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第5話 青い輝きを夢見て

 「…今、何て言いました?」


 船長から衝撃的な言葉を聞かされて、一気に酔いがさめた。驚きのあまり、周囲の喧騒が耳に入らなくなってしまった。


 「だから、そこに見える骨董店あるだろう?あそこにアザラシの皮を売ったらこれがまたいい値段でさぁ。」

 「か、海岸で拾ったやつですよね…?それを、なぜ骨董店に?」

 「このあたりにはそういうものを買い取ってくれる店が無くてなぁ。そこなら買い取ってもらえるかと思って。」

 「…ちなみに、船長さんはその皮が何か一目でわかったんですか?」

 「あぁ、もちろん。俺も何回かこの目でアザラシを見たことがあるからな。ただ不思議だったのは、その皮の中身がきれいに無かったんだよ。まるで誰かが中に入ってアザラシのふりをするのかってぐらい。」

 「…っ!」


 鋭い。この船長はここまで的確に真実を言い当てている。しかし、どうも彼の反応を見ていると、セルキーのことを知っているとは思えない。…つまり、彼は「ただのアザラシ皮」を骨董店に売っただけだ。

 …まだ間に合う。今なら、どうにかして手に入れればアウリスを連れ戻せる。しかも、ありがたいことに皮の行方が判明しているため、骨董店に今すぐ行けば買い戻せるかも。反対に、誰かほかの人に買われたら追跡できなくなる。


 「…おい、大丈夫か?ハカセさん、顔色が悪いが…」

 「…すいません、船長さん。お酒は次の機会にゆっくり飲みませんか?急用ができてしまいました。」

 「おぉ、構わないが…。まぁ、無理するなよ。」

 「…ありがとうございます。」


 船長に礼を告げ、足早に骨董店に向かう。いかにも「骨董店」というような古めかしい外見をしている。ショーウィンドウには様々なアンティークが売られている。…正直、その多くは用途もわからないものばかりだが。意を決して入店しようと扉に手をかけた時、中から声が聞こえてきた。


 「お願いします。その皮をください。」


 まずい、先客がいる。このままだと皮を購入されてしまう。そうすれば…

 急いでドアを開けて中に入ると、そこにいたのはアザラシの皮―アウリスの皮を持っている中年の店主と、彼に訴えかけている女性。…間違いない、彼女がアウリスだ。

 ありがたいことに、二人はソフィアのことは眼中になかったようだ。そのまま、ただの客を装って話を盗み聞きすることにした。


 「ダメだ。これは商品なんだから、ちゃんと金を払ってもらわなきゃ。」

 「…いくらですか。」

 「そうだな…ま、こんなところかな。」


 店主は計算機を叩き、彼女に示していた。…到底売る気があるとは思えない、法外な値段を吹っかけていた。


 「そ、そんなお金持ってません。払えませんよ。」

 「じゃあ、交渉は決裂だ。ここは店だ。金がないんだったら諦めるんだな。」


 そう言い放った店主だが、ふと口をつぐんだ。


 この女、金はないが…輝く長い銀髪に可愛らしい顔。細い足に華奢な身体。…上玉じゃねぇか。


 皮を取り戻す手立てがなくなったアウリスは悲嘆に暮れていたが、店主になめまわすように見られていることに気が付き、声にならないような悲鳴を小さく上げた。


 「そうだな…金が払えないなら、別の”価値”で埋め合わせてもらうって手もある。お前みたいな上等な娘なら、毎日店に置いておくだけで客が増えるからな。俺の言うことをちゃんと聞いてくれりゃ、いつかはこの皮を返してやってもいいぞ。」


 店主の下卑た目が輝き、アウリスの方へその手が伸ばされた―


 「それ、上等な皮ですね。」


 …思わず、口を出してしまった。どうしよう、とりあえず、店主はこの皮がただのアザラシの皮だと思い込んでいる。だから、これがセルキーの皮だということがバレないようにすれば、今すぐにアウリスに危害が加えられることはないはずだ。


