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【交界記外伝3】竜の落とし子―太陽さんがくれたぬくもり―  作者: なぎゃなぎ


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14話 ~ミルフィーユ、着く~

ジールド・ルーンに新しくやって来た宮廷魔術師と宮廷司祭を一目見ようと、大勢の国民が港に押し寄せていた。

そのため大混雑しており、すぐには下船できない――と船員から説明を受けた。


『早く降りたいのにぃ~……』


私は部屋に置かれた木のベッドの上で、足をバタつかせながら不満を訴える。

ボウルは部屋の小窓から混雑する港の様子を眺めていた。


「綾菜とシリア……すごい人気があるんだな。」

港で出迎える人々を見ながら、ボウルがぽつりと呟く。


「シリア、優しいし綺麗だもんね。私も大好き!」


私がそう答えると、ボウルは「そういう意味ではない」と返してきた。

彼の言いたかったのは、2人が国に何らかの影響を与える存在であり、人々が国の変化を期待している――そういう意味らしい。


私もそうだが、ボウルも政治や国のことには疎い。


「それにしても……あの2人、ノームを連れていたのに、奴隷の首輪をつけていなかったな。」


政治の話を広げられないと思ったのか、ボウルは話題を変えてきた。

私はシノちゃんの姿を思い浮かべながら、「ふむ」と答える。


確かにそれは不思議なことだった。

私たちを大切にしてくれていたロベルトやレベッカですら、信用しているはずなのに首輪を外してはくれなかった。


シノちゃんは「ツレの綾菜って人に、寝るときに拉致されて抱き締められる」とぼやいていたけれど、私はレベッカと一緒に寝たことすらない。

私が眠るとき、最後までそばにいてくれたのは、いつも亜人のボウルだった。


「人間って……亜人のこと、嫌いなのかな……?」


私は少し寂しい気持ちになる。


「好きとか嫌いって話ではないと思うぞ。

人間は、基本能力が高すぎる我々をどこかで警戒しているのだろう。

やむを得ないことだ。」


ボウルは慰めるように、優しく答えてくれた。


――やむを得ない。


私は、生まれながらに恐れられる赤竜の血と力を持っている。

人間は私のように空を飛べないし、火を吹くこともできない。

まだ私はできないけれど、皮膚硬化といって外部からの攻撃をほとんど無効化できる能力も、人間にはない。

尻尾だって持っていない。


私はまだ未成熟だから、そこまで飛び抜けた能力はないと思っている。

けれど、成長すれば魔力も筋力も、人間の限界を軽々と超える――ロベルトからそう言われたことがある。


でも、それを「恐い」と思われるのは……心外だ。


私だって、好きで“怖がられる化け物”として生まれてきたわけじゃない……。


もし人間が不便な生き物だとしても――それでも私は、レベッカと一緒に眠ってみたかった。

赤竜の亜人ではなく、人間の子として生まれていたなら……。

それだけで、今よりずっと幸せだったと思う。


「人間との距離感が……嫌だ。」


私は、昔からふとした瞬間に感じていた本音を、ぽろりと口にしてしまった。


* * *


「おいっ、ミルフィーユ!」


誰かが私の体を揺さぶりながら名前を呼ぶ。

目を開けると、ボウルが心配そうに私の顔を覗き込んでいた。


私はむくりと起き上がり、眠たい目をこすった。

――いつの間にか寝てしまっていたらしい。


「そろそろ船を降りるぞ。」


眠気眼の私の手を、ボウルが引っ張り、外へと連れ出してくれた。


* * *


「うわぁ~……。」


船を降りた瞬間、眠気は一気に吹き飛び、私は感動に包まれた。

遠くから見ても白く美しかった港は、実際に立ってみるとさらに眩しいほどの輝きを放っていた。


国賓2人のお迎えが済み、人影がまばらになった港を避けながら、私たちは外へと向かう。


街並みもまた、白い光に包まれていた。

道路も建物も白い石を削り出して造られていて、とても整然として華やかだ。

私はきょろきょろと辺りを見回しながら歩く。


この国に入ってから、ボウルはフードを外し、素顔のまま街を歩いていた。


すれ違う白銀の鎧をまとった騎士様たちは、私が挨拶をすると皆、紳士的に応じてくれる。

