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おじいちゃんは今日も元気

作者: ももぷに

失われつつある家族の形態。じっくり考えて見つめ直してみませんか??

 ぼくは、学校が終わるとおじいちゃん家に行く。おじいちゃんは、あまりしゃべらない。ぼくも、だまっている。おじいちゃんは、じーと梅干しを見つめながら、ちびりちびりとお茶を飲んでいる。ぼくは、そんなおじいちゃんを見ながら、オレンジジュースをちょびちょびっと飲む。ママの仕事が終わって迎えに来るまでの間、そうやって二人で過ごしている。

 ママの話だとおじいちゃんは、とてもおしゃべりで面白い人だという。どこが? と、ぼくは、思っている。だって、電話が来たっておじいちゃんは、何もしゃべらずに、ただただ受話器を耳に当てているだけだ。

 でも、一人で留守番するよりも、まだ、おじいちゃんといたほうがいい。少しは、寂しくない。

 おじいちゃんの住んでいる街に引っ越してきて、1か月が経った。新しい大きな家に、パパとママとぼくとで、住むことになったのだ。パパの会社からも近い。ぼくは、学校を変わることになった。友達とお別れするのは、つらかったけど、ぼくだけ、引っ越さずにその街に、住み続けるわけにもいかない。しかたなく、引っ越してきた。

 引っ越しをしてすぐにママは、スーパーでお惣菜の仕事を始めた。新しい街だから、この街に慣れるまでは、一人で留守番も無理だろうと、ぼくはおじいちゃんのところで過ごすことになったのだ。

 おじいちゃん家の時計が、ぽっぽっぽと5回鳴くとママが、迎えに来る時間になる。ママは、おじいちゃんに、スーパーで作っているお惣菜を渡し、ぼくを連れて家に帰る。

 「また、明日もよろしくお願いします」

おじいちゃんにママが、そう言っても、おじいちゃんは、こくりとうなずくだけだ。

 「ほら、翔太も、おじいちゃんに、きちんとあいさつしなさい」

ぼくは、気乗りがしないまま、

 「さようなら」

とぼそっと言うと、かすかにおじいちゃんの口が動く。

 「あぁ」

すかさずママが、

「お礼もちゃんと言いなさい」

ぼくがお礼を言っても、おじいちゃんは、やっぱり、同じだ。

 玄関を出て、振り向くとおじいちゃんは、ぼんやりとした顔で立っている。

 

 「おじいちゃんと仲良くなれた?」

帰り道、ママは、いつもぼくにそう聞く。

 「今日も、にらめっこしてたよ」

 「そっか。でも、あせることは、ないから」

家までの坂道を登りながら、自分に言い聞かせるようにママが言う。夕方の太陽がママとぼくの顔を照らす。

 「おじいちゃんは、コップ一杯のお茶を飲むのに、今日は、120回口をつけてすすっていたよ」

 「ふーん」

ママは、ぼくの話も上の空で、違うことを考えているみたいだ。


 おばあちゃんが、遠い国に行ってしまったのは、半年前のことだ。それは、あまりに突然の出来事だったそうだ。もともと心臓が弱かったけれど、薬を飲み飲み、なんとかやり過ごしていた。近所の人たちと立ち話をしているときに、かくんとなってそのままだったらしい。回りは、心の準備も何もできていなかった。

 電話が急に入り、おばあちゃんのことを聞かされたとき、ぼくは思わず、「えー」と声をあげてしまいそうになった。ずっと、おばあちゃんはいないのだと聞かされていたからだ。

 詳しいことは、知らないけれど、パパとママは、結婚を反対されて、お互いの家を飛び出して結婚したそうだ。ずっと長い間、パパは家に帰れなかったのだそうだ。それで今までずっと、田舎は無いと聞かされてきた。

 ママの田舎は、本当に無いのだけれど、パパには田舎があったのだ。その話をおばあちゃんのお葬式の時に、おじいちゃんの弟さんに聞いた。もちろんその弟さんにも初めて会った。ぼくは、今までいないからとあきらめていた田舎が、急に出来て、最初は、驚いたけど、そのうちに、うれしくて、うれしくてたまらなくなった。

