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【交界記外伝3】竜の落とし子―太陽さんがくれたぬくもり―  作者: なぎゃなぎ


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17話 ミルフィーユ、成長して行く

挿絵(By みてみん)

翌朝。

私は綾菜に抱っこされたまま、ふかふかのベッドと毛布にくるまれて目を覚ました。


綾菜は私を抱いたまま「すーすー……」と寝息を立てている。

隣のベッドではシノちゃんも眠っていた。


――こんな目覚めは初めてだ。


これまで一緒に眠ってくれたのはボウルだけ。

でもボウルは、こうして抱っこして寝てくれたことはなかった。

「一緒に寝る」というより、「そばにいてくれる」という表現が正しかったのだと、綾菜を見ながら私は思う。


誰かに抱っこされ、一緒に眠る安心感を――私は初めて実感していた。


私はそっと綾菜の首に指を伸ばし、なぞる。

首輪のない綾菜の首元。


綾菜は誰かに命令されたわけではなく、自分の意思で私を倒し、そして守ってくれた。

首輪を外し、何にも縛られていない私を前に、こうして気を許してくれている。


――ディアンヌは私を労働者として。

ロベルトやレベッカは私を研究対象として。

ボウルはロベルトの指示で。

昨日の犯罪者は私を商品として――側にいてくれた。


この人は……私を何として、そばに置いてくれるのだろう?


