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第11話 本当に欲しかったもの

 モニカを訪ねたソフィアとフィオナ。モニカは驚きつつも、興味深そうに二人を、特に、ソフィアを見た。その目には、ソフィアを手に入れたいという欲望の炎が灯っていた。


 「へぇ、また私の力を借りたいのね。でも、今度はきちんと支払ってもらうわよ。」

 「うん…だから、今回はあなたにとって損にならない対価を持ってきた。」

 「あら、あなたをもらえるのかしら?」

 「うん。『ソフィア・ノヴァという人間』をあなたのものにするよ。」


 ソフィアの宣言を聞いたフィオナは顔を青くしてその発言を取り消させようとした。


 「正気か?悪魔に、自分そのものを差し出すだなんて!」

 「うん、正気だよ。こうでもしないと、あの二人を守れないと思ってるから。」

 「いやいや、待つんだ。自分を犠牲にしなくても、どうにかして二人をモディナから守る手立ては探せるはずだ。」

 「うん、そうかもしれない。でも、そもそもモディナを納得させる方法が存在しなかったら?」

 「…存在しない?」

 「そう。最初から、そもそも『存在しない』場合、僕たちがどれだけあがいてもどうにもならない。」

 「そんなことはないだろう、さすがに。もしもそうなら、約束が違う。納得させる理由を用意させておいて、最初からそれを否定するだなんて。」

 「そうだね、フィオナ。でも、相手は悪魔なんだ。だから、僕たちの常識は通じない。そして、悪魔に対抗するには…こちらも悪魔の力を借りなければならない。」


 モニカの方を見やると、彼女はニマニマした笑みでこちらを見ていた。


 「なるほどね、モディナ関係か。とすると、あなたの言う『二人』は《箱庭》に加入した夢魔とかかしら?」 

 「そうだよ、正解。わかってもらえているなら話は早い。彼女たちをモディナが連れ出して『教育』しようとしてるんだ。それを止めるための手立てを一緒に考えてほしい。」

 「…面白い、いいわ。手伝ってあげる。その代わり、この一件が片付いたら、あなたという人間を私のものにさせてもらうわ、ソフィア。」

 「…ありがとう、モニカ。」

 「さて、そうなるとすぐに動き出さなければね。その夢魔について詳しく教えて頂戴。」


 いざ計画を練るとなると、モニカは真剣に取り合ってくれた。ノクティアとリオスのことを話し、彼女たちを守るにはどうすればいいか、それを尋ねに来た、とモニカを訪ねた理由も告げた。

 モニカはしばらく黙っていたが、何かをつぶやいた後、口を開いた。


 「ノクティアに何か物語を書かせて、それをモディナに読ませるのが最善じゃないかしら。」

 「やっぱり?そうだよね。」

 「待て、ソフィア。今、『やっぱり』って言ったか?」

 「うん、言ったけど…?」

 「二人を助けられるかもしれない手立てが思いついていたなら、なぜモニカと契約したんだ!しなくてもよかったのに…。」

 「違うよ、フィオナ。その手立ては僕が思いつくだけじゃ意味がなかったんだよ。」

 「え…?」

 「この方法を『モニカが』思いつくことが重要だったんだよ。」


 「ふぅん…」とソフィアの話を聞きながら口角を上げるモニカ。


 「モニカは『強欲』を司るマモン娘だ。つまり、彼女が望むものは『強欲』という欲望の対象となる。しかしながら、もしもその探し求めるものが存在していなかったら?」

 「それは…諦めるしかないんじゃないか?」

 「違う。『存在させる』んだよ。」

 「…えっと、どういうことだ?」

 「つまり、モニカは『存在しない』ものを『存在する』ことにできるんだよ。彼女が望むならばね。」

 「ソフィア、私の権能をよく理解してるわね。私が『探し物の達人』と呼ばれるのは、仮に探しているものが存在していなくても、それが『存在している』ことにできるから。だから、私が望む限り、どんなものでも『存在している』ことにできるの。まぁ、私自身が詳しく思い浮かべる必要があるんだけどね。」


 わかった。なんでソフィアがわざわざモニカを訪ねたか。そして、自分を犠牲にしてまでモニカと契約したか。

 すべては、モニカに心から「求めさせる」ため。ソフィアは、高位の悪魔娘の力すらも利用するのか…。どれほど対価が重くても…。


 「これにて第一段階は完了。モニカが『ノクティアを書いた物語を読ませる』という手立てを探したことで、これが唯一、モディナを納得させることのできる方法として『存在している』状態になった。…ありがとう、モニカ。」