 「…なんだ?お前さん。この皮が気になるのか。」

 「あぁ、パッと見ただけでわかるが、それは貴重なものだろう?」

 「ほう…お前さん、この価値がわかるか?」

 「もちろん、これほどまでに完全な状態の皮はなかなか見られない。」

 「(満足そうにうなずきながら)いい目を持ってるじゃないか。」


 店主が自分から手を引いたことにほっとしている反面、自分の皮が取り引きされる現場を目の当たりにすることになったアウリスは悲痛な面持ちでこちらに歩み寄ってきた。


 「お、お願いします。その皮は、私の…私の大事なものなんです。だから…」

 「るっせーな!取引の邪魔なんだよ!」


 店主に怒鳴られ、アウリスは縮み上がってしまった。それでもまだ諦める様子はなく、ソフィアには痛切にうったえ続けている。


 「あの、その皮を買うのはやめてください…お願いします。」

 「(アウリスを見ないようにしながら)この皮、いくらでいただけますか?」

 「そうだな…(計算機を叩く)これぐらいでどうだ?」

 「ふむ…手持ちがそれほどはないな。代わりにこの魔鉱石も併せて対価とすることはできるか?」

 「ほう、珍しい品だな…。ちょっと見せてみろ。」


 今、アウリスに反応するわけにはいかない。アウリスと繋がっていることがバレてしまえば、値段を釣り上げ、ほとんど購入できないほどまでにしてしまうだろう。そうならないようにするには、アウリスを無視するしかない。


 「…ねぇ、お兄さん。お願いします。あの皮だけは、どうか…」

 「私が皆のところに帰るのに必要なんです…」


 …辛い。苦しい。このまま取引を終えられたら、アウリスが助けられると思っていても心が痛い…。でも、ここでくじけてしまったら、このままアウリスはこの骨董店で一生を終えることになるだろう…。もちろん、盗み出すといった方法も考えられるが、それは最終手段。なるべく穏便に済ませたい。


 「いいぞ、お前さんが提示した金貨とこの魔鉱石、そいつらとこの皮で取引成立だ。」

 「嘘…」


 ソフィアと店主が取引成立の握手を交わした瞬間、アウリスは膝から崩れ落ち、彼女の目から光が消えた。彼女にとって、皮はもう手の届かないものになってしまった。

 もう、みんなの元へ戻ることができなくなってしまった。


「…フィリア、アビッサ、リヴィエル、みんな…」


 消え入るような声で島の仲間たちの名前を呼んでいたが、その場にうずくまって動けなくなってしまった。


 店主は受け取った金貨をすぐに金庫にしまい、魔鉱石を物珍しそうに照明に透かして見ていた。

 ソフィアは骨董店を後にしたが、すすり泣くアウリスの声が耳に残った。


 …しんどい、さすがにしんどい。いくらアウリスを助けるためとはいえ、あんな、あんな態度を取ってしまった…。あとは、彼女がまだ諦めずに僕のことを追ってきてくれればいいんだけど、厳しいかも。あの瞬間のアウリスの顔、頭に鮮明に刻み込まれてる。本当はあんな顔させたくなかったのに…。もっといい方法もあっただろうに…。今の僕にはこんな方法しか思いつけなかった…。


 ソフィアがしばらく待っていると、骨董店のドアが乱雑に開けられ、道路にアウリスが投げ出された。


 「いつまでもめそめそしやがって!店の邪魔なんだよ!」


 ドアがバタンと大きな音を立てて閉められたのを確認すると、すぐに、だけど急がずに、あくまでも穏やかにアウリスに歩み寄る。


 「…少し、そこの路地裏で話がしたい。」

 「…はい。わかりました…。」


 アウリスはおとなしくソフィアに付き従い、二人は店から少し離れた路地裏に入った。


 「…話したい事なんだけど―」

 「私を娶るつもりですか?」

 「…娶る?」

 「…私、セルキーなんです。その皮、本当に私のもので、セルキーはその皮を持っている男の人と夫婦にならなきゃいけないんです。…でもあなた、全部わかって買ってましたよね。」

