幕間の物語:黄金の瞳
結局、モニカとモディナ、二人の強大な悪魔娘が《箱庭》に加入した。賑やかになるのは嬉しいんだけど、腑に落ちないこともある。なんで、僕はモニカのものにならなかったんだろう…。契約内容が間違っていた?いや、そんなはずはない。あの時、「ソフィア・ノヴァという人間」を対価にすることで僕もモニカも了承したはずだ。ではなぜ…。もしかして、彼女は僕を「手に入れなかった」じゃなくて、「手に入れられなかった」んだとしたら?もしも、契約内容に破綻が生じていて完遂できなかったとしたら…?
「…おーい、ソフィア、大丈夫?」
「ん、あぁ、ブランメラ。…ちょっと考え事をね。」
「まぁ、大変だったみたいだしね。」
「ゼビリア達は?」
「ゼビリア様はモニカ様やモディナ様に〈パンデモニウム区〉を紹介しているところ。」
「そっか。あ、そうそう、スライムのことだね。連れて帰ってきてるよ。」
「ごめんなさいね、美味しいもの作っておくって約束してたのに…」
「仕方ないよ、大丈夫。じゃあ、ちょっとついてきて。」
ブランメラを連れて居住・研究中枢区に戻ると、トレジアが待っていた。
「あ…ソフィア、お帰りなさい。」
「トレジア、お留守番ありがとう。何か変わった様子はある?」
「ううん…特には。ただ、時々声を出してた。」
「声?」
「うん、『テケリ・リ』みたいな…。もしかしたら、知らない場所で緊張しているのかも。」
「それはあるかも。ありがとう、トレジア。」
ブランメラからトランクを受け取り、彼(?)に近づけてみた。すると、彼女の予想通り、トランクに着いた欠片はスライムに吸収されていった。
「おぉ、きれいになった。」
「すごいね、ブランメラの予想通りじゃん。」
「いやいや、この子を連れてきてくれてありがとう。私だったら怖がらせただろうから、ソフィアに頼んで正解だった。」
「そっか、また何かあったら言ってね。」
ブランメラは礼を言って帰っていった。
「さて、この子のこと、もう少し調べてみるかな。」
スライムの方を振り返ると、彼(?)と目が合った。黄金色の瞳がこちらを見つめていた。…しかも、一つではない。何個もの目が、僕を見つめていた。
「ひっ…」
…面白いもので、人間っていざ本当に驚くと、意外と声が出ないものなんだよね。
「ソフィア…大丈夫?」
「うん…びっくりしちゃっただけ。…この子、ただのスライムじゃなさそうだね。」
「そうみたい…私が見ているときはそんなことなかったんだけど…」
より詳しく調べようと近づいた時、背後から突然声が響いた。
「ようやく見つけました。こんなところにいたんですか。」
二人が驚いて振り向くと、部屋の隅に見ず知らずの女性が立っていた。恐らく、魔物娘なんだろうが、一体いつの間に部屋の中に…。
「えっと、あなたは…?」
「あぁ、とつぜんすみません。私は…あー…発音は難しいので、パノイとでも呼んでください。」
「パノイさん、ですね。僕はソフィア・ノヴァです。」
「これはどうも、ソフィアさん。あ、本官のことはパノイでいいですよ。」
「じゃあ、僕のこともソフィアで。…それで、『本官』ということは、警官のような立場ですか?」
「えぇ、実はとある悪戯好きのせいで私たちの住む世界のいたるところに落とし穴のようなものができてしまったんです。そこに落ちたものがどこに向かうのかわかっていなかったんですが…ようやく一人目を見つけることができました。」
「あぁ、このスライム。」
スライムを見やると、先ほどまで見えていた黄金の瞳は全部見えなくなっていた。
「それはスライムではないですよ。」
「え、まぁ、ただのスライムではないだろうなぁ、とは思ってたけど…」
「それなるは『ショゴス』という存在です。」
「『ショゴス』…?」
初めて聞いた単語に首をかしげる。…まぁ、異世界の存在なんて知る由もないから仕方のないことではあるんだけど。
「あ、そうですね。私たちの世界のものなのでご存じないのは当たり前ですね。」
「どんな魔物何ですか?」
「そうですね…わかりやすく説明すると、巨大な都市の建設のために生み出された家畜のような存在ですね。ただ、反乱を起こしたんですよね…。」
「そんな…この子たちは働かせるためだけに生み出されたんですか?」
