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【交界記外伝3】竜の落とし子―太陽さんがくれたぬくもり―  作者: なぎゃなぎ


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3話 ~ミルフィーユ、売られる~

挿絵(By みてみん)

ディアンヌが私を完全に嫌いになったのは、それから3日ほど経った時のことだった。


この日も、太陽さんが勝手口で眠る私を暖かく起こしてくれた。

目を覚ました私は、空を飛ぶ練習をしようと背中の羽をパタパタと動かしていた。


空を飛べるようになれば、水を運べる。

他にできることは無いけれど、それができれば――ディアンヌはまた最初の一週間のように、優しくご飯を食べさせてくれるに違いない。


そう信じて、一生懸命羽を動かした。

しかし、どんなに頑張っても羽はただ動くだけで、空へ舞い上がる気配はまるでなかった。


ガチャリ。


不意に勝手口の扉が開き、人影が現れる。

顔を上げると、ディアンヌが冷たい目で私を見下ろしていた。


「水汲みにも行かずに、何を遊んでいるの!」


「あ……。」


言葉が出なかった。

最近はいつも怒られてばかりで、私は萎縮してしまっていた。


そんな私を見て、ディアンヌは「どいて!」とだけ言い放ち、樽を抱えて水汲みに出て行った。


その日も当然のように朝食を抜かれた私は、仕方なく庭で虫を捕まえて食べた。


――それが、いけなかった。


今日、初めてディアンヌに虫を食べるところを見られてしまったのだ。


「きゃぁあああ!」


悲鳴をあげるディアンヌ。

私は何が起きたのか分からず、心配になって近付いた。


「どうしましたか?大丈夫です?」


「来ないで!気持ち悪い!!」


私を追い払うように叫ぶディアンヌ。


それ以降、私は家の中に入れてもらえなくなった。


* * *


夏が過ぎ、季節は秋になった。


秋は夏に比べて虫が少ない。

けれど、家の裏の山からはドングリがたくさん落ちてくる。

私はそのドングリを拾って食べるようになった。


生まれてから三か月が経ち、羽を使って少しだけなら空を飛べるようになっていた。

ドングリだけでは足りず、羽ばたいて木に登り、木の実を採って食べることもできるようになっていた。


この頃の私の好物はイチジクだった。

当たり外れはあるけれど、甘くてとても美味しい。

そんなにたくさんは採れないけど、もう落ちそうな実が「当たり」であることが多かった。


イチジクを口に運びながら、私は初めて街に来た時のことを思い出す。


「ディアンヌと一緒に食べたミルフィーユ……美味しかったなぁ。」


ディアンヌは怖い人だ。

けれど、私は彼女に感謝していた。


ディアンヌがいなければ、言葉を知らなかった。

ディアンヌが私に毛布をくれた。

ディアンヌが「お前は空を飛べるんだ」と教えてくれた。


私は、ディアンヌのおかげでここまで生きてこられたのだ。


今、口にしているイチジクは甘くて美味しい。

あの時に食べたミルフィーユより、もしかしたら甘いかもしれない。


そう思い、一口かじったイチジクを手に、私はディアンヌのもとへ向かった。


「ディアンヌ、これ、甘くて美味しいです。」


家の窓をトントンと叩き、室内にいたディアンヌにイチジクを差し出す。


ペシッ!


突然、頬に痛みが走った。

驚いて手からイチジクを落とす。


見上げると、ディアンヌが私を睨みつけていた。

叩いた手をそのままに、冷たい目で私を見下ろしていた。


「汚い手で窓を触らないで!!」


ディアンヌはそう吐き捨てると、勢いよく窓を閉めた。


私は地面に落ちたイチジクを拾い上げる。


「……甘くて、美味しいのに。」


小さくつぶやき、拾ったイチジクにかじりついた。


* * *


美味しい木の実が食べられる秋は、夜が冷え込む。

雨が降れば、その寒さは一層身に染みた。


私はディアンヌにもらった毛布にくるまり、ガタガタ震えながら、太陽さんが再び顔を出すのをひたすら待つしかなかった。


ようやく訪れた久しぶりの晴れの日。

私はいつものように裏山へ実を採りに行こうと羽を広げた。


けれど、今日は違った。

すぐに地面へ落ち、うまく飛ぶことができない。


体が重く、頭がクラクラする。


――クシュン!

――クシュン!!


