序章 絶望の果て
――クロエ!
村のヤツらが父さんを処刑したあと、次は俺と母さんの番。
今までは家の中に立てこもっていたけど、もうすぐそれも破られる。
それがわかった瞬間、母は子供の俺が通れる大きさの窓を指さし叫ぶ。
――逃げなさい、クロエ!
そしてすぐにバリケートを作った扉の前に立って必死に抑え込んだ。
ドンドンと激しく蹴破ろうとする音、ミシミシとバリケードにした家具が軋む音、そして何人もの怒声を耳にしながら窓から外へ出る。
――何人かこっちに回せ! ガキが逃げようとしている!
俺を見つけた大人が叫ぶ。
なりふり構わず俺は走りだした。
瞬時に手を伸ばされるも、地面に転がりすぐさま起き上がって村の外へ向かって駆ける。
後ろからいくつもの罵声が聞こえた。
――この女石を投げつけやがった!
――もういい、どうせ殺すんだから、今ここでやっちまえ!
ぎゅっと唇を噛みしめる。
視界が涙で滲んだ。
ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう!
噛みしめた口からは血の味がする。
それでも、振り返らずに走った。
あまりにも悔しい。やるせない、許せない。
道中、街中の何人かの大人は俺を見つけても見て見ぬふり。
それは優しさなどという温かいモノではなく、関わり合いになりたくない、というものであることを俺は知っている。
あんなに父さんの世話になったのに!
そう思っても、今叫ぶ余裕などない。
いくらまいても、すぐに追いかけられる――だけど並の大人に捕まるもんかっ!
バクバクと内側を叩く心臓を押さえつけるようにぎゅっと胸をつかんで走り続ける。
そんな時、突如頭に衝撃が走った。
ぁ、と声がもれてぐらりと身体が揺れる。
わけがわからず額に手をやると
どろりとした感触。
だらだらと流れ出す赤い血。
――――罪人の子供も罪人だ!
再び石を投げられた。
――罪人の息子が! 大人しく殺されろ!
いたい。
ズキズキとする痛み。
――殺せ殺せ!
その叫びから遠ざかるように走り続ける。
目指すは村から離れた魔の森と呼ばれる場所。
あそこなら、きっと誰もついてこない。
息が苦しくなりながらも、走り続けようやく村の外へ。
道中までついてきた大人達も俺が目指す場所を察し、足を止めたはずだ。
――一旦退却して、人を集めるぞ!
――馬鹿野郎、ガキはどうすんだ!
――あそこなら死んだも同然だ、放っておけ!
――放っておけるか!? 見逃したとあったら今度は俺達が酷い目にあうぞ――――。
距離が離れるにつれ、次第に何を話しているかわからなくなり、森の入り口に入る頃には大人達の声は聞こえなくなった。
そのまま俺は息を整え、奥へと進む。
月明かりでボンヤリと照らされているが、その光を森の木々が遮って、目の前にあるのは暗闇だけ。
数多くの魔物が生息するこの場所には村人はやってこない。
入るにしても入り口付近、しかも魔物討伐用武器をもって、何人も人を集めてようやく、といったところ。
勿論俺だって、魔物に襲われれば無事で済む保証はない。
けど村にいてもどうせ――
その思いで森に入り、周囲を警戒しながら進む。
以前から大人達のいいつけを破り、何度も探検した。
昔やんちゃだったという母に隠れ方を、父さんには魔物が出没する条件を聞いていたから。
身体だって、大人になったら剣士になるために鍛えていたんだ。
まだまだ動ける。
パンパンと両頬を叩いて、震える身体と心が折れないように言い聞かせて、
更に森の奥深くへと進んでいった――――。
どれだけ時間が経ったのか。
逃げて逃げて逃げ続けて。
うなり声や、魔物寝息に怯えても奥へ奥へと進み。
今はもう、時間の感覚がわからない。
まだ太陽は昇っていない。
辺りはただただ暗く。
木々の隙間からボンヤリと銀色の満月がぽつりと見えるだけ。
それしかわからない。
ざわざわと風の音が聞こえる。
かさかさと葉のこすれる音も。
そこに虫の鳴き声が重なり。
最後に自分の息づかい。
それが世界の全部を満たしていて、もうそれだけしかないような、よくわからない感覚になっていた。
怖くて・・・・・・けれど悔しくて、感情がぐちゃぐちゃでどうにかなりそうだった。
幸せな生活、大事な家族だった。
だから守るために鍛えていたというのに、今は自分だけが助かる糧にしかなっていない。
こんなことのために鍛えていたわけじゃないのに。
そんな事を考えていた時、足下の草が絡まり、体勢がくずれる。
ドサリと倒れこむ。
不思議と痛みはない。
あるのはただただ疲れているという事だけ。
さっきからずっと頭がぼうっとする。
夜なのに、真っ暗はずの視界が白くなっていって、何も見えなくなる。
わけがわからない。
わからないけど、見えなくなるだけじゃなく、意識がとぎれそうなのがわかった。
助けてくれる大人は誰もいない。
父は殺され、母も俺をかばうためにあの場に残った。
後に残っているのは、自分のために俺を殺そうとする大人と、見て見ぬふりをする大人、それしかいないから。
だからこんな森の奥深くの場所で、誰にも助けられることなくいれば、いずれきっと――。
もうそれでいいや――。
助かろうとする気持ちさえなくなり気を失う直前。
――あら?
俺は、誰かの優しい声を聞いたような気がした――――。