 「…」

 「でもいいんです。あんな人のお嫁さんになるぐらいなら、あなたみたいな男の人の方が良いです。」


 我慢しているのか、セルキーとしての運命を受け入れようとしているのか、気丈に振る舞っているが、その目には涙がにじんでいた。


 「あの、いろいろと話したいことはあるけど、まず一つ言わせてほしいこととして、僕は男じゃない。」

 「え…?女の人、ってこと…?」


 アウリスがポカンとしている。まぁ、それもそうか。僕はよく男に間違えられるし。


 「うん、僕は女性だよ。」

 「え?私がお嫁さんだよね?」

 「いやいや、そもそも夫婦になるわけじゃないから大丈夫だよ。」

 「どういうこと…?」


 事態が呑み込めていないアウリスに向かってソフィアは頭を下げた。その手は指先が白くなるほど強く握られていた。


 「アウリス、本当にごめんなさい。さっきは、あんなに訴えかけてきたのに、それを無視して、傷つけるような態度を取ってしまって。」

 「え?え?どういうことですか?それに、私の名前…。と、とりあえず頭を上げてください。」

 「(頭を上げてアウリスの目を見る)…実は、フィリアから君を探すように頼まれたんだ。」

 「フィリアが?」

 「うん。手紙も預かってる。(フィリアの直筆の手紙を渡す)」


 アウリスは震える手で手紙を受け取って読み始めた。次第に彼女の目から涙がこぼれ始めた。


 「…本当に、私を連れて帰ってくれるんですか?」

 「うん、僕はそのために来たからね。」

 「あ、ありがとう、ございます…!」

 「…さぁ、帰ろう。」


 差し出された手を握ったアウリスと二人で〈ノクティルカ〉号に帰る。

 帰り道、様々なことを話した。ソフィアの研究のこと。島の皆のこと。そんなことを話しているうちにアウリスの顔にだいぶ笑顔が戻ってきた。

 無事、〈ノクティルカ〉号に着いた。ソフィアが皮を手渡すとアウリスはそれを抱きしめて涙を流していた。


 「あぁ…私の皮。本当に、本当に戻ってきた…」

 「返すのが遅くなってしまってごめんね。一応、僕が買ったことになってるから、僕が持ってないと怪しまれちゃうかなって。」

 「ううん、本当に返してくれたから、もう大丈夫。それに、途中から信じてたの。あ、この人は本当に返してくれるんだって。」

 「…うん、ありがとう。じゃあ、帰ろうか。」


 〈ノクティルカ〉号のエンジンが唸り、港を離れる。もう日が傾き、宵闇が近づいてきている。ソフィアは通信機を起動させ、報告することにした。


 「…あー、こちらソフィア。無事にアウリスと合流。皮も回収して、現在帰路についてます。」

 『(ノイズ)あー、聞こえるか?こちらフィオナ。了解した。そのまま無事に戻ってくるんだぞ。』

 「わかった。」

 『よし、それじゃ…ん?そうだな、はい、どうぞ。』

 『(ノイズ)もしもし、ソフィアさん?聞こえてますか?』


 フィリアだ。


 「もしもし、ちゃんと聞こえてるよ。」

 「フィリア?その声、フィリアなの?」

 『アウリス?アウリス!無事だったんだ!よかった…(すすり泣く声)』

 「うん、無事だよ。もうすぐ帰るからね。」

 『うん!待ってる!』


 薄暮の波間を駆け抜ける〈ノクティルカ〉号の背後に迫る影があった。


 「ソフィア、何か来てる。」

 「…そう簡単に帰してはくれないか。」


 数隻の船がソフィアたちの後を追ってきていた。…こんなことをするのはあいつぐらいだろう。そんなことを考えていると、座席から悲鳴が聞こえた。


 「あ、あ…あの人。私のことを、自分のものにしようとしてた…」


 …やはりいた。先頭の船からこちらに向かって怒鳴っている。どうやら、ソフィアたちの話を盗み聞きしていた人が店主に報告したらしい。それで、ソフィア、実質的にはアウリスを追ってきたらしい。


