながらも正直なとこを答えてくれ、僕はちょっと苦笑いをしてしまった。
・・・兄様、初恋まだなんだぁ~いい人に出会えてないのかなぁ。
なんて暢気な事を考えながら、僕は視界の端まで続く森を指差した。
「---あの森の奥の先。向こうに、僕の会いたい人がいるんだ」
兄様は、僕の指差した方に視線を向ける。指差す方角は『深緑の森』・・・そこに住む人間はいない。
「・・・あの森の向こう?ばかな、住んでる者はいない!」
「そう、居ないと思うよ。住んでいる人間はね」
そう、人間族は住んでいない。僕は兄様の言いように、苦笑せざるおえない。
僕は、驚きを隠せない兄に顔を、見上げ言った。
「---でも、・・・魔族は住んでるよ」
・・・そう、とても懐かしい、忘れられない人々。
「ルー・・・お前は何を言ってるんだ?魔族に会ったのか?---いや、そんな事がある訳がないな・・・」
「---うまく説明できるか、分からないけど・・・聞いてくれる?・・・聞きたくないなら、帰ってくれていい」
合わせた目を、少し斜め下に視線をそらす。兄様は動かなかった。
---魔族が住んでるって言っただけで、作り話だって、嘘だって言われる・・・と少し思ってた。
兄様だから・・・嘘だと否定されるのがイヤだった。
でも---兄様は信じてくれてるのかな?
視線を森に戻し・・・僕は、知ってる事から、僕自身の話をさけ言葉を紡ぐ。
・・・だって、僕の事として話すには、言葉が出てこなかったから。
「あの森の奥・・・『深緑の森』の先には『魔素の森』があって、その奥には魔族が住んでいる国がある。そこで、魔族は人間と同じように暮らしているんだ・・・兄様は知ってた?」
「・・・まぁ、魔族も生きてるんだから生活してるだろう」
僕は、兄様が考えた事もない質問をしてしまったらしい・・・。でもこれが、普通の人の答えなのだろう。
「『深緑の森』と『魔素の森』と呼ばれる境目となる場所に『光の泉』があるんだ・・・もう少し高い所・・・あの塔の上に登ったら月が真上に来た時に泉が光ってるのが見えると思うんだけど、兄様は見たことある?」
兄は塔に行ったことがあるのだろう・・・その時の事を思い出しているようだが、思い当たる光を見たことが無いらしく首を振った。
「---そう、月が綺麗な夜に僕を塔に連れて行ってよ。兄様と一緒に見たいなぁ」
僕は兄様にお願いをした。『深緑の森』の先に何があるかなんて、実際に見たことのある人間はそうそう居ないだろう。僕だって、人間になってからそんな話聞いた事もないし、本で読んだ事もない。
---それでも、兄様は「---わかった、近いうちに見に行こう」と約束してくれた。
「『光の泉』では、魔獣も魔族もどんな生き物も、命を奪ってはいけないんだ。その泉の周りでは、上位魔獣も下位の魔獣も小さな動物の命も奪う事はしない。勿論、争う事もしないんだ。だから、魔族の子供も安心してその泉には遊びに来ていたんだ。---でもね、途中『魔素の森』を通るから、足の速い上位魔獣の友達と一緒にきていたんだ」
・・・シンが僕の体に足を摺り寄せてくる。・・・心を落ち着かせるように、僕はシンの頭を撫でる。
「---それで、どうしたんだ。続きがあるのだろう」
いろいろ疑問に思う事も、口を挟みたい所もあると思うのだが、兄様はしっかりと最後まで話を聞いてくるようだ。
僕は、コクリと頷いて、続きを話す事にした。
「魔族の子供は二人いて、いつもの様に泉の傍で、何の警戒もせずに遊んでいたんだ。でも、それは間違いだった。その泉がどれだけ大切か、どんな地なのか、知らないならず者が、姿を現した。その日・・・人間が一人泉に姿をあらわし、友達の魔獣に突然襲い掛かってきた。子供の一人が気が付いて、魔獣を庇って人間の剣を短剣で受け止めた。---その子供は、一緒に来ていた子供と魔獣を逃がす為に人間に立ち向かう事にした」
そこまで一気に話をしたが、息苦しさを感じ・・・胸に強く握り締めた拳を当てた。
「---ルー?」
兄様が息の荒くなった僕を心配そうに顔を覗きこむ。大きく息を吸って僕は続きを---。
「---なんでもないよ、大丈夫。・・・・魔族の子供一人と魔獣は逃げられたんだ。でも、人間と剣を交えた子供は、殺されたんだ」
僕は、大きく息を吸い込み、兄様に向かい合った。
「いまでも、よくわからない・・・何故殺されなければならなかったのか。ねぇ、兄様どうして魔族の子供は殺されなければならなかったのかなぁ・・・」
