第1話 「魔物娘」とは
「さて、本日から始まる、魔物の進化系統学を担当するロッセ・フォルプです。みなさん、よろしくお願いします。早速ですが、本日は魔物の分類に関する基礎的な講義を行います。まず、そもそも『魔物』とは何か......」
ロッセ教授の声ががらんとした講堂に反響する。今日は1限から「進化系統学(魔物)Ⅰ」の講義を受けている。僕としては魔物の分類とか進化に関して学べるから面白い講義なんだけど、1限という開講時間のせいでなかなか受講者はいない。まぁ、静かな方が落ち着けるからいいんだけれど。…朝の爽やかな光が教科書やメモに覆われた机を明るく照らしていた。今日は何かいいことがあるかもしれない。そんな予感を感じさせた。
エイムダーカ魔導院はオドノー区の中央にそびえたつ小高い丘の上に建てられている。そのため、窓の外にはいい眺めが広がっていて、ソフィアの席からは海が見える。オドノー区の一部は海に面しており、その付近には船乗りを対象とした酒場も多くある。ソフィアの家はそのエリアの近く、さして遠くないが少し閑静な場所にポツンと建っている。
「......したがって、このように『ドラゴン』と大きく呼ばれているグループにも細分化すれば『ワイバーン』や『ワーム』など様々な下位分類が存在するというわけです。では、例として『ワイバーン』と『ヴイーヴル』、『アンピプテラ』の系統分類について......」
授業に意識を戻し、手元にある教科書や図鑑を開きながら、教授の話を聞いている。講義内容をメモした紙はどんどん増えていく。とはいえ、この辺りは軽く受けたことのある内容だった。魔物研究員として新米かもしれないが、この程度の知識はあった。ただ、手慰みに図鑑をめくっているが、まだまだ知らない魔物がたくさんいることを思い知らされる。今の話だと「ワイバーン」は聞いたことあったけど「ヴイーヴル」も「アンピプテラ」も聞いたことないんだけど。個体数が少ないのかな。
「......ここまでの話の流れは大丈夫ですか?大丈夫そうなら、次は『原種』と『魔物娘』の違いについて話していきましょう。」
図鑑のページをめくる手が止まった。「魔物娘」...初めて聞いたな。これまで勉強した中には出てこなかった単語だ。なんとなく文字からイメージはできるけどどんなものだろう、と未知との遭遇の気配に期待が高まった。
「まず、『原種』から。これは、伝承や神話の中で語られるような姿をした魔物のことを指します。一般的に『魔物』と言えばこれを指します。一方『魔物娘』は、身体の一部または全身が人間の女性のような外見をしています。中にはハーピーやサキュバスなど、『原種』の段階で人間的な要素を含む魔物も存在しますが、これらは広義の『魔物娘』となります。」
ここで教授は一度息を継ぎ、説明を続けた。ここから先が本題のようだ。
「一方、狭義の『魔物娘』、すなわち『原種』に一切人間的な要素のない魔物の『魔物娘』はその外見から、多くは人間からは『魔物』として扱われ、魔物からは『人間』として扱われます。そのため、迫害や群れからの追放の対象となることがほとんどで、そのまま孤独のうちに命を失うものが多いと考えられています。ただ、『魔物娘』は個体数が少なく、狭義の『魔物娘』に関しては研究が全くと言っていいほど進んでいないのが現状です。そもそも、対象を見つけることが難しいのです。」
この解説を聞いた瞬間、僕の中にある感情が沸き起こった。「一人ぼっちで死んでしまうのは、なんか嫌だ」―そう感じたのだった。ただ、その感情は一瞬だけふっと浮かんできたもので、すぐに消えてしまった。その後も教授の解説は続く。
「そうですね、では先ほど説明したばかりなのでドラゴンを例に出してみましょうか。みなさん、『ドラゴン』と聞くとどのようなものを思い浮かべますか?」
この質問に講堂のいろんな場所から返事が聞こえる。翼や尻尾が生えている。鱗に覆われている。炎の息を吐く。それらの回答に教授は満足げにうなずいていた。
「それらの要素を兼ね備えた巨大なトカゲのようなもの。それがあなたたちの思い浮かべる『ドラゴン』ですね。素晴らしい、それはまさに『原種』の姿ですね。」
どうして教授はわざわざ当たり前のことを再確認させたのか。そう考えていると、教授は一呼吸置いてから尋ねた。
「では、先ほどの要素を兼ね備えた『人間の女性』は想像できますか?」
その言葉を聞いた瞬間、僕の中で何か、閃光のようなものが駆け抜けたような気がした。さっきの教授の説明では朧気だった「魔物娘」像がくっきりと頭の中に浮かんできた。背には強靭な翼、腕や脚などの身体の一部が硬い鱗に覆われており、口からは炎の吐息。ただし、外見は人間の女性。本当に、そんな姿の魔物がいるのか?
