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【交界記外伝3】竜の落とし子―太陽さんがくれたぬくもり―  作者: なぎゃなぎ


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16話~ミルフィーユ、捕まる~

その夜、私は必死に飛び続けていた。


暗い夜空は、昼間よりもさらに広く感じる。

どこへ向かっているのかすら分からない。


ただ恐怖に怯え、ボウルとの別れを思い出しては涙が溢れ、羽ばたくしかなかった。


――気付けば、私は崖の中腹にある小さな洞穴の中で目を覚ましていた。


疲れ切った体が、無意識にその穴へ逃げ込み、そのまま眠ってしまっていたのだ。


泣きすぎたせいで、頭がガンガンする。

喉も渇いていて、私はふらりと洞穴の外に出た。


太陽さんが、変わらず空から眩しく微笑んでくれる。

その光に包まれながら、私はぽつりと呟いた。


「……太陽さんだけだね。私のそばにずっといてくれるのは。」


そう言いながら羽ばたき、近くを流れる川へ降り立つ。

冷たい水に顔を突っ込み、夢中で喉を潤した。


「ボウル……」


ボウルは今、どうしているんだろう?


胸の奥が、ぎゅっと痛んだ。


――嫌われてもいい。

――怒られてもいい。


それでも、ボウルの声が聞きたい。

ボウルの顔が見たい。


そう願って、私はまた飛び始める。

ボウルと別れたあの場所を探して。


低く、低く、羽を必死に動かしながら……。


空を飛び続けて、どれほど経っただろう。

ようやく見覚えのある真っ白な街が視界に映った。


ジールド・ルーンの城下町。

昨晩、私たちが眠った場所だ。


あの街の近くの森に、きっとボウルがいる。

私は森を探し、やがて木々の間にそれを見つけ、羽ばたいて中へ入っていった。


すると――すぐにボウルの姿が目に飛び込んできた。

草の上に、うつ伏せで倒れている。


「ボウル!!」


私は声を張り上げ、真っ直ぐに彼のもとへ飛んでいった。


けれど、近づいた途端、違和感に気付く。


切断された左足の出血はすでに止まっている。

背中には、突き刺さった長い棒が突き出ていて、その根元は血で真っ赤に染まっていた。


顔の毛並みも、いつもの艶やかさを失い、ぼさぼさになっている。


「……ボウル?」


私は恐る恐る呼びかけ、体を揺さぶった。


けれど、ボウルの体は冷たく、固くなっていた。


「ボウル?」


もう一度呼んで、少し強めに揺さぶる。

でも、やっぱり何の反応も返ってこない。


……もしかして、私が戻ってきたから怒ってるの?

嫌われたから、無視してるの?


私は揺さぶっても答えてくれないボウルを見ながら、最初に一緒に暮らしたディアンヌのことを思い出した。


あのときも、ディアンヌに無視されていた。


無視されるのは――怒られるよりも、ずっと辛い。


ポタリ――。


ボウルを揺さぶる私の瞳から、涙がこぼれ落ちる。


「ボウルゥ……!」


ガサッ!


返事をしてくれないボウルに気を取られていたその隙に、後ろから突然、誰かに抱き上げられた。


「!?」


一瞬、何が起こったのか分からず、私は声を失う。


「わはははは! やった……やったぞ! 赤竜のガキを捕まえた!!」


その声を聞いて、すぐに理解した。

――昨日の犯罪者だ。


「離して! ボウルとお話しするの!」


必死にもがくけれど、その腕は痛いほど強く、抜け出すことはできない。

いつも誰かに抱き上げてもらうときの優しさなんて、そこにはまるでなかった。


「昨日の狼の反応を見て確信したんだ。お前は絶対に戻ってくるってな!」


男は笑いながら、私の首に奴隷の首輪をはめた。


「ボウル、逃げて! ボウル、起きて!!」


私の叫びは虚しく森にこだまし、木々に吸い込まれていくだけだった。


こうして私は、ご機嫌な男の腕に抱えられたまま――連れ去られてしまった。


* * *


その後、私はジールド・ルーンの街のどこかの民家に閉じ込められていた。

首輪をはめられ、鉄の檻の中に入れられたまま。


犯罪者の男は、私の目の届く場所で椅子に座り、分厚い本を読んでいる。

私は檻の中でシクシクと泣き続けていた。


「ほぅ……飛翔能力に夜目、嗅覚も聴覚も優れている……。

赤竜の吐く炎は岩すら一瞬で灰にし、尻尾は巨大熊を一撃で仕留める筋肉の塊。

皮膚硬化すれば、鰐の牙すら砕くほどの強度……さらに筋力も魔力量もすべての生物を凌駕する……だってよ! 化けもんだなぁ」


「化けもんじゃないもん……。ボウル……」


泣きながら答える私に、男はニヤリと笑った。


「お前にあの狼なんて必要ねぇだろ? お前と比べりゃ、ただの格下の生き物だ」


男は読んでいた本を机に置き、伸びをしながら続ける。


「……ま、あいつには感謝してやらねぇとな。

ツレを2人も殺ってくれたおかげで、取り分は全部オレのもんだ。

奴隷商人に売るのもいいが、どうせならオークションにかけてやった方が儲かる。

――で? お前、どこまで赤竜の特性を持ってる?」


「知らない! 大嫌い!!」


私は心の中で、この男だけは絶対に許さないと誓った。

友達を殺されて喜ぶなんて、普通じゃない。

ボウルをいじめて笑うなんて、絶対に許せない。


「ほう? そうかい? なら試すだけだ」


男はトンカチを手に取り、私の腕を乱暴に掴む。


「皮膚硬化できなきゃ、痛いぞ?」


ニヤニヤと笑いながら、トンカチを振り下ろした。


ドスッ。


鈍い音とともに、私の腕に衝撃が走る。


「ひっ……!」


思わず悲鳴をあげる私を見て、男は愉快そうに口を歪めた。


「なんだ? 硬化できねぇのか。もう一発いってみるか?」


――ボウルも、こんな風に痛めつけられたのかな……?