その胸には、皆同じ紋様が彫られていた。


「あれはジールド・ルーンの国章だな。噂に名高い聖騎士たちだ。」


ボウルは鎧の紋様を見てそう呟いた。


この国は戦に強く、『世界の剣』とまで呼ばれているらしい。

さらに、騎士としての教育も徹底されていることが素晴らしいと、普段は人間に厳しいボウルも絶賛していた。


「人間の組織力は、生物史上最強なのかもしれんな。」

人間嫌いのはずのボウルが、そんな感想を口にする。


* * *


「すみません。1晩泊まれる場所を探しているのですが、安い宿をご存じありませんか?」


珍しく、ボウルがすれ違った聖騎士に声をかけた。


「ああ、旅人ですね? ようこそジールド・ルーンへ。

お手頃な場所でしたら、この通りを真っ直ぐ進んで左手に見える《冒険酒場》が良いですよ。」


聖騎士様はボウルの顔を見ても動じることなく、にこやかに答えてくれた。


「冒険酒場?」


聞き慣れない言葉に、思わず私は口を挟んでしまう。


「はい。冒険酒場です、お嬢さん。見た目は食堂ですが、2階には寝床があります。」


聖騎士様が丁寧に説明してくれる。

それを聞いたボウルは「なるほど」と呟いた。


私たちは聖騎士様に礼を言い、教えられた道を素直に進んでいった。


「酒場風の造りで食事だけでも入りやすく、人が集まって情報交換もしやすい。

そのまま2階で素泊まりもできるようになっている。まさに冒険者や旅人向けの店だな。」


歩きながら、ボウルが補足してくれる。


* * *


ガチャリ。


私たちは冒険酒場の扉を開け、中に入った。


新しく入ってきた私たちに、店内の人々は全く興味を示さない。相変わらずざわついた雰囲気が漂っている。


中は薄暗く、外観の洒落た造りとは違って質素な印象だった。

木の床は歩くたびにギシギシと鳴る。

その軋む感覚が、私はなぜか心地よく思えた。


ボウルがカウンターに腰掛けると、私も羽をパタパタさせて隣の椅子に飛び乗った。

だが、この椅子は高すぎる。足が届かず、カウンターに顔を出すのもギリギリだ。


私は必死に両手をカウンターにかけて顔を出す。

けれど、手を離すとすぐに沈んでしまう。

羽で浮こうとしても、一定の高さで止まるのは高度な技術で、私にはまだできなかった。


「むむむ……。」

こんなところでまさか天敵に出会うとは――私はカウンターをにらみつける。


数秒の睨み合いの末、私は“奥義”に気づいた。

羽を使ってぴょんと飛び、椅子の上に立ってみる。

これでようやくカウンターを制覇できたのだ。


そんな私の戦いが一段落したところで、酒場のマスターらしき人物がボウルに声をかけてきた。


「いらっしゃい。子連れ狼なんて珍しいじゃねぇか。」


「ああ。エルンから来たところだ。寝床を探しているのだが……。」


「ををををを……。」

私は、カウンター越しに話す2人の姿に思わず感嘆の声を漏らした。


酒場の薄暗い雰囲気と、クールなボウルの横顔――。

狼男なのに、いや、だからこそかもしれない。彼はこの場にとてもよく似合っていた。


「うちなら1部屋、1晩3000ダームだ。」

マスターは私たちの前にお冷やを置きながら答える。

コップを置いたときに鳴った「コッ」という乾いた音が、また心地よかった。


私は両手でコップを持ち上げ、真似をして置いてみる。

――ドスッ。

変な音しか出ない。


「うん?」と思い、もう一度繰り返す。

どうやってもマスターのような小気味よい音が出ない。


「3000か。安いな。1泊頼む。あと、エールとオレンジジュースをくれ。」

必死にコップ遊びをしている私をよそに、ボウルとマスターは淡々と話を進めていく。


結局その夜は、ここで簡単に夕飯を済ませ、2階の部屋に泊まることになった。

部屋も一階と同じく木造で質素だ。

ベッドは硬かったけれど、木の温もりを感じて落ち着ける。


私は布団に潜り込むと、すぐに眠りに落ちた。

船の中では眠れていたつもりでも、どこか不安定で疲れが残っていたのだろう。

だからこそ、この木のベッドは驚くほど心地よかった。


――この夜が、すやすや眠る私をボウルが優しく見守ってくれる最後の夜になるとは、私はまだ知る由もなかった。

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