 「…ここまで私の能力を理解したうえで使われたのは初めてだわ。本当に面白い人間ね、あなた。…それにしても楽しみ。もうすぐあなたが私のものになるのが。」

 「楽しみにしてて。ただ、契約完了はもう少しだけ待っていてほしい。この一件が片付くまでは。」

 「いいわよ、待ってあげる。サービスね。」


 最後まで見届けたいとして、モニカもついてきた。フィオナはずっと黙りこくっている。瞳が揺れ、唇を噛みしめて視線を逸らしていた。


 〈ノクティルカ〉号が桟橋に着くと、そこにはすでに今回の騒動の中心、ノクティアとリオスが待っていた。ゼビリアやリヴィエルら悪魔娘たちも勢ぞろいしていた。


 「やぁ、久しいね、モニカ。」

 「ゼビリア、相変わらずね。それとリヴィエルも元気そうね。…なんで睨んでるの?」

 「あぁ、リヴィエルはソフィアが君を頼ったことに嫉妬しているだけだから気にしなくていいよ。」


 「ノクティア、リオス、お待たせ。どうにかなるかもしれないよ。」

 「…ソフィア、ごめんなさい。私の夢のせいで…。」

 「謝らないでよ。ただ、ノクティアにも頑張ってもらわなきゃいけない。」

 「もちろん、私のことだから。何でも言って。ちゃんと言うとおりにするから。」

 「じゃあ、今から物語を書き上げて。」


 ノクティアは面食らったようだった。


 「え?物語?」

 「うん、ノクティアの夢をそのままぶつけるんだよ。『文章で人を感動させたい』っていう夢を。」

 「…わかった。今から書き上げる。…でも、どんな物語がいいんだろう。」

 「それは、モディナに寄せたほうがいいんじゃないかしら。」


 横からモニカが提案してきた。


 「モディナを感動させるなら、モディナが喜ぶものを書くべきよ。消費者のニーズに合わせたものを書き上げるのも小説家の仕事よ?」

 「えっと、つまり…」

 「そうねぇ…こんな小さな子のいる前では大きな声で言えないから…」


 モニカはちらっとリオスを見やった後、ノクティアの耳元で何かを囁き始めた。恐らく、物語のプロットだろう。ノクティアの顔がみるみる赤くなり、耳の先まで真っ赤になる。


 「え…ほ、本当にそんなものを…?」

「えぇ、モディナを満足させるにはこれが一番よ?」

「うぅ…恥ずかしい…」

 「ま、私に任せなさい。私が隣で監修してあげるから。」


 ノクティアはモニカに連れられ、物語の執筆にとりかかった。残された面々は、ただノクティアが無事に書き上げられることを祈るばかりだった。


 約束の刻限まであと少しとなった時、ようやくノクティアが顔を出した。


 「なんとか、なんとか書けたよ…。」

 「お疲れ様、ノクティア。…あとは、これをモディナに読んでもらう。そしたら…」

 「そしたら…私たち連れていかれない?」

 「…ごめん、約束はできない。でも、絶対に守るから。たとえ、何を犠牲にしても。」


 ついにその瞬間が来た。周囲に甘い芳香を放つ霧が漂い、その中からモディナが姿を現した。


 「さぁ、時間よ。納得させてみて頂戴?…と久しぶりに見る顔が増えたわね。」

 「今回はね、ちょっとこの人間と契約して。」

 「ふぅん、まぁいいわ。さ、何か用意しているのでしょう?」


 ノクティアは震える手で握りしめた原稿用紙の束をモディナに渡した。


 「あの…これ、私が書き上げました…。読んでください…!」


 モディナはそれを受け取り、読み始めた。


 「『それは、とある夏の日の記憶。うだるような熱、揺らめく陽炎、その中であなたの姿だけがはっきりと目に焼き付いた』…」

 「あ、あ、読み上げるのは勘弁してください…!」


 ノクティアの顔がまた真っ赤になっていく。モディナはノクティアを一瞥した後、黙読してくれた。

 どれほどの時間がたっただろう。モディナが原稿用紙を重ねて整え、ノクティアに返却した。


 「あ…。」

 「…悪くなかったけど、別に私の心までは動かなかったわ。やっぱり、文章の端々に未経験の弊害が出てるわね。私が『教育』してあげたら、もっといいものが書けるようになるわよ?」