プチン。


その瞬間、私の中で何かが弾けた。


――もう、みんな大嫌い!!!


私の体から突然、透明な膜のようなものがあふれ出す。


バシュンッ!


檻が粉々に砕け、犯罪者の体は宙を舞って壁に叩きつけられた。


「ま、魔力……衝撃波……だと……?」


血を吐きながら、男はかすれた声を残す。


私の全身からあふれ出す力は、瞬く間に膨れ上がり、犯罪者のいた家をもろともに吹き飛ばした。

その奔流は止まることなく拡大し、私は宙に持ち上げられたまま、街のど真ん中で注目を浴びていた。


「嫌い、嫌い、嫌い、嫌い……嫌いっ!!」


私は目につくすべてが嫌になっていた。

いつも側にいるのに、助けてはくれない太陽さん。

私を無視するボウル。

ボウルや私をいたぶった犯罪者。

白くて綺麗な街並みも、強くて優しいはずの聖騎士様も……

結局みんな、私の気持ちなんて関係なく、苦しむ私を見ても気にも留めず、楽しい毎日を送っている。


――みんな、この膜に押し潰されてしまえばいい!


生まれて初めて、心の底から怒りに燃えた。

生まれて初めて、破壊衝動に身を委ねた。


ドンッ!


突然、私の膜が一方向から強く押し返される。

視線を向けると、ひとりの綺麗なお姉さんが、私と同じ膜を張り、ぶつけてきていた。

その隣にはシリアと、シノちゃんの姿。


シリアは必死の表情で、お姉さんに叫んでいた。


「綾菜、早く眠りの魔法を!!」


「おいたをする幼児を寝かし付けて黙らせる……そんな無責任な大人の対応、できるわけないでしょ!」


「え……?」


綾菜の言葉に、私は一瞬で力が抜けた。

人を傷つけ、家を吹き飛ばした私を――彼女は「おいたする幼児」と言った。


気の抜けた私の膜は、綾菜の放った膜に押し戻され、パァン!と大きな音を立てて弾け飛んだ。

膜が消えた私は、力なく地面へと落ちていった。


「シノちゃん!」

「デス!」


綾菜が叫ぶと、シノちゃんは私の真下まで駆け寄り、落ちてきた私の体をしっかりと抱き止めてくれた。


「ありがとう……」

私はシノちゃんに礼を言い、綾菜を見上げる。

彼女は地面にしゃがみ込み、ゼエゼエと息を切らしていた。


シリアがすぐに近づき、手を添えて魔法を唱える。

「だから眠りの魔法をって言ったんですよ。魔力衝撃波なんて、非効率的で危ないことはもうやめてくださいね。」

お説教混じりの声。綾菜はその魔法を受けて息を整え、再びこちらへと歩み寄ってきた。


キィンッ!

力なく振るった私の右手を、綾菜は腰のレイピアで受け止める。

体が少しよろめきながらも、彼女は笑みを崩さなかった。


「ぶたないで……」

私は震える声で訴えた。


「どうしてぶたれると思ったの?」

穏やかな声。


「私が……化け物だから……」

涙混じりに口にした言葉は、自分でも意味が分からなかった。


「可愛い化け物ね。――でも、私のほうが化け物よ?」

綾菜は小さく笑い、私の首にかけられていた奴隷の首輪を外してくれた。


「あら、可愛い!」

顔を覗き込んだ瞬間、綾菜の瞳がきらきらと輝く。


「綾菜の病気が始まったデス……」

シノちゃんがため息混じりに呟く。


「シノちゃん、ちょっと抱っこさせて!」

その願いに、シノちゃんは無言で私を預けた。

綾菜は私を強く抱きしめ、頬をすり寄せて、満足そうに笑う。


女の人に抱きしめられるのは、なんだか久しぶりな気がする。

その温もりに、私は少しだけ安心した。


「む~……ねぇ、シリア。可愛い子が2人揃ったら、お揃いの服を着せてみたくならない?」

「ならないデス。そもそも、私は成人デス。」

即答するシノちゃんだったが、あっさりと綾菜に捕まる。


「シリア。私、ちょっと疲れたみたい。そこの誘拐犯の処理、任せてもいい?」

「どうぞ。」

「ありがとう!」


綾菜は私とシノちゃんを抱えたまま走り出した。


「ちょっ、綾菜!そっちは家じゃないデス!!商店街デス!!」

シノちゃんのツッコミも虚しく、綾菜の足は止まらない。


「シリア!ここにも誘拐犯がいるデス!!」

シノちゃんの叫びが、夕暮れの空に響き渡る。


――こうして、私の新しい生活が始まりつつあった。

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