鼻は勝手に歌を歌いだし、鼻水が止まらない。

口も「コホコホ」と意味のわからない音を立てた。


動く気力もなくなり、庭先にそのまま横たわる。

毛布にくるまりたいのに、そこまで戻る力さえ残っていなかった。


そこへ、水を汲みに出てきたディアンヌが私に気付いた。


「どうしたの?真っ赤な顔をして……」


そう言って私の額に手を当てる。

久しぶりに感じる人の手の温もりは、柔らかくて心地よかった。


「あら……風邪をひいたの?」


「かぜ……?」

私は聞き返す。


その瞬間、ディアンヌは立ち上がり、表情を一変させた。


「もう! いい加減にして! 大金払ったのに役に立たないどころか邪魔ばかりして……今度は風邪? もう、あなたなんかいらない!」


そう怒鳴ると、私の尻尾をつかみ、ずるずると引きずって歩き出した。


「……毛布……」


かすかな声で毛布を欲しがる私を無視し、ディアンヌは庭を出て、まっすぐ奴隷商人のもとへ向かった。


* * *


「この子、いらないから! 竜の子よ。高く買ってよ!!」


半ば怒鳴るように、ディアンヌは奴隷商人に私を突き出した。

私はぼんやりした意識のまま奴隷商人を見る。

奴隷商人も私を見て、何やら考え込んでいるようだった。


「う~む……赤竜の子ですか。今はまだ赤ん坊ですが、成長すれば相当な力になりますよ?」


「未来なんてどうでもいいの! 私はすぐに役立つ奴隷が欲しいの!!」


ディアンヌは奴隷商人の言葉を遮り、声を荒げる。


「……分かりました。ただ、この子は弱っているようですし、300万でどうでしょう?」


「はぁ? 六百万で買ったのよ? 少しは育ってるんだから、もっと色をつけなさい!」


「そうは言っても……生後1か月も3か月も大差はありませんしね。空を飛べても、この体の大きさでは大したことはできませんよ。」


困ったように答える奴隷商人に、結局ディアンヌは根負けした。

その結果、私は300万で奴隷商人に売り渡されることになった。


奴隷商人は私を引き取ると、まず首輪を外し、牢屋に入れてくれた。

さらに、水とお粥を差し出す。


久しぶりに食べる温かい食べ物に、私の心は少しだけ落ち着いた。


「……毛布……」


私は大好きな毛布が欲しいと、つたない言葉で懸命に伝えようとする。


「ああ、少し待ってな。」


そう言うと奴隷商人はどこからか毛布を持ってきて、私に与えてくれた。


毛布にくるまると、自然と安心する。

できれば、ディアンヌの家の勝手口にあった、使い慣れた毛布が良かった。

けれど、それを望んでも、ディアンヌが渡してくれることはもう二度とないだろう――そう、何となく分かっていた。


「本来なら教会の司祭を呼んで治癒魔法をかけてもらうんだが、そんな金はない。売れるまで死なないでくれよ。」


奴隷商人はそう言い残し、牢が並ぶ部屋を後にした。


* * *


「お嬢ちゃん、風邪ひいて捨てられたのかい?」


毛布にくるまり、熱で息を切らしていた私に、隣の牢屋にいたおじさんが声をかけてきた。


「おじさんは?」


私はおじさんに問いかける。


「私はボウル。狼の亜人だよ。こないだ亜人狩りに捕まっちまってね。……奴隷生活はどうだった? ご主人様は厳しかったかい?」


「ディアンヌは優しかったの。美味しいケーキを食べさせてくれたり、言葉も教えてくれました。」


そう答えると、ボウルは小さく笑った。


「……お嬢ちゃんは『優しい』の意味をまだ知らないんだな。本当に優しい人は、風邪をひいた子の尻尾を掴んで奴隷商人に売り飛ばしたりはしないさ。」


「ボウルさんは優しいの? 太陽さんは知ってる?」


私は毛布にくるまりながら、次々と質問を投げかける。

ボウルはその一つひとつに、丁寧に答えてくれた。


* * *


それから、私の生活はまた変わった。


太陽さんが出ている時間、私は店頭に並べられるようになった。


人々の多くは私を見ると足を止め、口々にこう言う。


「可愛い! 欲しい!」


すると奴隷商人がすかさず近づいて、調子よく言葉を並べる。


「いらっしゃいませ。可愛いでしょう? 亜人の中でも珍しい、赤竜の赤ちゃんですよ。今は小さくて飛ぶくらいしかできませんが、成長すれば人間など到底かなわない怪力と、鉄より硬い皮膚を持つ最強の戦士になります。」


得意げに説明しながら、食いついた客には牢屋の格子から私の顔を覗かせる。


「しかもこの愛嬌のある顔立ち。大きくなれば絶世の美女になること間違いなしですよ!」


「へぇ……今は大事に育てればいいんですね。で、お値段は?」


「はい。400万です。」


「……あー……。」


そこで大抵の会話は終わってしまう。


400万がどれほどの価値かは分からなかったが、どうやら他の奴隷に比べて相当高額らしい。

そのせいで、私はなかなか買い手がつかなかった。


そして、狼の亜人ボウルも、なかなか売れなかった。


狼の亜人は足の速さが特徴で、人力車を引かせたり狩猟犬代わりに使われたりすることが多いらしい。

だが、ボウルはすでに年をとっていて、体力が落ちていることが懸念され、十万でも買い手がつかないのだという。


夜になると、私はボウルと眠りにつくまでお話をするのが日課になった。


ボウルはいつも、買われても辛いだけだから、できることならこのままここで売れ残って、死んでしまいたい――そう呟いた。


その言葉はとても悲しくて、私は胸がぎゅっと締めつけられる思いがした。


だから私は決めた。

もし私が成長して、本当に力を持てるようになったら――必ずボウルをこの店から逃がしてあげようと。


ボウルは、草原という楽園がこの世界にはあると教えてくれた。


見渡すかぎり一面が草で覆われていて、力いっぱい走っても決して走りきれないほど広いのだという。


私は想像する。

ボウルを助け出して、一緒にその草原を駆け回る自分の姿を。


それが、私の中に生まれた初めての夢だった。

※作者よりお願い※

この作品『竜の落とし子』は カクヨムコン参加作品 です。

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