11.過去の人々
僕が死んだ後の出来事をシンから記憶を見せてもらう事にしたが、いつも数秒で途切れてしまっていた。
数日、同じ事を繰り返ししているうちに、僕とシンの魔力が交わり易くなってきたのか、長い時間記憶を見ることが出来るようになってきた。
ぎりぎりまで魔力を受け取り、出来るだけ許容量を増やし、何度か試した事により、少しコツを覚えてきた。ここ数日は魔力量を伸ばす事に専念していた。というのは、少し言い訳で、なんて事はない、シルクリース様の涙は見たくなかったのだ・・・たとえ過ぎてしまった過去の出来事だとしても・・・。
僕は、少しずつシンの記憶の魔力を受け取り、夜の間中水滴のように記憶の魔力を渡してくれるようにお願いした。一気に魔力に乗せて、記憶を受け取るのではなく、小さな雫のようにして一定の間隔で受け取ることにしたのだ。そうすれば、途中途切れる事もなく、シンの記憶に深く残った事だけをうまく受け取れると考えたからだ。
僕が知りたい過去は、僕が一緒にいられ無くなった後・・・皆の無事を知りたかった。これは目を背けてはいけない僕が選んだ結果なのだから。
「---シン早く戻って、私とシンなら何とかなるわ!」
シンは暴れる彼女を口で咥え『魔素の森』をただ走る。僕の指示を変える事はない。使獣契約を結んだ僕に従う。そして、に一番近い警邏隊の詰め所まで彼女を運んだ。
飛び込むように入って来たシンに、咥えられた状態のシルクリース様に、兵士達は戸惑っていた。
「早く!ルーを助けて!『光の泉』で人間が・・・」
涙で頬を濡らしながら、叫ぶシルクリース様に兵士達は、一斉に外に飛び出して行く。数名の大人が向かえば、『光の泉』まで侵入する実力者でも、敵わない相手ではない。
泣き崩れるように蹲ったシルクリース様は、ただ僕の名前を呟き、シンの首にしがみ付きながら襲ってくる不安に耐えていた。
どれくらい時間が経ったのか、いつの間にか数名の王直属の騎士達が現れていた。騎士の一団の中に、表情は一切変えていないが、青ざめた顔をした父がいた・・・。
---魔族だった頃の僕の父だ。・・・いつにもまして、表情がない。
自分の感情を相手に見せない、静かに笑みを浮かべ、冷ややかな視線で相手を見据えるのが城での父・・・僕やシルクリース様には、厳しく接しながらも優しい眼差しで、いつも見守っていてくれた、不器用で優しい僕の父だ。
「-----シルクリース様。お迎えにあがりました。城に戻りましょう、皆様が心配しております」
膝をつき、手を差し伸べる父の手を振り払った。
「イヤ!絶対にイヤ---!ルーが戻って来るまでここで待っているわ!」
父をキッ!と瞳に涙を溜めたまま、にら見るけた。
「ぜったい!絶対、私をいつもの様に、どこに居ても迎えに来てくれるわ!」
無表情だった父の顔がクシャリと歪み、静かに目を伏せた後、口を開いた。
「ルーフェストは・・・先程私の部下が城へと連れて行きました。ですので、共に城に帰りましょう・・・」
再び手を差し伸べながら、肩を震わせ俯いた。それとは対象的に、シルクリース様は、バッ!と立ち上がり、外へと向かい駆け出した。
父のあんな顔を始めてみた。・・・そんな顔をさせた自分がイヤだ、自分が許せなかった。
もうどうする事の出来ない過去だわかっていても、いますぐにでも、父に会いに行きたかった・・・。
「シン!早く行くわよ!」
部屋を飛び出し、泣き笑いの顔で振り返った。シルクリース様を追いかけて外に走り出たシンに騎乗し一気に城まで走る。
「急いでシン!私達に心配かけたんだから、しっかりお仕置きしなきゃ!」
城に向かいながらシンに話しかけるシルクリース様。
城に着くと、シンが犬くらいの大きさに変わり、シルクリース様より先に中へ入っていった。時折振り返りながらシルクリース様が着いてこれているか確認している様だった。
まるで僕が何処に居るのか分かっているようで、迷いなく城の奥へと進んでいく。
「-----え・・・。」
前に閉ざされた扉。シルクリース様の表情が曇り始める。そこは祈りの間・・・魔族は精霊や『光の泉』を神聖なものとして祈りを捧げる場所。
天井から注がれる台の上、そこに横たわるのは昔の僕。
周りには、魔王様や王妃様、母、医師の姿があった。
「---ルー?そんなに大怪我なの?お父様早く治療して・・・ルー、怪我してるんでしょ?」
シルクリース様の声が震えていた。一歩一歩近づき、母や医師、誰も口を開くことはなく、俯いたままだ。
シルクリース様は僕の顔を覗きこみ、
「ねぇ、ねぇ、早く起きて・・・はやくぅ」
と、体をゆすった。