 お葬式でおじいちゃんは、魂が抜けたように、ぼけーっとしていた。おじいちゃんは、ぼけちゃったんじゃないかと、回りの人たちが、心配していた。おばあちゃんの写真を見つめ続けて、ぶつぶつと独り言をいってみたりしたからだ。

 「親父を一人には、させておけないな」

パパが、そうつぶやいていた。


 おじいちゃん家に通うようになってから、パパがしきりにおじいちゃんのことをぼくに聞いてくるようになった。ぼくは、うそをつかないで、正直にそのままの話をした。

 「そうか。梅干しを見つめているのか」

パパは、泣きそうな顔をした。

 「おじいちゃんにどうして梅干しを見つめているのか、聞いてごらん。きっといい話が聞けるから」

ぼくには、意味がよくわからなかった。でも、いつまでもお見合いをしているわけには、いかないので、次の日に、聞いてみることにした。


 今日も、おじいちゃんは、梅干し見つめて、お茶をすすっている。ぼくは、(話しかけにくいな)と思ったけれど、思い切って、声をかけてみた。

 「おじいちゃんは、どうして、梅干しを見て、お茶を飲むの? 食べながら飲めばいいのに」

おじいちゃんは、ささやくような声で、

 「ばあさんが、いなくなるからだ」

と答えた。

ますますぼくには、わからなくなった。おばあちゃんが、梅干しのはずはないし。

 「おばあちゃんは、人間だよ。梅干しじゃないよ」

ぼくの問いにおじいちゃんは、言葉をかみしめるように答えた。

 「そうだな。ばあさんは、梅干しじゃないな」

おじいちゃんは、お茶をちょっぴり口に含んで、

 「言葉は、正しく使わんとな。食べてしまうとばあさんが、作った梅干しがなくなってしまうからだよ」

おじいちゃんの長いセリフを初めて聞いたので、ぼくは思わず、

 「おじいちゃんが、しゃべった」

とびっくりしてしまった。

 「そりゃ、しゃべるわ」

おじいちゃんは、それからせきを切ったかのように、しゃべり始めた。

 「梅干しを見ると、すっぱーいものが、こみ上げてくるから、それで、お茶をごくり。そうすれば、このばあさんの梅干しが、なくなることなく、ずぅーと楽しめる。わしも考えたんじゃ。頭いいだろうが」

あまりの勢いに今度は、ぼくがだまりこくってしまった。

「いやー。だまっているのは、やっぱりどうも性に合わん。人間は、しゃべらんとな」

それから、いつものように時計が、5回鳴るまで、おじいちゃんがしゃべり続けた。梅干しについて、作り方から、味の違いなど、これがいつものおじいちゃんかと思うくらいにしゃべっていた。

 でも、ママが来て、帰るときになると、また、しゃべらなくなってしまった。

 玄関を抜けてぼくは、ママにおじいちゃんとおしゃべりをした話をした。

「まだ、許してくれないのかな?」

坂の途中で、ママが悲しそうに言った。ぼくは、何も言えなかった。


 梅干しの話をおじいちゃんから聞いてから、何回かおじいちゃん家へ行った。でもまた、元のしゃべらないおじいちゃんに戻っていた。二人でそれぞれのコップを見つめあっていた。おかげでジュースのコップを絵に描けと言われたら、描けるくらい観察できた。

 時計が4回鳴った時、今度はおじいちゃんが、ぽつりとつぶやいた。

 「わしは、役に立たん年寄りじゃ」

ぼくは、あわてて、

 「そんなことないよ」

と答えようとすると、おじいちゃんが、即座に、

 「と、思うじゃろ? 実は、違うんじゃ」

力の抜けるようなセリフの後で、

 「わしが人助けをした話をするから、よく聞きなさい」

とおじいちゃんが、切々と話し始めた。


 ばあさんがいなくなって、張り合いをなくしてな。つらくて、つらくて、寂しい毎日を過ごしておったあるとき、わしは、ふと思うことがあって、近所の山を登り始めた。そこは、そこそこ高さのある山で、毎年、遭難する人も出るくらいの山じゃ。

 なんで、山登りかわかるか? ばあさんは、その山が好きだったから、そこに行けば会えるような気がしてな。

 ゆーっくり、ゆっくりと登って行って、そうだな、3時間くらいかけて、山頂に着いたんじゃ。ばあさん、ばあさん、もうすぐ会いに行くよって思いながら、登って行ってやーっと、山頂じゃ。

