第3話 無人島上陸......のはず
波間を進む〈ノクティルカ〉号。ソフィアはその船上で舵を取りながら様々なことを考えていた。
「本当にそんな島が存在しているのだろうか。」
「本当にあったとしてたどり着けるのだろうか。」
「僕が望むような条件なのか。」
「その島に《箱庭》は築けそうか。」
そのようなことを考えていると、波しぶきの向こうからうっすらと巨大な影が浮かび上がってきた。どうやら、噂は本当だったようだ。
船を停泊させ、ソフィアは上陸した。白い砂が広がる浜辺を通り、沿岸の雑木林を抜けると草原が広がっていた。周囲に動くものの気配はない。予想通り無人島のようだ。
魔力検知器も安定して高純度の魔力に満ちていることを示している。ここならば、理想の《箱庭》を建設できるかもしれない。
「いける。僕の理想が、この島でなら実現できる!」
テントを設営して仮拠点を作り、仕上げとして焚火を着けようとしたその時、
「待つんだ。火はつけてはいけない。」
ソフィアが突然響いたその声に驚き振り返ると、そこに一人の女性が立っていた。
黒基調のローブに身を包み厳かな雰囲気でそこに立つ女性。淡い青紫の瞳に妖しい輝きをたたえている。
「あ、あなたは?ここは無人島のはずでは…」
「それはこっちの台詞だよ。ヒト除けの結界は張っておいたはずだが、うまく機能しなかったのか?」
その後も、彼女は何か語っていたが、ソフィアの耳には届かなかった。なぜなら、ソフィアの目の前にいるのは紛れもない、本物の「魔物娘」なのだ。
ソフィアは感激に身を震わせた。本当に出会えるとは思っていなかったからだ。そして、目の前にたたずむ彼女になら、自分の夢を理解してくれるかもしれない。そう思ったソフィアは自分の想いを伝えることにした。
「…あの!」
「ん?何か言いたいことでも?」
「僕、魔物研究員なんです。まだ、新米ですけど。」
その言葉を聞いた瞬間、目の前の魔物娘の目の輝きが変わったように見えた。
「そうか、私と同じ研究職、というわけか。ここには何をしに来た?」
「僕は、自分の夢を叶える為にこの島に来ました。」
「なるほど、夢、か。申し訳ないが、この島ではそれは実現できないだろう。」
「…なんでそう言い切れるんですか?僕の夢を何も知らないのに。」
「この島はじきに海の中に再び沈む。それまでに君の夢を完遂できるか?」
この島が、海に沈む?そんな…夢を叶えられるかもしれない、絶好の条件だっていうのに。その機会を手放さなきゃいけないの…?
「そんな…沈むなんて。そんなこと、信じろっていうんですか?」
「信じがたいかもしれないが、私の調査でそれはほぼ確実となっている。受け入れるしかない。」
「あなたは、あなたは何をしに来たんですか?それこそ、すぐに沈んでしまう島では何もできないでしょう?」
「私は…そうだな、この島の持つ気配に惹かれてきた、とでもいえばいいだろうか。」
「そんな、説明になっていないじゃないですか!僕は、この島を逃してしまえば夢を叶えられなくなるかもしれないんです。何か、何か手立てはないですか?」
「手立て、か。ほとんどないだろうな。君の言った通り、私は君の夢を知らずに話している。だが大概の場合、夢とは遠大なもので、一朝一夕に達成できるものではない。」
確かに、そうかもしれない。《箱庭》計画は長期間かけて進められるものだ。そんなすぐにできるものではない。…それでも、諦められない。
「でも、でも諦めたくないんです!」
「…そうか、じゃあ、私に語って聞かせてみろ。君の夢を。話はそれからだ。」
「僕は…」
そう語り始めた時、ふと思った。こんな話、真に受けてもらえるのだろうか。僕は真剣に考えているが、魔物娘の楽園だなんて、あまりにも幼稚な夢じゃないか。しかも、それを当の魔物娘本人に語ろうとしている。でも、話を聞いてくれると言っていた。だったら、その言葉を信じないわけにはいかない。
「僕は、魔物娘たちがありのまま暮らせる、何物にも怯えなくて済む。そんな場所を作りたいんです。そのためには、陸地から離れている無人島で、様々な環境がそろっていて、魔力も安定していて…そんな奇跡のような立地が必要だったんです。」
彼女は黙って僕の話を聞いてくれていた。