「えぇ、まぁ、そういう背景があります。ただ、反乱が起こった後に関しては、そうではないですね。使役されていた、という軛から解き放たれているので。」
そうは言えど、この子がここに落ちてきたのにも何か意味があるのではないだろうか…そんな風に思ってしまう。
「この子と意思の疎通はできないんですか?」
「一応、呪文やテレパシーでできなくはないですが…ソフィアはできますか?」
「いや、それはできないな…」
「ならば、意思の疎通は困難かと…」
「わた…し…の、こと…?」
僕もパノイも聞こえるはずのない声に驚いた。振り向くと、ケースの中に人型のシルエットが見える。ただ、そのシルエットも不完全なもの。上半身だけが人型で、下半身はスライム状のままだ。
「まさか…人間の言葉を話せるようになるなんて…」
「…この世界の特性なのでしょうか。私もこの世界に来た時に姿が変わったんです。」
「え?パノイ、元からその姿じゃないの?」
「えぇ、元々は形といった形を持っていなかったので…。強いて言うなら、四つ足の獣っぽい、というぐらいですね。」
「なるほど…では、なぜこのショゴスはパノイと同じように完全に人型にならなかったんだろう。」
「恐らく、自分の最も近くにいた存在を見て学習したのでしょう。知能は高いですから。」
トレジアと目が合う。
「え…?私…?」
「うん、可能性はある。トレジアをトレースしたのなら、上半身だけ作られるのは納得だ。」
「だね、見たところ、彼女は箱から上半身しか見えていないので、その可能性が高そうですね。」
「トレジア、昨日一日あなたが見てくれたおかげで、この子はしゃべれるようになったよ。」
「…本当?…私、役に立てた?」
「もちろん!昨日はずっと見てくれてて、本当にありがとう。」
トレジアの頭をなでて、再びショゴスと向き合う。下半身のスライム状の部位には何個も目玉が浮き上がっているが、顔に当たる部分にあるのは二つだけ。それもトレジアをコピーしたのだろう。
「あなたの名前は?」
「なま…え…な、い。」
「そっか…じゃあ、『ルクス』っていうのはどう?」
「ル、クス…?」
「うん、ルクス。どうかな。」
「…これ、が…じぶん…だ、けのな…まえ…。」
隣でパノイが驚いて僕とルクスのやり取りを見ていた。
「まさか…ショゴスと意思疎通が取れるなんて。」
「なんだか、話を聞いていると、もしかしたらこの子たちは『名前』っていうものをもらったことが無かったのかなって思って。それって、何だか悲しいことじゃん?」
「…なるほど、そういう考え方があるのか。すごいね、ソフィア。」
「ううん、なんだか、私も嬉しかったの。この名前をもらった時。」
違和感。この名前を「もらった」?誰に?親?
…僕の親って誰だ?僕は、「ソフィア・ノヴァ」だよね…?
突然眩暈を感じてふらつくソフィア。パノイが急いで肩を貸し支える。
「ソフィア、大丈夫?」
「…うん、なんだか急に眩暈がして。」
「え…あんまり無理しないように。」
「ありがとう、パノイ。」
パノイに差し出された椅子に腰を掛ける。…なんだか、忘れてはいけないことを忘れてしまっている気がする。でも、思い出そうとしても靄がかかっているようで、何もわからない。
「パノイはルクスを探しに来たんだよね。」
「うん、そうなんだけど…彼女の居場所ができたなら大丈夫かな。」
「居場所?」
「うん。元々はこの世界に落っこちてしまった存在を見つけて元の私たちの世界に連れ戻すのが役目だったんだけど…こっちで居場所があるなら、無理に連れて帰らなくてもいいかなって。」
「パノイはそれで大丈夫なの?」
「うん、別に私も帰らなくていいかなって思ってる。ここ、居心地よさそうだし、ソフィアにとっても私みたいなのは貴重なんじゃないかなって。異世界からの来訪者の正体を知る為に。」
「僕としてはいてもらうだけでありがたいけど…。」
「じゃあ、決まり。…改めて、本官はこれよりこの島で、異世界からの漂着者を捜索する任務にあたります!」
パノイが敬礼をする。ソフィアもつられて立ち上がり、見よう見まねで敬礼する。
「パノイ殿、よろしくお願いします!」
二人とも目が合い、思わず吹き出してしまった。なんだか、おかしく感じたのだ。
「…はぁ、ふふっ、改めてよろしくね、パノイ。」
「こちらこそ。」
「それに、ルクスもね。」
「…うん。よろしく…。」