「ルー、何を言ってるんだ・・・それじゃあまるでーーー」
「・・・僕が今の僕になる前の話。---ラインハルトに殺されたのは、魔族の子供だった僕だ」
口に出して言ってしまえば、なんて事はなかった・・・・スルリと口から言葉が出てきた。そう、あの時殺されたのは僕。・・・魔族だった僕なのだから。兄様が信じてくれようとくれまいと、それは真実なのだ。思わぬほど簡単に兄様に打ち明けられた秘密と共に、涙が零れ落ちた。
・・・泣きたい訳じゃないのに。過去の感傷になんて浸っているつもりもなんてないのに、涙が零れる。
「---・・・ルー、何を言ってるんだ。ちょっと待てラインハルトというのは・・」
「『勇者-ラインハルト殿』。みんながそう言ってる・・・僕はその呼び方は好きじゃない・・・」
魔族をいうだけで、遊んでいる子供に剣を向ける事ができるのが勇者だとは認めたくない。
僕が殺された・・・って、あたりからちょっと戸惑い、考えが追いつかないのか・・・。だって、魔族の子供が僕って事になってるんだから。
ちょっと困り顔を作り、兄様の混乱した話を整理するように僕は話しかけた。
「ねぇ、兄様。---今の僕は人間で、兄様の弟で・・。でも昔の僕はラインハルトに殺された魔族の子供だったんだ。・・・それでも、兄様は僕の傍に居てくれる?」
今の僕は捨てたれた子犬のような顔に見えていたのかもしれない・・・カバッと僕を上から覆い被さるように抱き締めてくれた。
「---・・・ルークスは、私の弟だ。それは何があっても変わりはしない」
ギュギュウと両腕で締め付けられた体が痛く、ちょっと苦しかったが、過剰な兄様の愛情表現が涙が出る程、とても嬉しかったのは秘密だ。涙が止まら無くなりそうで・・・ちょっと恥ずかしいかった。
最近の僕は、泣きどおしだ。
暫くそうしていたのだが、兄様が落ち着いたらしく、僕の頭をクシャクシャと撫で回しながら聞いてきた。
「それが、ルーが隠してた事なのか?」
「---・・・信じられないでしょ?それに人に話す内容じゃない・・・」
「---確かに、突然言われても信じられる話じゃないな」
そう、僕はまだ最後まで話をしてない事がある・・・。
「僕が『深緑の森』に行きたいのは、その時一緒にいた・・・僕の一番大切な女の子に会いたいんだ」
目の前の森を見つめながら、僕は兄様にそう告げた。
そう僕の一番大切な女の子・・・もう成人しているから大人の女性になってしまったのかな。遠く離れてしまった彼女に思いを馳せる。この気持ちが届けばいいのに・・・と森の奥を見つめる。
「じゃあ、2番最後まで付き合ってくれる?」
そう、シンの事を話さなければならないだろう。子供を乗せて走る犬なんていないのだから。そう、子供の与太話思われない為にも。
これを見て、逃げるなら・・・拒絶をするなら、僕が兄様の側から消えるから、心配しないで。
暫くの間、兄様と二人で『深緑の森』を見つめていたが、早くしないと夜が明けてしまう。夜明け近くに敷地内に戻れば良いから、その前に・・・。
「シン!僕達を乗せてくれる」
「おい、何を・・・」
兄様は、大型犬にまたがる自分を想像したのか、ちょっと困った顔をしてた。それはそれで面白いけど・・・また次回にしてもらおう。
シンは、ちょっと首を傾げながらも、僕がうなずくのを見て本来の大きさに戻り、すばやく伏せた。
隣に居る兄様がものすごく驚いて後ろに下がったのは、仕方がない。
・・・僕の話を受け入れていてもシンも受け入れてくれないのなら・・・ダメなのだ。
口をパクパクさせ、驚いている兄様を他所に、僕はシンに乗る。
兄様は、恐る恐るだが、シンの背中に乗る事にしたようだ。
大人2人乗せられるシンは、僕たちを乗せ『深緑の森』に向かい走りはじめた。
今日は、兄様が一緒なのであまり奥まで進む事は出来ないが、森の様子気になっていた。
数頭の魔獣に遭遇したが、シンの相手にならないので、逃げて行った。
丘に戻り、兄様と僕はシンから降ろしてもらい、シンは大型犬の大きさに戻る。
「忘れてました。今更だと思いますが、シルバーウルフのシンです。魔石商の店主さん正解です」
ぎょっ!と目を見開いたのが少しおかしかった。
帰りは、兄様の馬に乗せてもらった。後ろからしっかりと回された腕の強さに心地よさを感じていた。
「---・・・帰ったら1番お願いします」
---僕の大切な兄様だ。