「みなさん、イメージできたようですね。では、参考画像をお見せしましょう。私の友人が撮影に成功したものですが、非常に貴重なんですよ?」
照明が落とされ、スクリーンに写真が投影される。少しピンボケしているが、僕が想像したような姿がそこには映っていた。長い髪、針のような縦方向の瞳孔、両手足を覆っている鱗、強靭な翼や尻尾、そして、口元から漏れ出す炎。初めてその写真を目の前にした僕の中にさっき抱いた感情が帰ってくる。しかも今回はより強く。
「この個体はいわば『ドラゴン娘』といったところでしょうか。このような『魔物娘』は一般的には突然変異により生じると言われているため、先ほども話したようにその個体数は非常に少ないと考えられており、目にする機会はないと考えられます。しかしながら、我々や『原種』の目から逃れてひっそりと生きている個体もいるかもしれません。...ちょうどいい時間ですね、ではこれで講義を終わりましょう。」
講堂の照明が点けられ、スクリーンに映った彼女の姿が薄くなってしまった。それでも、その姿は僕の頭の中にはっきりと焼き付いている。「終わったー」「朝一からしんどい」などとガヤガヤしながら立ち去っていく生徒たち。教授も出て行ってしまった。だけど僕は、しばらくそこを動けなかった。
◎ソフィア・ノヴァのざっくり解説コーナー
新人魔物研究員のソフィア・ノヴァです。ここでは魔物や魔物娘について簡単に紹介していきます。教授に聞けばもっと詳しくわかると思いますが、忙しそうなので代わりに僕がまとめてみました。
- ドラゴン(Dragon)
言わずと知れたドラゴン。四足歩行で背に翼を持ち、炎を吐く姿が代表的です。「龍」と混同されることもありますが、系統的には近縁でありながら別の分類群に属しています。下位分類には「ワイバーン」や「ワーム」などが含まれます。形態による分類が多いため、研究が進めば見直される可能性もあります。
- ワイバーン(Wyvern)
ドラゴンの下位分類のひとつ。腕が翼に置き換わり、二足歩行になった姿が特徴です。骨格を比べると、ドラゴンの前脚とワイバーンの翼が同じ起源を持つ「相同器官」であることがわかります。古い文献ではドラゴンとワイバーンの呼び方が逆になっていることもあり、研究者泣かせの存在です。
- ワーム(Worm)
脚を持たないドラゴンの仲間。大きな蛇やミミズのような姿を思い浮かべてもらうとわかりやすいでしょう。
- アンピプテラ(Amphiptere)
翼を持つ蛇のような姿をしたドラゴンの一種。生態の記録はほとんど残っていませんが、古い紋章や紋様に描かれることが多く、象徴的な存在だったようです。
- ヴイーヴル(Vouivre)
アンピプテラに似ていますが、上半身が女性だったり、額に宝石を持つなど、人間的な要素を含むことが特徴です。広義の「魔物娘」に近い存在ですね。伝承では水を飲むときに額の宝石を外すとされ、それを手に入れれば大金持ちになれるとも言われています。乱獲の影響で、今ではほとんど見られなくなってしまいました。