 山頂で下界を見てみると、街が小さく見えて、あぁ、自分の存在はなんてちっぽけなんじゃと思うてな。これくらいのことで、悲しんでいる自分が、馬鹿らしく思えてきてな。そうか、いっそのこと、ばあさんの処へ、行けばいいのかと思ったんじゃ。

 そうしたら、突然、、びゅーっと風が吹いてきて、わしの帽子を飛ばしたんじゃ。あっと思う間もなく、帽子が飛んでってしまった。帽子の行方を探そうとわしは、必死になった。それもそうじゃ、その帽子は、ばあさんが、わしの誕生日に買ってくれた、大切な帽子じゃ。無くしたら、ばあさんが、本当にいなくなってしまう。

 わしは、帽子の飛んでった方角を目で追いかけたんじゃ。手すりにつかまって、下をのぞいたり、そりゃあ、もう、回りの人が見たら、おかしいんじゃないかと思うくらいじゃった。

 あの帽子は、わしの身代わりになってくれたんじゃないか、わしの代わりにばあさんの処へ行ってくれたんじゃなかろうかと思っていたときに、奇跡が起きたんじゃ。

 「もしもし、この帽子は、あなたのですか?」

肩をたたかれて、振り向くと、そこに、よれよれの服装をして、疲れきった顔のおばさんというと失礼だから、そうそう女性が立っとった。その女性は、わしの顔を見て涙を流して、喜んでるんじゃ。

 「あなたのおかげで、助かりました」

女性の話によると、道に迷って、さ迷い歩いて、もう駄目だと思っていたら、空から帽子が降ってきて、どこから来たんだろうと思っていたら、上が何やら光っている。その光を頼りに無事、山頂にたどり着くことができたと、いうわけじゃ。

 このときほど、わしは、頭が光っていてよかったと思った時は無いぞ。

 帽子も戻ってきたし、女性には感謝されるし、生きててよかったと思ってな。死にたいなんて気持ちが、失せてしまったわ。


 「それがその時の、帽子じゃ」

おじいちゃんは、得意げに見せてくれた。確かにところどころ、土がついていて、くたびれている。それにおじいちゃんの頭は、光を反射しそうなくらいに、ぴかぴかに光っている。

 「じゃあ、おじいちゃんは、今、幸せなの?」

ぼくの問いにおじいちゃんは、

 「幸せかなんて考えたこともないな」

頭をなでながら、答えた。

 「じゃあ、翔太君は、幸せかな? 」

 「ぼくは、みんなが笑顔でいればそれが幸せだよ」

 ぽっぽ、ぽっぽと時計が、5回鳴った。

 「すいません。益恵です」

ママが、迎えに来た。

 「ママ、おじいちゃんは、だてにつるつる頭じゃないんだよ」

ぼくがそう言うとママは、あせって、

 「すいません。失礼なこと言ってしまって」

と、申し訳なそうに言った。

 「また、来いよ」

おじいちゃんが、初めてママの前で、はっきりと声を出した。

 「よろしくお願いします」

うっすら涙を浮かべながら、ママが答えた。


 その日は、ママもうれしそうに、パパにおじいちゃんの報告をした。パパもうれしそうに、「この調子でうまくいくといいな」などと、ママと話をしていた。

 ぼくはパパにおじいちゃんの人助けの話をした。

 「おじいちゃんは、すごいんだね。ぼく、びっくりしたよ」

するとパパは、困った顔をして答えた。

 「親父の悪いクセが出たか」


 新しい家には、一つだけ使っていない部屋がある。一階でよく陽のあたる、10畳もある和室だ。この部屋からリビングを見ることもできる。庭につながる縁側もあり、住み心地のよさそうな部屋だ。この家を買うときに、この部屋のつくりが気に入り、購入を決めたという。そう、この部屋は、大切な人のために、用意されているのだ。

 そして、この家に引っ越してきた日から、ぼくには、大切な仕事が任された。おじいちゃん家に行くのも、その仕事のためだ。もちろん、おじいちゃんが、好きだからという理由もあるのだけれど。