 ダメだった。モディナは納得しなかった。


 「え…」

 「だから、私はそれを読んでも別に感動しなかった。それだけよ。」


 その言葉は槍のようにノクティアの心臓を貫いた。彼女はその場に膝から崩れ落ち、動けなくなった。


 「…はぁ、これだけかしら?じゃあ、ソフィア。話していた通り、二人は連れて行くわ。」

 「待って、まだ…」

 「もう終わったじゃない?だって、彼女の書いた物語は私を納得させるに足りなかった。それだけよ。」

 「そんな…」


 モディナがノクティアの手を取り、リオスの手も取ろうとした時、その手が止まった。


 「ねぇ、あなた。その本は何?」

 「え…?この本?」

 「そう、その本。」

 「…これは、お姉ちゃんが僕のために書いてくれた物語。…僕の宝物。」

 「…ちょっと読ませてもらえないかしら。もちろん、丁寧に扱うから。」


 リオスは小さくうなずき、恐る恐る、抱きかかえていた本をモディナに手渡した。小さな震える手から本を両手で受け取ったモディナは、その場に座り込み、ページをめくり始めた。 


ただ、紙をめくる音だけが聞こえる。誰もが固唾をのんで、事の成り行きを見守った。


 「…書けるじゃない。」


 そっと閉じられた本がリオスの手に返される。立ち上がり、歩みだす。その脚はノクティアの前で止められた。

 モディナを見上げるノクティアの目には、穏やかな悪魔の微笑みが映っていた。


 「…ねぇ、ノクティア。」

 「…はい。」

 「なんで、私にあの物語を読ませてくれなかったの?」

 「え…?」

 「あなたがリオスに書いてあげた物語。最初からあれを読ませてくれたらよかったのに。」

 「でも…あなたは『色欲』を司る悪魔だし、あの子にあげた物語には一切そんな要素がない、ただただ平和な子どものための世界が広がってるだけ…。そんな物語は、あなたにとっては価値の無いようなものかもしれないと思ったんです。」

 「…あのねぇ!」


 突然発された大声にノクティアが肩を縮こませる。


 「『そんな物語』だなんて卑下しないでちょうだい。あの物語こそ、あなたの真骨頂じゃない。あの子のことを心から思って紡ぎ上げた、最高の宝物じゃない。」

 「あ…ありがとう…ござい、ます。」

 「最初に渡された原稿だけ読んで判断する所だったじゃない。」

 「でも、あなたに合わせた方が良いって、モニカさんが…」

 「…はぁ、まんまと乗せられたわね。私が読みたかったのは『あなたの書きたい物語』。私が聞きたいのは『あなたの心からの声』。わかる?」


 その言葉に目を開くノクティア。彼女は立ち上がり、頬を伝う筋を拭って、まっすぐモディナの目を見た。眼鏡の奥の紫の瞳には、新たな輝きが宿っていた。


 「モディナさん、私はこの島で、この《箱庭》で、リオスと一緒に夢を叶えていきます。」

 「…よろしい、ようやく聞かせてくれたわね。いいでしょう。ノクティア、リオス。あなたたちはこれからも二人で支え合いながらこの《箱庭》でたくさんの物語を紡いでいきなさい。」

