第三章 歪んだ報告と、沈む真実
任務を終え、ルミエールとカインは王宮に戻っていた。
夜になっても空気は冷たく、石造りの廊下に足音が響く。
しかし、ふたりの間に言葉はなかった。
あの教会跡でのやりとりの後、互いに妙な距離感ができているのを、どちらも気づいていた。
「……報告書は、俺がまとめとくよ」
カインが不意に言った。
「あなた、軽口ばかり言っていたけどちゃんと覚えてる?」
ルミエールは怪訝そうに言う。
「おいおい、それじゃまるで任務中俺が何にも考えてないみたいじゃないか」
「だいたい合ってると思うけど」
「ひでぇな。……まぁいい、大丈夫だ。先に会議室に行っててくれ」
◇ ◇ ◇
報告会議室では、既にルイとヴィクター、ロビン、リリー、エレーナたちが集まっていた。
ロビンがテーブルに用意した温かいお茶を配っている。
「はい、リリーちゃんにはちょっと多め。落ち着くわよ〜」
「ありがとう、ロビンさん。でも……なんか、やっぱり会議って緊張するよ」
「そんなときこそ、ゆっくり深呼吸。ね?」
「んー……ふぅぅう……」
向かいに座っていたエレーナが小さく溜息をついた。
「子どもじゃないんだから、そうやってあやさないでくれる?」
「うふふ、だって可愛いんだもの」
「……そんなことないよ?。ちゃんと仕事してるもん」
その様子を見ていたヴィクターが、背もたれに身体を預けながらぼやいた。
「……静かにできねぇのか、ここの連中は」
「あなたも静かじゃないのよ、いつも愚痴ばっかりだもの」
「おい、そりゃただの……性分ってやつだろ」
「そういうのを“騒がしい人”って言うのよ」
ルイが小さく咳払いをしたことで、その場が静まる。
「報告は順にお願いします。まずは――カインとルミエール」
カインが椅子を蹴るようにして立ち上がった。
「現場は、静かだった。ただ、足跡からして……
何者かが王女を“攫った後”に現場へ再び戻ってきていた可能性が高い」
「戻った? 犯人が?」とロビン。
「もしくは、別の誰か。偵察か、証拠隠滅のためか。いずれにせよ、動きは一度じゃ終わってない」
ルイが頷き、報告書に記す。
「ルミエール。補足はありますか?」
「……それ以上はないわ」
それだけを言って、席についた。
(他の皆も、あの“何か”には気づいていない……)
ルミエールの頭には、あの“裏路地”で感じた視線の記憶がまだ残っていた。
誰かが、そこにいた。
でも、それを確証に変える証拠は、今のところ何もない。
(……焦らないで。あれは確たる証拠じゃない。私やカインの足跡かもしれない。)
ルイは次に、ロビンたちの報告を聞き出し、そしてエレーナたちの進展に耳を傾けていく。
任務の報告は、形式としては滞りなく進んでいた。
だがその裏で、それぞれの目線が、無言の火花を散らしていた。
全員が、どこかで**「他者の思惑」を探っている**ようだった。
◇ ◇ ◇
会議の後。ルミエールは、自室へと戻っていた。
壁際に掛けた外套を丁寧に干し、鞘に戻した短剣を磨く。
金属の擦れる音だけが、静かな部屋に響いていた。
(……私は、何のためにこんなことを?)
机の上には、エレクシアからの個人契約書類が入った封筒。
決して誰にも見せることはできない。
けれど、その重さは――彼女の肩に確かにのしかかっていた。
ふと、窓の外から鳥の声が聞こえた。
日が暮れ、ほんのわずかに差し込む橙の光が、部屋の壁を染めている。
その色が、どこか“懐かしい”と感じた。
昔、訓練施設の狭い窓から差し込んだ、あの夕焼けとよく似ていた。
(あの頃の私は……何を夢見ていたのかしら)
夢を、見たことなどない。
ただ“命令に従う”だけの生き方を、彼女は選ばされた。
だけど今――ほんの少しだけ、その刃が、誰のために動いているのか、
わからなくなるときがある。
「……甘いわね、私」
誰に向けるでもなく、ルミエールは独り言を零した。
それでも――目は決して、迷ってなどいなかった。