横たわる僕の体の血は拭き取られ、襟元でかるく縛られてた髪は無く、短く揃えられている。そして剣で斬りつけられ、血で染まった服は着替えさせられていた。
・・・シルクリース様と共に参加した際に着用した夜会用の服になっていた為か、ただ眠っているように見えた。
「ねぇ、なんで起きてくれないの?シン・・・何時ものようにルーを起こしてちょうだい」
「・・・シルク、残念だがルーフェストは、もう---・・・」
魔王様が、泣き縋るシルクリース様の肩に手を静か置き、立ち上がらせようとするが、フラリと体が揺れ、そのまま後ろに・・・倒れた。魔王様に抱きかかえられ意識を失ったようだ。
「---ルーフェスト・・・」
シルクリース様を迎えに行った父が、遅れて祈りの間に入った。涙を堪え気丈に立つ母を支える為、傍に立った。
父と母の魔力が合わさり、僕の体全体を包み込む。それは透明な水晶のような棺。子供を亡くした魔族の親が作る、深い悲しみの魔力で出来ていると言われている『永久不変の棺』。
大半の魔力を使い作り上げる頃には、母も意識を失い、青ざめながらも表情を引き締めた父に抱きかかえられていた。
父と母に作られた棺に納められた僕の体は、屋敷の僕の部屋に運ばれた。
・・・シンは、ズーッと静かに棺に納められた僕の傍に寄り添っていた。
そう、何日も・・・・・・。時折、父や母が、棺の隣に寄り添い涙を流す姿を見る。
城で倒れたシルクリース様は、『変な夢の見たの・・・』と僕の部屋に飛び込んできたが、夢ではなかったのだと・・・泣き縋り、それからシンと共に棺の側から動かなくなった。
それから僕の棺の傍から離れることはなく、5日、10日とただ時が過ぎていった。
侍女が声を掛けても、父や母・・・王様、王妃様、誰が声を掛けても部屋を出る事はなかった。
シンは、そんな彼女に寄り添い、食事をさせ、寝かせるなど何時も傍にいた。
ある日、見かねた父が僕の部屋の整理をするように母に指示をだした。
母は侍女とともに窓を開け放ち、机の中、衣装部屋を開け、空気の入れ替えを始めると薄暗い部屋が明るさを取り戻したようだった。
ただ動く事のない部屋の主人と、棺に寄り添う虚ろな瞳の少女が終わる事の無い悲しみを物語っていた。
その日、シルクリース様の横を離れ無かったシンが動いた。
母は、机の中から一つ一つ確認をし、本や小箱などを取り出し中を確認していた。
机の中の一つをシンが身を乗り出し、母が中を見る前に口に咥え、シルクリース様の目の前、僕の棺の上に木彫りの箱を置いた。
あれは・・・僕の作った木の箱。秘密を閉じ込めた箱。それはとても大切なモノだった。シンだけが知っている僕の秘密。
あの中には、---そう、シルクリース様に、いつが時が来たら渡したいと願い作っていたものが入っていた。
シルクリース様は、シンに鼻先で突っつかれ、そっと、木彫りの箱に手を伸ばし、蓋をそっと開く・・・。
「-----・・・ルー・・・私のルー・・・。なんで今なの・・・ちゃんとルーが渡してよ」
僕は、その箱にある魔石を入れていた。『唯一の者』に贈る婚姻の魔石。相手を想い、作り上げる魔石だ。感情のコントロールのままならない子供が『唯一の者』を判断するのは難しく、一過性の感情が多いとされ実際に作り始める事はない。
魔族の成人20歳まで作り始める者はなかなか居ないのではないだろうか。
・・・そんな婚姻の魔石を僕は、シルクリース様と出会ってから、少しずつ形にしていた。シルクリース様の好きな小花を魔力で包み、その花の周りを魔力で覆って丸い小さな魔石を作っていた。
成人まで、まだ時間があるので試作を兼ねた小さな魔石だ。
ちゃんと、シルクリース様の手に届いていたんだ。
僕の魔石を、手にしたシルクリース様は、クシャリと、顔を歪め大粒の涙を流し始めた。
「ルー・・・ちゃんと迎えに来てよ。ルーが、いないと意味がないよ」
思いがけずシンから渡された魔石を握り締め、泣き出した。
そんなシルクリース様を見て、母はホッとした顔で、そっと涙を拭った。
シルクリース様は、僕の魔石をペンダントにして身につけていた。肌身離さず大切にしてくれている様だ。
『光の泉』に花を手向け、涙するシルクリース様と僕の父と母。
それが、シンが見せてくれた僕のい無くなった日常だった。
シンは、その後、シルクリース様が城に戻れる様になると、僕の棺では無く『光の泉』に身を寄せていたらしく、その先まではわからなかった。
僕の大切な人達は、今はどうしているのだろうか・・・もう泣いていない事を願うしかない。
二度と会えるかわからない、触れる事の出来ない大切な人たちの泣き顔を、どうする事の出来ないもどかしく思う。
僕は、ただ幸せを願うしかないのかな・・・。