 おじいちゃんの武勇伝を聞いた次の日、家に行くとお葬式の時に会った、おじいちゃんの弟さんがいた。弟さんは、日本酒を一升びんから手酌しながら飲んでいた。

 「兄貴もね、いい加減に意地張るのやめたら?」

 「意地なんか張っとらん」

険悪な雰囲気だ。今日のところは、帰ったほうが利口かもしれない。

 「おじいちゃん、今日は帰ります」

おじいちゃんは、黙っている。ほどなくして弟さんが、腰を上げた。

 「じゃあ、俺も帰るか。お孫さんは、送って行くよ」

弟さんは、そう言って、靴を履き始めた。

「そんなんじゃ、かみさんも成仏できないよ。いつまでも、しがみついていたらだめだよ」

最後に、捨て台詞を残して、弟さんは僕と一緒に家を後にした。

 

 弟さんは、ぼくの知らない話をしてくれた。パパには婚約者がいたのに、それをけってママを選んだそうだ。親もいない、身寄りもないママをおじいちゃんは、認めることができなかったのだそうだ。それは、いまだにそうで、許してはいないらしい。でも、弟さんの話では、おじいちゃんは、人見知りをするタイプなので、なかなかとっつきにくいけれど、普段は話し好きなのだそうだ。心の中では、認めてあげたいのに、それを表現できないだけなのだという。


 ぼくが家にいないことを知らないママが、おじいちゃん家にいったそうだ。いつもとおりに同じ時間に迎えに行くと、おじいちゃんだけがでてきて、びっくりしたらしい。おじいちゃんは、ママからいつものお惣菜をもらうと、ぺこりと頭を下げ、

 「明日も来てくれるかの?」

と言ったそうだ。おじいちゃんは、ぼくが来るのを楽しみにしてくれているとママが言っていた。この調子で、みんながおじいちゃんと仲良くできるようになればいいのに。


 言われたようにおじいちゃん家に行くと、おじいちゃんは申し訳なさそうに、照れ笑いを浮かべていた。

 「昨日は、せっかく来てくれたのに、悪かった」

初めておじいちゃんが、謝ってきた。そこでぼくは、おじいちゃんにママの話をした。ママは、料理が上手で、優しいんだよ。ママはおじいちゃんと仲良くしたいと思っているんだよ、パパだっておじいちゃんが心配で、わざわざ近所に引っ越してきたんだよ。と。

その話を聞いていたおじいちゃんが言った。

「どうして翔太君は、おじいちゃんに優しくしてくれるのかの?」

 「だって、今までいないと思っていたおじいちゃんが、急にできて、ぼく、ほんとうにうれしいんだ。おじいちゃんが、家に来てくれるのなら、ぼくは大歓迎するよ」


 土曜日のある日、パパがぼくに、今日はおじいちゃん家に行くように言ってきた。理由を聞くと、パパは風邪気味で病院に行かなくては行けなくて、ママも仕事があるというのだという。学校は休みだから、昼間から行ってきてくれないかという。ぼくは、断る理由が見つからず、了解した。その代わり、早い時間に迎えに行くし、おじいちゃんには、電話をしてあるから、大丈夫だという。


 おじいちゃんと向かい合わせに座って、いつものようにお見合いをしている。

 「翔太君は、いつもおじいちゃん家に来てるけど、友達はいないんじゃろか」

今回もおじいちゃんが、沈黙を破った。

 「いるよ。でも、学校でしか、会わないから」

 「おじいちゃん家に来て、楽しいか?」

 「今のぼくには、友達よりもおじいちゃんが、大切だから」

おじいちゃんは、核心をつくような質問をしてくる。ぼくには、パパとママに託された大事な仕事があるのだ。その仕事が無事に終わったらもちろん、友達と遊ぼうと思っている。

