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勘違いから始まる辺境伯との文通生活、返事がだんだん甘くなっているのは気のせいですか?  作者: 九葉(くずは)


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第8話 招聘状

王立学術院の封蝋は、金色だった。


蜂蜜漬けの木の実の色に似ている。辺境伯領に来てから、私はこんな比較ばかりしている。王都の景色も、言葉も、匂いさえも、ここから見ると違って見える。遠い世界の出来事のように。物理的な距離ではなく、心の距離が変わったのだ。ここは、もう私の場所になっていた。


学術院からの手紙は着任から一ヶ月後に届いた。私の薬草園が周辺領で評判になったらしい。


ゲオルクが言った。「周辺領からも見学の打診が来ています。西領の領主からも『素晴らしい品質だ、どうしているのか』とメッセージが」


西領。兄ヘルムートの盟友だ。私がいなくなった直後、兄は薬師たちとの取引を失った。でも、辺境伯領で育てた品質の良い薬草は周辺の薬師にも売れ始めている。結果として辺境伯領が経由地として重要になった。兄はまた、私の仕事を——


いや。もう、それを考えるのはやめよう。王都にいた時のように、兄の行動に翻弄されるのは終わりにした。


招聘状をもう一度開いた。


〈優れた薬草研究者として、貴殿の業績が学術院の目に留まりました。正式な研究員として、当院での研究継続をご提案いたします。宮廷にて薬学の研究に従事いただけますれば幸いです。給与は月銀貨百枚、研究費別途支給。宮廷での研究所の一室を提供いたします。——王立学術院院長 ジーゲルバート〉


祖母の夢だった。


宮廷薬師。学術院での研究。書籍の出版。学術的な認知。祖母はそれを望んでいた。「エルザ、お前ならできる。私たちが成し遂げられなかったことを」と何度も言った。祖母の死後、兄が邪魔をした。蒸留器を処分された。それを乗り越えて、ここ一ヶ月で成し遂げたことが、今、報われようとしている。


嬉しかった。本当に嬉しかった。胸が高鳴った。こんな感情は久しぶりだった。でも、同時に、別の感情が沸いた。


辺境伯領を離れなければならない。


温室を。薬草園を。あの人の隣を。


その認識が、嬉しさを押しつぶそうとしている。


◇◇◇


その夜、辺境伯に報告した。


書斎で、彼は招聘状を読んだ。何も言わず、黙って読んだ。二度。三度。四度目さえあったか。顔は何も表現していない。対面では三語しか話さない人は、目も表情も全て隠してしまう。


「……良い話だ」


三語。三語で全てが終わった。


「考えさせてください。一週間、ください」


辺境伯は頷いた。


「いい。考えると、いい」


それが全てだった。対面では。


◇◇◇


その夜、私の部屋に手紙が届いた。同じ屋敷にいるのに、手紙で。同じ廊下を歩けば二十歩で着く距離なのに。副官クラウスが届けてくれた時、微妙な顔をしていた。「同じ建物の中で手紙を届けるのは、副官の業務として想定外ですが」と言いかけて、やめた。


〈返信できなかったことを、ここに書く〉


対面では絶対に言わないようなことが、便箋四枚に綴られていた。


〈学術院への出仕は、お前の能力に相応しい。止める理由はない。むしろ行くべきだ。お前の知識は王都で花開くべきで、この辺境で腐らせるのはもったいない。俺に止める権利はない。お前の道を遮ることはできない。できたら——〉


そこで手紙は途切れていた。「できたら」の後に、何があるのか。


追伸の欄は、真っ白だった。消した痕跡もない。何も書かれていない。何を書こうとして、やめたのか。


「——できたら」の後に、何があるのか。


それが、私の全てになった。


◇◇◇


翌日、クラウスが私のもとに来た。毒舌を携えて。


「閣下は、あなたがいなくなることを望んでいるように見えましたか?」


いいえ、と即座に答えた。「でも、止めるとも言いませんでした」


「そうですか」とクラウス。「あの男は、対面では何も言えないのです。心の中に百の言葉があっても、口から出すのは三語。それが気質です。だから手紙を書く。手紙では話が長い。長すぎるほどだ。追伸だけで便箋二枚使うこともある。でも、それでも足りなくて追伸で別の言葉を用意して、でもそれも消す。結局何も伝わらない」


クラウスは、どこか憐れむような目をしていた。主君に対する目ではなく、恋する不器用な男に対する目だった。


「副官、あの『できたら』の後に、何があると思いますか」


クラウスは、笑った。いや、ため息をついた。


「閣下自身にもわからないのだと思いますよ。書き始めて、言葉が足りないと感じて、諦めたのでしょう。対面で失う。手紙でも失う。あの男はいつでも、言葉を失ってばかりです」


◇◇◇


午後、噂が辺境伯領に届いた。兄ヘルムートが王都で「妹は自分の教え子」と吹聴しているという。学術院が妹を招いたのは自分の指導のおかげだ、と。


それを聞いた時、怒りも悲しみもなかった。ただ虚しさだけが残った。もう、兄の言葉は届かない。


夜、薬草園の西側でローズマリーを剪定した。暗がりの中、手探りで枝を選ぶ。無心で鋏を入れた。枝が落ちる。もう一本。芳香が立ち上る。祖母が好きだった香り。


辺境伯は現れなかった。ここ一ヶ月、毎晩のように温室や薬草園に来ていた人が、来なかった。避けているのか。それとも、来れないのか。


二日後、また手紙が届いた。


〈あの「できたら」の後について。俺はお前に言いたいことがある。ずっとある。でもどう言葉にしていいかわからない。だからこの手紙も、また途中で終わるだろう。許してくれ。できることなら、お前の隣にいたい。毎晩、温室で冬薔薇を見つめながら。毎朝、薬草園で新しい緑を見ながら。できることなら、その場所にお前がいてほしい。でも、その場所は学術院にあるのだろう。俺の心の中ではなく。だから行くといい。行くべきだ〉


追伸。また白紙。何も書かれていない。白いだけだ。


「できることなら、お前の隣にいたい」。その一行を、何度も何度も読んだ。


初めて気づいた。自分が何を失おうとしているのか。


祖母の夢は、学術院での研究だ。宮廷薬師。学術的な認知。それは素晴らしい道だ。でも、私の夢は——いつの間にか——変わっていた。


温室で冬薔薇を見つめながら、何も言わずに隣に座ってくれた人。白紙の手紙を抱えていた夜、ただそこにいてくれた人。ラベンダーの挿し木を瓶に生けてくれた人。


その人の隣。その場所。


それを失うこと。


それが、こんなに痛いはずがなかった。


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