「それで、この島のうわさを聞きつけて、この島なら、魔物娘たちが安心して過ごせる楽園、《箱庭》を作れるかもしれないって、そう思ったんです。…でも、それを諦めなきゃいけないんですよね。もうすぐ沈んでしまうから。」
しゃべっている間に、自然と頬に温かいものが流れ落ちる。自分が何かをしたいと思ったものを、これまで誰かにこれほど話したことがあっただろうか。
少しの沈黙の後、彼女が口を開いた。
「魔物娘の楽園、か。…面白いことを言うんだな、君は。ヒトの間では魔物娘は気味悪がられているだろう?そんな魔物娘たちにそれほどまでに肩入れするなんて、物好きだな。」
「…魔物娘が孤独に命を終えることが多いって聞いた時に、胸が苦しくなったんです。一人ぼっちで、誰にも最期を見てもらうことなく死んでしまう。そんな命を少しでも減らしたいって。僕だけでも、最期を看取れたらって。そう思ったんです。誰か一人だけでも、その存在を覚えている。それだけでも、何か違うんじゃないかなって。そう思ったんです。エゴかもしれませんが。」
声が震えながらも自分の感じたことを全て伝えたソフィア。その言葉を聞いた魔物娘の目の輝きが柔らかくなった。
「…そうか。本気なんだな。…わかった、君の夢に手を貸そう。」
想定外の申し出に、ソフィアは驚いて泣きはらした眼を上げた。
「え?今、手を貸すって…。」
「あぁ、言ったさ。さっきは君の夢を何も知らずに、勝手なことを言ってしまって申し訳なかった。」
「…ううん、大丈夫。あなたの言う通り、この夢は一朝一夕でどうにかなるものじゃないから。でも、どうするんですか?この島はじきに沈むんでしょう?」
「それに関しては考えがある。…それよりも自己紹介がまだだったな。私はリッチ娘のフィオナ。」
「あ、僕はソフィア。ソフィア・ノヴァです。改めてよろしくお願いします、フィオナさん。」
フィオナは目を細めて微笑んだ。
「フィオナ、でいい。敬語は使わなくて大丈夫だから。…もしよかったら、《箱庭》の共同研究者として、君の夢を私の魔術や知識でサポートさせてほしい。」
「そんな、いいの?リッチに共同研究者になってもらえるなんて。」
「じゃあ、これに署名しておこうか。私とソフィアと、二人で共に頑張っていくことを誓って。」
フィオナは懐から羊皮紙を取り出し、そこにPhiona Vosaとしたためた。ソフィアも震える手でペンを受け取り、Sophia Novaとフィオナに倣って署名した。
「じゃあ、早速だが、仲間にすべき魔物娘がいる。彼女を探そう。」
「仲間にすべき魔物娘って、そんなすぐに出会えるの?魔物娘は個体数が少なくてなかなか出会えないって聞いたんだけど。」
「確かに、魔物娘の個体数は少ないかもしれないが、互いの魔力を感じとって自然と引き合う特性がある。特に、ヒトからの迫害や群れからの追放で孤独な魔物娘は互いの波長を感じとって洞窟やダンジョン、森などで身を寄せ合って小規模ながらコミュニティを形成していることもある。」
「そうなんだ。やっぱり、そのあたりって魔物娘だからわかるものなの?」
「まぁ、私が考えているのは仮説にすぎない。それでも、かなり有力だと思う。特に、互いの魔力に引き寄せられる、というものに関しては。」
そう話しているうちに、魔力の流れをたどってきた二人は島の中央部の草原へと出た。すると、そこには一人の女性がいた。緑色の長い髪をたたえてたたずむその姿には全てを包み込むような雰囲気があった。それよりも衝撃的だったのは、島中を巡る魔力の流れの全てがその女性を経由していることだった。
「彼女が、さっきフィオナが話していた仲間にすべき魔物娘?」
「そうだ。彼女こそが《箱庭》計画の基盤となるだろう、文字通りな。」
「…どういうこと?」
「これまで聞いたことないか?アスピドケロンの名を。」
“アスピドケロン”―その名前を聞いた瞬間、ソフィアの中ですべてがつながった。焚き火を止められた理由。島がいずれ「再び」沈むと言われた理由。そして、文字通り《箱庭》の基盤となる理由。それは、この島自体が魔物娘だったからだ。
「…フィオナは気が付いていたの?」
「いや、確証はなかったがそんな気はしていた。さっきも話した通り、魔物娘は互いの魔力にひかれあうといっただろう?」
「それで、フィオナはこの島の強大な魔力に引き寄せられたってこと?」
「まぁ、そういうことだ。これから《箱庭》を作ろうとしているなら、彼女の協力は必須になってくる。だから、彼女がまず仲間にすべき魔物娘ってわけだ。」