 「おじいちゃんのために、自分を犠牲にすることはないよ」

おじいちゃんが、ぼく達の計画もわかっているような顔つきをした。

 ぴんぽーん。玄関のチャイムが鳴り、おじいちゃんが、よっこいしょと出て行った。すると、そこに立っていたのは、

 「親父。今日は、話に来たよ」

パパだった。後ろには、ママもいる。ぼくは思わず、

 「パパ、風邪引いたんじゃないの?」

と切り出した。するとおじいちゃんが、

 「風邪がひどくなったら困るから、中に入れ」

と手招きをした。

 ぼくを挟んでパパとママが座り、正面におじいちゃんが座った。

「親父、もう、気付いていると思うけど」

パパが真剣な顔つきで話し始めた。

「一緒に暮さないか?」

だんまりを決め込むおじいちゃん。

 「お義父さんのための部屋も用意してあるんです」

 「おじいちゃん、一緒に暮らそうよ。また、面白い話を聞かせてよ」

ぼくもおじいちゃんを説得する。おじいちゃんは、悟ったかのように、

 「風邪なんて嘘だろう。わしをだましたな」

とパパを責め始めた。パパはパパで、強気な態度に出始めた。

 「嘘をつくのは、親父の18番でしょう。あることないこと、作り話をぺらぺらしゃべって。おかげで、こっちは、どれだけ迷惑したか」

と、負けていない。

 「子供のころ、親父が庭を掘ったらダイヤが出てきたっいうから、みんなに話して自慢して、見せてやるからってみんなを呼んだら、親父はみんなに車のタイヤを見せて。違うじゃないかと文句を言ったら、ダイヤじゃなくて、タイヤだと、言ってさ。あれは、恥かいたよ。あのあと、みんなからダイヤマンって陰口叩かれて、ひどい目にあったよ」

おじいちゃんは、素知らぬ顔をしている。

 「まだ、あるよ。学校の担任は、焼き芋が好きで、好きが高じて焼き芋の屋台を買ったっていうから、今度食べに行かせてくださいって言ったら、ふざけるなって大目玉食らって。それから」

 「昔の話など、もう、どうでもいい」

おじいちゃんが、そう言うのを聞くや否や、パパが、

 「じゃあ、俺達の結婚の話も今さらどうでもいい話ですね」

と切り返してきた。「しまった」、と小さい声で、おじいちゃんが言った。沈黙が流れた。

突然、二人のやりとりを聞いていたママが、笑い始めた。つられるようにしておじいちゃんも、「してやられた」と笑った。ぼくは二人に悪いと思い、一生懸命笑いをこらえた。そのうちしまいには、パパまで笑い始めた。

 でも、おじいちゃんが、とんでもないことを言い放った。

 「おじいちゃんは、施設に入るから。何の心配もいらないよ。この家も売りに出すから。早ければ、明日にも施設へ入るから」


 パパは、ショックを受けていた。ママは、おじいちゃんが決めたことだから、仕方ないわねと半分あきらめていた。「もっとよく考えてから、家を買えばよかったのに」と反省会を二人で開いていた。結局結論として、おじいちゃんが、施設でやっていけなかったら、気持よく迎え入れようという話にまとまった。ぼくは、おじいちゃんが、いいようにすればいいと思っていた。

 朝になり、昨日の話し合いが長引いたのか、パパとママが、なかなか起きてこなかった。ぼくが朝ごはんでも食べようかなとパンに手を伸ばすと、玄関先がざわざわとにぎやかになり、玄関の呼び鈴が鳴った。何だろうと思い、インターフォンで話を聞くと、引っ越し屋だという。引っ越し? まさか。

 そう。そこには、引っ越しの荷物とつぼを抱えたおじいちゃんが、立っていた。そして、引っ越しの業者にてきぱきと指示を出し始め、その騒ぎの中、パパとママが起きてきた。

二人ともその様子に、驚いている。

 「空いてる部屋って、ここかな? 」

おじいちゃんは、和室に荷物をいれるように業者さんにお願いし、大事そうに抱えていた梅干しのつぼを床の上におろした。

 「まぁ、この家が施設みたいなもんだよ。わしは、孫と暮らしたくてこの部屋にいるんだからな。それだけは、忘れんといてくれ」

おじいちゃんは梅干しのつぼをなでながら、つぶやいた。

 「ありがとう」

 おじいちゃんが、笑っている。パパも笑っている。ママもぼくも笑っている。みんなが笑っている。それだけで、幸せだ。

 



いつまでも、夢を追いかけて。あなたの夢は何ですか?書き続けることで、見つかる何か。その答えが見つかるまで、書き続けていたい。

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