 「その皮を寄越せ!そうすれば、そこの女は俺のものになるんだろう?」


 もちろん、渡すつもりなど毛頭ない。しかし、このまま島に逃げ帰っても追いつかれてしまう。どうにかして、撃退するしかない。


 「フィオナ、まだ聞こえる?」

 『聞こえてる。何やら大変なことになってるな。』

 「詳細は後で話す。数隻の船を撃退する方法ない?」

 『唐突だな。…私の持ち合わせているものにはないが、アビッサならなんとかできるかも。』

 「オッケー、アビッサに代わって。」

 『(ノイズ)…フィオナから話は聞いた。』

 「じゃあ、お願いしたいことがある。合図をしたら、島の周りに渦潮を展開してほしい。」

 『…俺にはできない。』

 「なんで、渦潮を操れるんじゃ…」

 『俺はかつて、その力で仲間を傷つけた。怖いんだよ、それ以来この能力を使うのが。』

 「でも、僕が出港した後、水道をふさいでくれてたでしょ?」

 『それは、そこに誰もいないってわかってるからだよ。仲間の誰かが怪我をするかもしれない場所でこの力を使うのが怖いんだよ。』

 「…」


 島が近づいてきている。それ以上に追跡者たちとの距離が縮まる。このままだと、島にたどり着く前に追いつかれるかもしれない。


 「アビッサ、お願いだ。力を貸してほしい。」

 『でも…』


 目を泳がせるアビッサ。フィリアもリヴィエルもアビッサに無理強いしない。それは、彼女のトラウマを理解しているからだ。でも、このままだと…。

 その時、マイクの向こうから声が聞こえた。


 『(すすり泣く声)…私、このまま捕まっちゃうの?また、本土に戻されちゃうの?目の前まで帰ってこれたのに…。もうすぐみんなに会えると思ってたのに…』

 「アウリス…!」


 アビッサは通信機の受話器を力強く握りしめた。


 『…タイミングは、そっちが教えてくれ。』

 「…!アビッサ!」

 『俺がやらなきゃ、アウリスが帰ってこれない。仲間を傷つける可能性があるのは怖い。でも、それ以上に仲間を失う方が怖い。』

 「…ありがとう、アビッサ。」

 『タイミングはそっちが指示してくれ。』

 「わかった。合図を出したら。島から少し離れたラインに渦潮を発生させてほしい。」

 『でも、巻き込まれるかもしれないんじゃ。』

 「大丈夫、任せて。」

 『…わかった。』


 …3。背後の船の影がどんどん大きくなる。


 …2。店主の怒鳴る声がはっきりと聞こえる。


 …1。欲望に満ちた下卑た目の輝きが見える。


 「今!」


 海が轟音を立てて揺れる。波間を裂き、大きな渦潮が姿を現す。小柄な〈ノクティルカ〉号はその隙間を潜り抜ける。後続の船は減速することも旋回することも間に合わず、次々と暗黒の海中に飲み込まれていく。


 「アビッサ、最後に一つだけお願いがある。」

 『なんだ、まだあるのか。』

 「海流を変えて、今の人たちを本土に押し流して。」

 『はぁ?!このまま沈めたらいいだろう!』

 「今回、追われてしまったのは僕の責任だ。それで君に人殺しになってほしくない。」

 『…わかったよ、やればいいんだろ?』


 渦潮が次第に小さくなり、船の残骸が浮かび上がってくる。アビッサが槍を振るうと、それに従って海流が変化し、それらの残骸は本土に押し流されていった。


 無事に〈ノクティルカ〉号が着いた時にはもう日が沈んでおり、港はプランクトンの放つ光によって青白く輝いていた。

 アウリスが恐る恐る砂浜に降り立った。


 「あ…あぁ…帰って、来れたんだ…」


 アウリスが感慨に浸っていると、走ってくる音が聞こえた。フィリアだ。司教帽が落ちても構わず駆け寄って、アウリスに勢いよく抱き着いた。


 「アウリス…もう、帰ってこないかと…」

 「フィリア…帰ってきたよ。手紙、ありがとう…」


 二人は涙を流して力強く抱きしめた。

 後から、アビッサとフィオナが来た。アビッサは司教帽を拾い上げて砂を払い、フィリアに被せてあげた。その後、ソフィアの方に歩み寄ってきた。


 「アビッサ、本当にありがとう。」

 「…いや、こっちこそ。それにしても、よく突っ込んで来れたな。渦潮に呑まれる怖さはなかったのか?」

 「うん、アビッサの作る渦潮なら大丈夫って信じてたから。」

 「…そうか。」

 「それと、僕のわがままを聞いてくれてありがとう。」

 「…いや、あれは俺なりのお礼だよ。頼りにして、励ましてくれたお礼。」


 ふとフィオナが桟橋の方を見ると、そこにはリヴィエルが一人でたたずんでいた。


 「リヴィエル、みんなのところに行かないのか?」

 「…フィオナか。私はここでいい。」

 「そうか。」


 振り向いたリヴィエルの瞳はいつも通りの赤と青のオッドアイだったが、かすかに緑色の気配が残っていた。

◎ソフィア・ノヴァのざっくり解説コーナー


 久しぶりにこのコーナーを担当する気がするなぁ。今回も色々と大変だったね。

 まぁ、なんとかアウリスも救出できたからよかったよ。


 後々船長さんから聞いた話だと、あの骨董店の店主、裏で非合法的に様々なアンティークを買い付けては自分の店で売ってたみたい。今回のアウリスの一件以外にもいろいろと余罪が出てきたみたいで、あの店長の一味はみんな捕まって収監されたって。それで、あのお店のものは公的オークションに出されるみたい。非合法的なものは既に押収されていて、ちゃんとした物しか残っていないみたいだし、タイミングが合えば行ってみたいかも…。


 今回のことでイソラの課題は大方クリアだけど、リヴィエルとだけはまだ何も無いんだよね…。どうにかして彼女の信頼も得られるとありがたいんだけど…。

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