そんなことを綾菜の寝顔を見ながら考えていると、綾菜が目を覚ました。


「あ……ミルちゃん。おはよう。お腹、空いた?」


綾菜は気づくと、すぐに私のお腹のことを心配してくれる。


「ううん……」


答える私の頭を撫でてから、綾菜はベッドを降り、朝食の用意を始めてくれた。


「ミルちゃんはまだ休んでてね」


そう言われ、私はそのまま再びベッドに潜り込み、眠ってしまう。


――ボウルのこと、話さなきゃ……。


そう思う私の気持ちに反して、体はまだ眠りたがっていた。


* * *


次に目を覚ましたときには、もう朝食の用意ができていた。

綾菜は私を膝に乗せ、一緒に食事を始めてくれる。


ご飯が終わると、綾菜は食器を洗い、今度はおやつを出してきて一緒に食べさせてくれた。


しばらくすると、シリアが綾菜の部屋に遊びに来る。


綾菜、シリア、シノちゃん、そして私。

4人で紅茶とお菓子を囲みながらおしゃべりを始めた。


――すごく楽しくて、優しい時間が流れる。


……ボウルも呼びたい。


私は勇気を出して、3人にボウルのことを話した。

3人は真剣に耳を傾けてくれ、これからみんなでボウルを探しに行こうと決まった。


* * *


森に入ると、すぐにボウルが見つかった。

真っ先に近づいていったのはシリアだった。


シリアは眠るように横たわるボウルの隣にしゃがみ、そっと右手を添える。


「……酷いことを」

そう呟き、祈りの言葉を唱え始めた。


「右足を切断して移動力を落とした後、槍で一突き……。

血の飛び散り方と、胸に突き刺さったままの槍傷の広がり具合から見て……かなり暴れたのね」


綾菜はなぜか、私の目を隠してくる。


「勇敢な戦士デス」

シノちゃんがボウルを称える。


私は目を覆われているので、何が起きているのか分からない。

ただ、ボウルのいるらしい場所から――乾いた血の臭いと、かすかな腐敗臭が漂ってくる。


「ねぇ……どうしたの?なんで目を隠すの?」

私は綾菜に尋ねた。


「……」


すぐに答えは返ってこない。

けれど、私の目を覆う綾菜の手からは悪意が感じられなかった。


――何か、私にとって良くないものがそこにあるのだろうか。


「シノちゃん、ちょっとミルとお花を摘んできてもらえる?」


少し間を置いてから、綾菜が――私ではなく、シノちゃんに指示を出した。


「デス」

シノちゃんは短く返事をし、私の手を引いてボウルのいる場所から離していった。


* * *


「ねぇ、シノちゃん?どうしたの? ボウルの怪我は痛いの?」

私は不安でたまらず、シノちゃんに尋ねる。


「……ボウルは死んでるデス」


ほんの少し間を置いて、シノちゃんははっきりと答えた。


――死。


まだ小さな私には、よく分からない言葉。

けれど、シノちゃんや綾菜、シリアの反応で悟る。


それは、とても悲しいことなんだと。

もうボウルとは会えないのだと。


「逃げろっつっただろうが!!!」

最後に怒鳴ったボウルの声がよみがえる。


私は――怒られたまま、お別れをしてしまった。

ボウルは私を嫌ったまま、どこかに行ってしまったんだ。


「そんなの……嫌だよぉ~…」


花を摘みながら、私はポロポロと涙をこぼし始める。


せめて――優しい顔のボウルを見たい。

せめて――仲直りがしたい。

せめて――お礼が言いたい。


「今は出来る事をするデス」

泣きじゃくる私の肩を、シノちゃんがポンッと叩いてくれる。


私は涙を拭いながら、シノちゃんと一緒に一生懸命お花を摘んだ。


* * *


花を抱えて戻ると、ボウルは穴の中に横たわっていた。

顔だけが見えるように、体のほとんどは土の中に埋められていた。


穴は深く掘られ、顔のまわりだけは花を添えられるように広めに作られていた。


綾菜とシリアは服も顔も土でどろどろになりながら、私たちを待っていてくれた。


* * *


私たちは摘んできた花を1本ずつ、丁寧にボウルの顔のそばへ置いていった。

最後の1本を私が入れると、綾菜と一緒に、ボウルの眠る顔の上にも砂をかけ始めた。


「ボウル、暑くない?」


今は夏。

私は、こんな暑い日に土に埋められるボウルがかわいそうだと思った。


「土の中はね、夏は冷たくて、冬は暖かいんだよ。

むしろ心地いいって、ボウルさんは喜んでるかもしれないね」


綾菜が優しく答えてくれた。


* * *


埋葬が終わると、綾菜とシリアが1本の木の板を立てた。

そこには『勇敢なる狼 ボウル ここに眠る』と掘られている。


私は字が読めないから、シノちゃんが教えてくれた。


一通りのお墓が出来上がると、綾菜が私を後ろからぎゅっと抱きしめる。


「ミルちゃん、これからボウルさんと最後のお別れをするの。

最後は、笑顔で見送ってあげようね」


綾菜が耳元でそう囁く。

私は涙をこらえながら「うん」と答えた。


そのやりとりを確認すると、今度はシリアがボウルのお墓に両手を添え、聞いたことのない言葉を唱え始める。


やがて――。


シリアの祈りに応じるように、ボウルのお墓は薄い金色に輝きだし、その光はゆっくりと空高くまで伸びていった。


私はその神秘的な光景に、思わず見とれていた。


すると――。


お墓から、薄く半透明のボウルがすうっと姿を現した。

彼は静かに立ち上がると、そのまま光の柱をゆっくりと登りはじめる。


「ボウル! ボウル!!」


私は必死に呼び止めた。

けれど、抱きしめる綾菜の腕に力がこもり、身動きが取れない。


「ボウル! ご挨拶は!?

起きたら“おはよう”って言うんだよ!!」


声が震える。

その時の自分の顔がどうだったかは分からない。

ただ――振り向いたボウルと目が合い、彼がにこっと微笑んでくれた瞬間。

私は確かに釣られるように、涙をこぼしながら笑みを返していた。


「ボウル…ごめんね。そして…ありがとう!!」


どうしても言いたかった言葉を、ようやく口にする。

ボウルは小さくうなずくと、再び光の柱を登っていき、やがて太陽の光に溶けるように消えていった。


「ボウル…太陽さんのところに行ったの?」

私は綾菜に尋ねる。


「うん。これからは太陽さんと一緒に、ミルちゃんを見守るって」

綾菜が優しく答えてくれる。


「ボウルね、“達者でな”って言ってたの!」


「そうだね」

綾菜は静かに同調し、私をさらに強く抱きしめてくれた。


* * *


それから、数日が経った。


あの日のあと、綾菜が私のママになってくれることになった。

産まれて4年目にして、初めて「ママ」と呼べる人ができたのだ。


私は今、ジールド・ルーンの王城にある魔術師の塔で、ママとシノちゃんと3人で暮らしている。

城の敷地から1人で外に出ると、ママだけでなく聖騎士様達にも叱られるから、少し不自由ではある。

けれど敷地内なら自由に歩き回れるので、退屈することはない。


午後3時のおやつの時間は、私の1日の楽しみのひとつ。

その時間になると、シリアとシノちゃん、ママと私の4人で、紅茶やお菓子を囲みながら楽しくおしゃべりをする。


――こういう時間が、すごく好き。


宮廷司祭のシリアは、とても品のある人で、私の憧れる女性像だ。

貴族の出だから時々庶民離れしたところもあるけれど、むしろそこが可愛らしく見える。

男性からの人気も高いみたいだけど、シリアは主神ジハドに恋しているから、人間の男性にはなびかないんだって。

実は司祭としてもかなり上の地位にあり、彼女が取り仕切るお葬式は普通なら高額すぎてできないほどだと聞いた。

ボウルは、本当に幸せ者だったのだと思う。


シノちゃんは、ノームと呼ばれる大地の妖精の亜人。

見た目は子どもだけれど、実際の年齢は20歳らしい。

自称「勇敢な戦士」でプライドが高く、禁句も多いから少しめんどうだ。

亜人と呼ばれるのも、子ども扱いされるのも嫌らしい。

だからこそ、彼女を「可愛い!」と追いかけ回すママが苦手みたいだ。


そして、私のママ。

シリアとはまた違うタイプの美人で、元気いっぱい走り回るタイプ。

いたずらをしては城の人たちに怒られているけれど、叱られても懲りず、もっと大きないたずらを計画する。

そんなやんちゃなママは「じゃじゃ馬魔術師」と呼ばれ、この国の人気者になった。


ママは私にいろんなことを教えてくれる。

最近は字の読み書きを教わっている。

いつかボウルに手紙を書けたらいいな――そう、私はひそかに思っている。


私は毎朝、起きると空を見上げて、太陽さんのそばにいるボウルに挨拶するのが日課になった。

ママが教えてくれたのだ。

太陽さんは見えなくても、空の上にずっといるんだと。


だから私は、こう思うようになった。


太陽さんの日のボウルはご機嫌。

曇りの日のボウルはカッコ付けマン中。

雨の日のボウルは怒っていて、雷の日のボウルはカンカン。


――明日のボウルは、どんな気分かな?


明るくてあたたかい太陽の光を浴びながら、今日も私は空を見上げ、ボウルの機嫌を伺うのだった。

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