第2話 夢の《箱庭》計画
自宅に戻っても、朝の衝撃は消えなかった。
「魔物娘」――そんな存在が本当にこの世界にいる。彼女たちは人間に迫害され、群れから追われ、ひっそりと生きて、やがて孤独に死んでいく。
偽善かもしれない。エゴかもしれない。
それでも、彼女たちに何かできることはないだろうか。僕はまだ新人の魔物研究員だが、それ以前に一人の人間だ。原種の魔物ですら接しているうちに情がわき、死に際には涙が出る。魔物娘たちの現状を聞いて、心が動かないはずがない。
ベッドから跳ね起き、机に紙を広げる。ペンを握り、描き始めた。
まずは《箱庭》の理念。保護を最優先にしたい。助けを求める魔物娘なら、拒む理由はない。けれど、強制的に迎え入れるのは違う。本人が望んでこそ意味がある。……とはいえ、目の前で消えかかる灯火を見たら、規則なんて守れないかもしれない。結局のところ、彼女たちの意思を第一にする。それが一番だ。
保護するだけじゃ足りない。自由に、のびのびと暮らせる場所にしたい。できれば、みんなで協力して箱庭を運営できればいい。そういうの、きっと楽しいはずだ。だから箱庭はシェルターというより、ちょっとした村みたいなものになるだろう。細かいルールは後で考えればいい。
場所は……やっぱり無人島がいい。他の人間や原種の魔物に見つからず、でも灯を求める魔物娘がたどり着ける島。草原に洞窟、火山に湖、森に雪原……夢みたいだけど、そんな環境が揃っていたら最高だ。魔力の流れも安定していて、外敵もいない。みんなが安心して暮らせる空間。そういう島を探したい。
施設も考えないと。居住区は必須だし、僕の研究棟も必要だ。温室もあったらいい。アルラウネみたいな植物系の子が安心できるように。居住区には広場や談話室を作って、みんなが交流できるようにしたい。反対に、一人でいたい子や相談を望む子のための個室も用意する。そういう場所があれば、きっと心が休まるはずだ。
ふと、ペンが止まった。
冷静になれ。資金も資材もない。そんな都合のいい島があるはずがない。あらゆる環境が揃い、魔力が安定し、誰にも見つからない――仮に存在しても探しようがない。
「……散歩でもして頭を冷やそう。」
紙を丸めてゴミ箱に投げ捨て、上着を羽織り、カバンを手に取った。
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「おかわり、お願いします。」
ふらりと立ち寄った酒場。普段なら絶対に来ない場所だが、今日はなぜか足が向いた。ここでは噂話が飛び交う。玉石混交、真偽不明。だが、僕は何かを期待していた。
その時、耳に届いた話。声を潜めて語られていたため、危うく聞き逃すところだった。
「この街の東端の灯台守が言ってたんだが、水平線に見たことのない島が現れたらしい。地図にも載ってない。しかも島が動いてるってさ!まるで生きてるみたいだってよ!」
笑い飛ばす一団。与太話にしか聞こえない。だが、僕には十分だった。藁にもすがる思いで、詳しく聞きに行く。
「すみません、さっき面白そうな話が聞こえたんですが。もしよかったら詳しく教えてもらえませんか?」
「お?興味あるのか。……そのバッジ、魔物研究員だな。いいぜ、何を聞きたい?それとも灯台守を紹介してやろうか?」
「いえ、あなたの話で十分です。その島、いつごろから現れたか聞きましたか?」
「そうだな……今日でだいたい二、三日ってところだな。」
「ありがとうございます。外観については何か聞きましたか?緑があったとか。」
「おぉ、言ってたよ。森や草原があるように見えたってな。俺は信じられないけどな。だって、植物が揃った状態で島が突然現れるなんてありえないだろ?海から出てきたなら海水で全部枯れてるはずだ。」
「なるほど……興味深い情報をありがとうございました。これは少しですが、お礼です。」
僕はカバンから金塊を取り出して差し出した。ミミックの体内で精錬された金属――研究の副産物にすぎないが、これくらいなら謝礼になると思っていた。
その瞬間、周囲の船乗りたちがざわめいた。椅子をきしませて立ち上がる者、口笛を漏らす者、酒杯を持つ手を止める者――皆が驚きの視線をこちらに向けていた。だが、僕はその反応に気づかず、ただ目の前の男の顔だけを見ていた。
「おいおい、これ……金塊か?」
「ええ、研究の副産物です。こんなものしか渡せず、すみません。」
相手は慌てて首を振った。僕は一瞬、生き物の体内から生成されたものだから嫌がっているのかと思った。だが、次の言葉で誤解は解けた。
「いやいや、『こんなもの』なんてとんでもない!俺には十分すぎる!」
……そうか。嫌がっていたんじゃなくて、量が多すぎて受け取れないと思ったんだ。僕は少し肩の力を抜いた。
「ぜひ受け取ってください。では、失礼します。」
「待て待て!話しただけでこんなにもらっちゃ悪い。……そうだ、船は持ってるか?」
「……いえ、持っていません。」
「ならちょうどいい。俺の船を一つ持っていけ。少し小さいが、この辺りじゃ一番速いんだ。」
「そんな、いいんですか!」
「もちろんだ。むしろまだ足りないくらいだが、今の俺にはこれしかできない。すまんな。」
「ありがとうございます!本当に助かります!」
こうして僕は、この街で一番速いと噂の船〈ノクティルカ〉号を手に入れた。
部屋に戻り、フィールドノート、水筒、魔力探知機をリュックに詰める。
そして舵を切った。
「僕が――《箱庭》を築くんだ。」
◎ソフィア・ノヴァのざっくり解説コーナー
今回は僕の自己紹介をしておきましょう。まだ名乗っていませんでしたからね。
改めて、僕の名前はソフィア・ノヴァです。魔物研究員になりたての新米ですが、魔物に対する好奇心なら誰にも負けないつもりです。アピールポイントは……そうですね、諦めないところでしょうか。
現在は、講義で聞いた「魔物娘」たちの居場所となる《箱庭》を作ろうとしています。ありがたいことに、よさげな島が見つかりそうなので、そこへ向かってみる予定です。
あ、一人称のせいか外見のせいか、よく男性と間違われます。でも僕は女性です、一応。……え?さっきの船乗りさんも間違えてたって?まあ、慣れてますけどね。




