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勘違いから始まる辺境伯との文通生活、返事がだんだん甘くなっているのは気のせいですか?  作者: 九葉(くずは)


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第7話 白紙の手紙

薬草園の仕事は、思っていたよりも楽しかった。


毎朝、温室と露地の境界にある作業小屋から始まる。剪定鋏を研ぐ。束ねた薬草を乾燥棚に並べる。庭師たちが「この区画にはセージが合うと思うのですが」と提案すれば、「そうですね。北東角をセージにして、南側にはレモンバーム。西側は日当たりが悪いから、ミント系で」と返す。みんな私の指示を聞いてくれる。文句をつける者もいない。ランゲ男爵家では「使用人」だった私が、ここでは「薬師様」と呼ばれている。


到着から二週間で、枯れかけていた西側の区画がよみがえり始めた。土を入れ替え、水はけを調整し、背の低い品種を並べた。ヒソップ、タイム、マジョラム。どれも丈夫で手入れが少ない。うっすら緑が見え始めている。小さな成果だが、鍬を入れた時の手応えはたしかだった。枯れているだけだと思われていた土地が、まだ生きているという証だ。


庭師のゲオルクが「薬師様、ここ五年枯れたままでした。前の管理人も手の施しようがないって」と言った。五年。辺境伯が温室に心血を注いでいた間、露地の薬草園はずっと放置されていたのか。先代の管理人が急死して二年。誰もこの区画に手を入れなかった。


辺境伯は時折、温室に現れた。何も言わずに花を眺めている。私が何かを植えていても邪魔をしない。見守るだけだ。一度、薄紫の小さな花について「これは」と聞かれた。「ラベンダーの地中海系です。香りが強く、枕に詰めるのに向いています。料理にも使えます。ナイリン地方ではケーキに入れるそうです。祖母はこれを乾燥させてお茶にしていました」と答えると、「そうか」とだけ返ってきた。二語。いつも通り。


でも翌朝、研究小屋に行くと、私が話したラベンダーの挿し木が小さな瓶に生けられていた。水まで入れてある。誰が置いたか、聞くまでもない。


名乗らずに贈り物を置いていく人。手紙では何枚も書けるのに、対面ではこうして黙って置いていく。その不器用さが——嫌いではなかった。


◇◇◇


兄から手紙が届いたのは、その週の終わりだった。


封筒は白い。王都の商人の手を経由している。兄ヘルムートは相変わらず、直接手紙を送る度胸がない。荷物に紛れ込ませるか、商人に託すか。いつも秘密裏の手段を使う。


息を吸って、封を切った。


〈エルザ。帰ってこい。薬師どもとの取引が、お前がいなくなったら途絶えた。お前の顔を見れば連中も折れる。お前の居場所はここだ。他に行くところなどない。早急に返事をよこせ。——ヘルムート〉


五年分の言葉が、一通に凝縮されていた。


五年間、兄の影で薬草を調合した。社交界で何度も聞こえてきた言葉。「ヘルムート殿の作られる薬は素晴らしい」。兄はそのたび微笑んだ。私の名前は一度も出なかった。マルグリットは祖母の蒸留器を「場所を取る」と処分した。引き継ぎ書類を兄の机に置いたが、たぶん読んでいないだろう。


「居場所がない」。兄のその言葉だけは正しかった。王都には確かに私の居場所があった。でもそれは兄の所有物だった。兄の名前に吸収された存在。


辺境伯領では違った。ここ二週間で、初めて仕事が「私のもの」だと感じた。


◇◇◇


返事を書こうとした。何度も。


「兄さん——」と書いて、消す。ペンの走りが悪い。


「帰れません」と書いて、消す。素っ気ない。


「祖母の夢は」と書いて、消す。言い訳くさい。


「あなたは私の」と書いて、消す。何を言いたいのか、自分でもわからない。


五度、六度、七度。紙が黒くなるまで書いて消した。どの言葉も、兄の「帰ってこい」「居場所がない」「他に行くところなどない」に飲み込まれてしまう。五年間、頭の中で繰り返された言葉たちだ。否定するために何を書けばいい。


結局、白い紙のまま封筒に入れた。何も書かずに。色も、印鑑も、署名も。白紙のまま。


無言の拒絶。言葉ではなく、沈黙で。


書き損じた紙の上に、私は無意識に薬草のスケッチを描いていた。ローズマリーの葉。ラベンダーの細い茎。西側の区画に植えたセージの花。どれも辺境伯領で見たもの。王都では見ようともしなかったもの。


◇◇◇


その夜、眠れなくて温室に行った。


真夜中の温室は別の世界だ。暖かく、湿り気があり、かすかに土と緑の匂いがする。外は冬の寒さなのに、ここだけ春のようだ。五年かけて作られたという温室。その五年間を想像すると、気が遠くなる。


冬薔薇が咲いていた。淡いピンク色の小さな花が、暗がりの中でほんのり白く見える。何十本もの茎に、数え切れないほどの花。


「……きれい」


呟いた。自分でも気づかないうちに、涙が頬を伝っていた。兄の手紙のせいなのか、蒸留器のことなのか、それとも全然別の何かなのか。自分でもわからなかった。ただ、涙が出た。


「……ああ」


背後から、声がした。


振り返ると、辺境伯が立っていた。暗がりの中に、ただ立っている。何も聞かない。何も言わない。なぜここにいるのか、説明もしない。「たまたま通りかかった」とも言わない。


彼は黙ったまま、私の隣に座った。冬薔薇を見つめている。


三十秒。一分。二分。時間が流れるだけだ。風もなく、音もなく、暖かさだけがある。沈黙が重くないのは、この人の沈黙が優しいからだ。問いただす沈黙ではない。ただ、ここにいるという沈黙。


「……ここの冬薔薇、きれいですね」


「……ああ」


それだけ。それだけで、充分だった。暗がりの中で冬薔薇の白がぼんやり浮かんでいる。花びらの一枚一枚が、静かに呼吸しているように見えた。


何も求めず、何も要求せず、ただ隣にいる人間の存在。五年間、誰も与えてくれなかったもの。兄は成果を求めた。マルグリットは服従を求めた。この人は、何も求めない。


泣きそうになったが、こらえた。代わりに、そっと息を吐いた。


二時間近く、私たちは何も言わずに座っていた。冬薔薇を見つめながら。


◇◇◇


翌朝、研究小屋に着くと、ノートに付箋が貼られていた。辺境伯の筆跡。


「この品種、学術院に報告する価値がある」


窓から薬草園を見た。西側の区画は大部分が緑に覆われていた。新しく芽吹いた草たちが、朝日を受けてきらめいている。


私の居場所は、私が決める。


そう思った。初めて、そう思った。兄のためでなく、祖母のためでなく、自分自身のために。


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