 「…ありがとうございます…!」


 モディナが服装を整えた。去っていくのだろう。


 「…帰っちゃうの?」

 「えぇ、私がここにいる理由はもうないから。むしろ、私がいたらあなたたちの気が休まらなくて?」

 「…帰らないで、一緒にお姉ちゃんの物語を読んでほしい。」

 「あら、そういうお願いなら他の人たちに頼みなさい。誰でも一緒に読んでくれるわよ。」

 「違う…。お姉さんがいいの。あの本を読んでいた時、お姉さんの目がキラキラしていた。僕と同じ目をしてた。」


 その言葉にモディナは何も返せず、頬を赤らめて視線を逸らした。


 「…はぁ、純真なのも考え物ね。心の奥まで全部見透かされちゃうんだから…。」

 「…帰らない?」

 「わかったわよ。私もここに残るわ。…ノクティア、構わないかしら?」

 「はい!…緊張しない、と言えば嘘になりますが、リオスが引き留めるほどなんです。ぜひ、残ってください。」

 「じゃあ、そうさせてもらおうかしら。…あなた。」


 ソフィアの側まで歩み寄るモディナ。


 「あの時は、熱心に語ってくれてたのにごめんなさいね。別にあなたが悪かったわけじゃないのよ。それだけは勘違いしないで。」

 「えぇ、あの時、あなたが聞きたかったのは『ノクティアの言葉』だったんですよね。」

 「…よくわかってるじゃない。改めて、管理人としてのあなたに言うわ。私もここに滞在することになったから、よろしく。」

 「こちらこそ、これからも二人のことを見守ってもらえたら。」


 モディナとソフィアは固い握手を交わした。

 《箱庭》に新たな仲間が増え、ノクティアとリオスはここで彼女たちの夢を追い続けることができるようになった。


 これにて、モディナの来訪から始まった一連の事件は幕を閉じた。




















 ちょっとちょっと、幕引きは早いよ、ソフィア。ちゃんと代金は支払ってもらわないと。

 ほら、もう一回緞帳を上げて。




 「そうだね、モニカ。…さぁ、約束通り、対価は払うよ。」


 ノクティアとリオスの目に困惑の色が浮かぶ。


 「え…?どういうこと?『払う』って…。」

 「ソフィアは私と契約したんだよ。あなたたちを助ける方法を見つける代わりに、『ソフィア・ノヴァという人間をもらう』ってね。」


 サッと二人の顔色が変わる。…あの時のフィオナと同じ目だ。


 「…え、待って。私たちを助けるために…ソフィアが…?」

 「嫌だよ、そんなの。…ねぇ、ソフィアをどうするの?」

 「特には考えてないけど…せっかくだし、私のこれまでのコレクションと一緒に飾っておこうかしら。」


 モニカを止めようと二人が飛び出したが、フィオナが制止した。


 「フィオナ…!離して!」

 「二人とも、ソフィアの覚悟を無駄にするのか?」

 「でも…ソフィアがいなくなっちゃう!」

 「…私だって辛いさ。でも、ソフィアが自分の意思で決めたことなんだ!…私たちにどうこう言う権利はない。」

 「そんな…」


 そんなやり取りを横目に、モニカはソフィアの頭に手を掲げた。その目には、喉から手が出るほど欲しかったものがようやく手に入る、そういったギラギラした輝きが宿っていた。


 「じゃあ、ソフィア。約束通り、『あなたという人間』をもらうわ。」


 モニカが何かを唱えると、彼女の手のひらに魔法陣が展開された。…これが、契約を完遂させる証なのだろう。


 正直な話をすれば、これは背に腹を変えられなかった選択肢だ。後悔がないのかと言われれば、もちろんある。本当にこんな契約をする必要があったのかはわからない。ただ、二人を確実に助けたかった。…動機はそれだけだ。

 心残りもある。もっともっと魔物娘たちに出会いたかった。はぐれてしまったというフィリアたちの仲間も探したかった。あの黒いスライムのことも、全く片付かないままになってしまった。…トレジアにお別れも言えなかったな。あの子は、僕が帰ってくるのを待ってくれているんだろう。でも…ごめんね。あの部屋に帰るのは、もう…フィオナだけなんだ。

 …でも、みんなが幸せなら、これでよかったんだろう。


 …なんで、僕、こんなに色々考えられるんだろう。もう、モニカのものになっててもおかしくないんだけど。


 目を開けると、そこにあるのはモニカの瞳だった。ただ、さっきまでのギラギラした輝きはない。その代わり、驚きに満ちた色で塗りつぶされていた。


 「…くく、ふふっ、はははははははっ!」


 始めは肩を震わせる程度だったが、ついに高笑いを始めたモニカに一同はぎょっとした。


 「はぁ…まさか『強欲』を司るこの私が目先のものに釣られて本質を見抜けなかったなんて。対価は『ソフィア・ノヴァという人間』……だったはずなのにねぇ……! 面白い、つくづく面白いわ、あなたは!」


 モニカはソフィアの頬に軽く触れた。


 「興が乗ったわ。あなたの側で、これからあなたが歩もうとする道を最後まで見せてもらおうじゃない。この《箱庭》でじっくりと…ね…」

 「えっと…契約は、どうなった?」

 「今回もサービスってことにしてあげる。…こんなに私のことを玩ぶだなんて、あなたもなかなかの悪魔ね。」


 結局、ソフィアはモニカのものにはならなかった。代わりに、強欲な悪魔娘が《箱庭》に加わったのだった。

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