一葉 1
目を覚ましたのは7時だった。
学会に出席してきた昨日は、疲れきっていて、いつ寝たのかさえ覚えていない。
今の私は上はブラウス、下は下着だけ、という格好。
スーツをきちんとハンガーに吊るしてくれたのも、私をベッドに運んでくれたのも、彼に違いない。
私は隣で寝息をたてる彼の手をそっと撫でた。
顔であれば起こしてしまうとわかっているから。
ベッドを抜け出し、シャワーを浴びることにする。
ブラを外さずに寝たせいで、そこだけ疲れがとれていないような感覚。
私は肩から胸にかけてと、そのうらの背中側の筋肉をほぐすように、時間をかけてシャワーを浴びる。
ただでさえ起き抜けでぼーっとしている頭で、体を楽にすることにばかり気をとられていた私は、彼が起きて、こっちにやって来ていたことになど、全く気付いていなかった。
だから、ガチゃっと浴室のドアが開いたときに、一気に目が覚めた。
「ちょっ、いきなり、何するのよ」
私はあわててドアを押し返し、手で押さえっぱなしにする。
扉のむこうから、
「いまさら。昨日誰がスーツ脱がせてあげたと思ってるの?」
という声が聞こえる。
「え……自分では、ないの…?」
「俺帰ってきたら、一葉、テーブルに突っ伏して寝てたもん。シワになったら困るかと思って声かけたんだけど、寝ぼけて埒あかないから、俺が脱がせてあげたんだよ。さすがにストッキングは自分で脱いでたけどね。よろよろベッドに向かいながら。だからさ、今さら照れてないで、はやく開けて」
「いまは意識あるもんっ、恥ずかしい!」
「だってさ、俺、もう脱いじゃったし」
私は呆れつつ、仕方なくドアから手を放す。
瞬間、豪快にドアを開けて彼が入ってくる。
隠しもせずに。
付き合いはじめて2年半、一緒に暮らして1年半近くが経つけれど、いまだに目のやり場には困ってしまう。
特に、大きくなって存在を主張するソレを見ると、ちょっとテンパる。
シャワーに近い位置を譲る形で、彼と場所を入れ替わり、私は体を洗い始める。
彼を見ないように、彼に見られないように、彼と背中あわせ、つまり私はドアの方を向いて、クルクルとスポンジを這わせる。
と、背中から胸に向かって、何かが這ってきた。
「一茶|《 いっさ》くん、朝から、何するのかな?」
私は大袈裟にため息をつきながら彼に問いかける。
「だって、一葉夜は相手してくれなかったじゃん」
そう言いながら手を下に這わせる。
私は彼の手首を掴み、自分の体から遠ざける。
「洗ってあげようと思ったのに」
子供みたいにふてくされる彼を諭すように、
「デリケートな部分に石鹸をつけないでください」
と注意を与える。
「ごめん」
「わかればよし」
と、手を解放してやった瞬間、彼の手は私の臀部へと移動した。
振り向くと、へへへっ、って顔してる。
まるで子供。
この人は本当に、うちの研究室のエースかしら?
「松尾くん、今日は早く学校行かなくていいのかな?」
「ん、今日2限からでいい」
私の肩に顎を載せて答える。
「じゃあ相手してあげるから、とりあえずはやく頭と身体洗っちゃいなさい」
私は彼を振りほどき、シャワーに手を伸ばす。
「洗ってぇ♪」
満面の笑みでねだる彼の顔にシャワーをぶっかけてやる。
そうして私はさっさと自分の身体を流して、浴室を後にした。
彼が上がってくるまでの間に、台所で炊飯器に米をセットする。
昨日の朝の洗い物は私が寝ている間に彼がしてくれていたみたい。
私の夕飯の弁当の容器も、ちゃんとゆすいでゴミ箱に入れてくれている。
ただの甘えたちゃんに見えて、要領良く家事がこなせちゃう。
そんなところも、実験には向いているんだろうな。
バスタオルを巻いたまま台所に立つ私だって、十分理系人間なのだろうけれど。
脱がされるとわかっているのに、いちいち着替える気にはなれない。
髪の毛だって軽く梳かしただけ。
ショートだから、ことを終える頃には半乾き。
そこにワックスをつければ、出掛ける頃にはすっかりセットされた髪型になる。
水をボタボタたらしながら、風呂場から出てきた彼は、私をベッドまで押して行く。
こんなことが控えていなければ、きっちり身体の水を落として、風呂場の壁まで拭いてくるような人間なのに。
私にはそこがおかしくて、いとおしい。