「なるほど、でも、いけるかな。」
「さっき私に語ってくれたことと同じものを話せばいい。私も隣に立っているから安心しろ。」
二人はアスピドケロン娘に近づき、接触を図った。彼女は二人に驚く様子は一切なかった。
「あの、すみません。少しお話いいですか?」
「えぇ、いいですよ。ゆっくりで構いません。」
「ありがとうございます。…僕は、ソフィア・ノヴァといいます。まだ新人ですが、魔物研究員をやっています。」
「自己紹介、ありがとう。私はイソラ。もう知ってるかもだけどアスピドケロン娘よ。」
「イソラ、さん。実は、お願いしたいことがあるんです。」
「イソラで構わないわ。それで、お願いって何かしら?」
「お願いっていうのは、えっと…」
言葉を紡ごうとすると、不思議と口が動かなくなってしまう。緊張しているのかもしれない。イソラの圧倒的な魔力、存在感、そういった類のものに気おされてしまっていてうまく話せない。どうしよう…。
ソフィアが苦戦していると、そばで見ていたフィオナが一歩前に踏み出した。
「私たちは、あなたの身体、すなわちこの島の上に、迫害や追放で孤独の中、命を終える魔物娘たちを少しでも減らせるよう、魔物娘たちが暮らせる楽園《箱庭》を作りたいと考えています。そして、その立地条件にあなたの身体が完璧に合致しているのです。そこでお願いというのは、《箱庭》の建設に協力もしくは許可をいただきたいんです。」
「…フィオナ。」
「なるほど…面白い組み合わせね。ヒトと魔物娘の組み合わせなんていつぶりかしら…。」
「申し遅れました。リッチ娘のフィオナと言います。それで、ご協力いただけないでしょうか。」
フィオナがソフィアの言葉を継いで、イソラに要望を伝えた。イソラは興味深そうに二人を眺めた後、一息ついてから口を開いた。しかし、その声色は先ほどと違い、威厳に満ちたものだった。
「わかりました。ただし、本当にあなた方を信頼していいのか、私の一存では決めることはできません。ここから南に進んだところに入り江があります。あなたたちには、そこに住んでいる魔物娘たちからの信頼を得てもらいます。もしも、そこにいる全員からの信頼を得られたのならば、正式にあなた方を《箱庭》の作成者として認めましょう。これは試練と思ってください。」
イソラから課題を突き付けられた二人。その声に圧倒されるソフィア。その姿を見かねてソフィアに代わり返事をしようとするフィオナ。しかし、その手を握って制したソフィア。
「…わかりました。僕が信頼に足る人物だと、証明してみせます。…チャンスをいただき、ありがとうございます。」
「では、入り江までの道を示しましょう。…よき報告を聞けることを楽しみにしていますよ、ソフィア、フィオナ。」
◎フィオナ・ヴォーサのざっくり解説コーナー
今回はソフィアに代わって私が解説していこう。ソフィアはイソラから課された試練のことで少し弱っているからな。
さて、まずは私についてだが、改めて私はフィオナ・ヴォーサ。リッチ娘だ。リッチと言ったって金持ちというわけではない。そもそも”Lich”と”Rich”でスペルも違うしな。
リッチ、リッチーとも呼ばれるが、アンデッドの魔術師だと思ってもらったらわかりやすいだろう。死してなお、生前からの研究を続けている魔法使いのようなものだ。私の場合は、ネクロマンシーのような禁術とされているものに対する造詣が深まったな。もちろん、一般的な魔術的にも心得はある。
それと、イソラ-アスピドケロンについても説明しておこうか。アスピドケロンは巨大な亀のような姿をした魔物だ。その身体はあまりにも巨大で島と間違えられて上陸する船乗りもしばしば…。類似した特徴を持つ魔物としてザラタンもいるな。それと、「赤えい」という妖怪なるものも存在するとか。魔物とはことなる系譜に存在するのかもしれないな。いつか会ってみたいものだ。焚火をするとアスピドケロンが潜航してしまい、上陸していた人は全員死亡…というのは昔からある有名な伝説だ。…ソフィアがもしも焚火を着けていたら、もれなく私も海の藻屑だっただろうな。危なかった。
それにしても、ソフィア・ノヴァか…。どこかで聞いたことのあるような響きだな。
まぁ、私もそろそろ試練に取り組む準備でもしてこようかな。




