6話~ミルフィーユ、研究される~
「ん~……角は高さが2センチ、太さは直径1センチか。短い角が2本。――赤竜の女の子の特徴だね。」
そう言いながら、ロベルトはノートに私のデータを書き込んでいく。
今日はロベルトの学校がお休みの日らしい。
朝食を終えた彼は、私が起きてくるのをずっと待っていたようで、目を覚ました私を見るなり、すぐにデータを取り始めた。
「もうっ! 行儀悪いよ! ロベルト、ミルフィーユは今ご飯を食べてるの!」
食事中の私の頭に手を伸ばして角を触ったり、メジャーで大きさを測ったりするロベルトに、レベッカが声を荒げる。
「いや……ずっと我慢してたんだよ。俺が帰ると、ミルフィーユはいつも寝てるから……。」
ロベルトは苦しい言い訳をする。
「そんなのミルフィーユのせいにしないで! 生後4、5か月の赤ちゃんなんだから、寝てるのは当たり前でしょ?」
レベッカは呆れたように、けれど真剣に説教を続ける。
「ミルフィーユ、ちょっと背中の羽を触らせてくれ。」
「うん。」
ロベルトはレベッカの説教など耳に入っていないかのように、研究に没頭していた。
「この……生物マニアめ……。」
レベッカはぎゅっと拳を握りしめ、顔の前に突き出して怒りをあらわにする。
一方のボウルは、2人のやり取りを気にすることなく、黙って紅茶をすすっていた。
――『レベッカも似たようなもんだ』。
黙々と紅茶を飲むボウルの横顔が、そう語っているように私には思えた。
「ぷっ!」
私は思わず吹き出してしまった。
「きゃあ! ミルフィーユ、どうしたの? ロベルトが変なところ触ったから!?」
私が笑ったのを見て、レベッカが慌てて声を上げる。
「ご、ごめん! ミルフィーユ。」
ロベルトは焦って謝った。
だが、私を笑わせた張本人のボウルは、わざとらしくそっぽを向いている。
――本当に、人前だととことんカッコつけたがりなんだから、と私は思った。
* * *
朝食が終わると、レベッカはボウルを連れて庭に出た。
庭では、ボウルがレベッカの指示に従い、走ったり飛んだりしている。
ひと通りボウルを運動させると、今度はレベッカがその足をペタペタと触り回った。
一方の私は、部屋の中で椅子に座ったり、ソファに寝転がったりしているだけ。
特に不満はないけれど、庭で走り回るボウルが少し羨ましい。
昼になると、レベッカとボウルは家に戻ってきて食事の準備を始めた。
いつもなら私も皿を運んだり、テーブルを拭いたりと少しは手伝うのだが――今日はロベルトが離してくれないせいで、何も出来ない。
申し訳なさそうに2人を見ていると、彼らは笑って見返してくる。
やがて食事が出来上がると、さすがのロベルトも私を解放し、一緒に昼食を取ることになった。
「どう? そっちは?」
昼食を取りながら、ロベルトがレベッカに成果を尋ねる。
レベッカは大きくため息をついて答えた。
「狼の足って反則ね。バネが凄すぎるのよ。
細くて無駄がないのに、着地の衝撃を上手く吸収してる。骨格からして人間とは違うみたい。」
「足の骨か……どういう構造なんだろう?」
ロベルトが興味深そうに言う。
「切り落としてみるか? そうすれば分かるだろう。」
ボウルが2人の会話に口を挟む。
「そんなことするわけないでしょ! 本当に天の邪鬼なんだから!」
レベッカはムッとして怒鳴った。
するとボウルは黙って鼻で笑ってみせた。
* * *
食事を終えると、また2人は庭に出た。
ただし「食後すぐの運動は良くない」と言って、レベッカはボウルを座らせ、足のマッサージを始めている。
「ボウルは本当は、おしゃべりで気さくな人なんだよ。」
私は庭の2人を眺めながら、尻尾のデータを取っているロベルトに言った。
「知ってるよ。ボウルは時々、ああやって僕たちを試しているんだ。」
ロベルトは私の尻尾を触り、ノートを取りながら答える。
「研究者の中には、亜人の命を考えない人が多いからね。」
ノートを書き終えると、今度は尻尾の長さを測りながら、さらに続けた。
「でも僕たちは、偉い学者になるために手段を選ばないような人間にはなりたくないんだ。
亜人も人間も、命があって心がある。だからボウルが警戒しているようなことは、絶対にしない。」
その後もロベルトの研究は続いた。
私は窓際のソファに横になり、太陽さんの暖かい光を浴びながら――あまりの心地よさに、いつの間にかウトウトと眠ってしまった。
目を覚ましたのは夕食のときだった。
ロベルトは、やけにご機嫌だ。
「どうしたの?ロベルト?」
機嫌の良い彼に、レベッカが食事をしながら尋ねる。
「今日のミルフィーユの研究で、すごい可能性に気付いたんだ。」
ロベルトは自慢げに答えた。
「えっ? なになに?」
レベッカが身を乗り出す。
「ミルフィーユの背中の羽な……実は背中にある1本の筋で繋がってるんだよ。」
「えっ? それって凄いの?」
レベッカの声が、少し冷めた調子になる。
「凄いに決まってるじゃん! もし赤竜も同じ作りなら、その筋を麻痺させるだけで飛翔能力を奪えるんだ!」
ロベルトは興奮気味に語った。
しかし一同は黙り込む。
その反応に、ロベルトは「えっ?」という顔をした。
「戦闘中の赤竜を落とすのに、どうやって背後を取るんだ? 飛翔能力を持つ生き物は、戦いになれば必ず飛ぶぞ。」
狩りの経験があるボウルが、現実的な質問を投げかける。
「それは……もっと高く飛ぶ?」
「赤竜より高く飛べるなら、落とす必要なんてないだろう。」
ボウルの言葉に、ロベルトは「ふむ」と答え、思い出したように食事を再開した。
「ま、学者の研究なんてそんなものよね。実戦に活かすより、知識として知りたいだけなんだし。」
レベッカがフォローとも皮肉とも取れる言葉をかける。
ロベルトは少しだけ肩を落とした。
「いい子、いい子。」
私は落ち込むロベルトの頭を撫でて、慰めてあげた。




