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第二章 ふたりきりの現場、交わらぬ沈黙

北部の教会跡地は、朝の霧がまだ地表に漂っていた。

 レンガ造りの外壁はすでに崩れかけ、入口には「立入禁止」の札が掛けられている。

 だが、そこが王女エレクシア最後の目撃場所だと知る者は、ほんの一握りだった。


 ルミエールは、誰もいない石段を静かに上がる。

 その足音すら、靄に吸い込まれていく。


 すぐ後ろからは、軽やかだが気の抜けたような足取り――カイン・スミスのそれが続いていた。


「相変わらず静かだな、ルミエール。もうちょっと会話しようって気はないのか?」


「捜査中にお喋りは必要ないわ」


「そうか。“エニグマの刃”は、今も健在ってわけか」


 ルミエールは振り返らず、崩れた石段を見下ろすようにして言う。


「そんな名前、誰が呼んでるのか知らないけど……趣味の悪い称号ね」


「ま、俺じゃないってことだけは言っておくよ」


 そのとき、彼女の足が止まった。

 地面の一部が、わずかに不自然に濡れている。


「……雨の後にしては、ここの水跡だけ“新しい”」


「誰かが最近ここを歩いた……そばにある石柱、怪しいわね」


 カインの目も鋭くなっていた。軽い調子は消えている。


 ルミエールは跪き、地面を指でなぞる。

 そこにあったのは、足跡。小さく、だが確かに複数の足が入り乱れていた。


「エレクシアが攫われたのが昨夜。なのに、これはたぶん今朝のもの……」


「ってことは、連れ去った後に“何か”を確認しに戻ってきたか、あるいは別の連中か」


 ルミエールは顔を上げた。

 霧の向こうで、カインがいつもとは違う目で、まっすぐに彼女を見返していた。


 沈黙が、数秒だけ続いた。

 だが、それは気まずさではない。互いに言葉を省略しても伝わる、かすかな呼吸の一致。


「……あなたって、案外真面目なのね」


「おいおい、それ誉め言葉か?」


「まあ……少しだけ」


 そう言ってルミエールは立ち上がる。

 その口元が、わずかに――本当にわずかに、緩んだ。


 


「で、どうする? 本格的に捜査するなら、俺が周辺の聞き込みでも――」


「いいえ。私がやるわ。あなたはこの場に残って、敵に動きがないか監視して」



 そう言い残して、ルミエールは背を向ける。

 その歩みは迷いがなく、まるでそこに何かを隠しているかのように早かった。


(やっぱり……何かを探ってるな、あいつ)


 カインは、無言でその背中を見送った。

 霧が、その姿を少しずつ飲み込んでいく。


 


 そのころ、エルディール王国の王宮――


 作戦室では、ルイとエレーナが地図と情報ファイルをにらみ合っていた。


「……カインとルミエール。あの組み合わせにしたの、意図的?」


 エレーナが問う。

 ルイは視線を地図から上げずに言う。


「そう思うのであれば、そう思っていただいて構いません。」


「濁すってことは、何か考えがあるのね」


「不要な推測は、任務の邪魔になりますよ。……エレーナこそ、カインを見張っているように見えますが?」


「ただの興味よ。……無用な行動を取りそうな気配を、あの男は隠しきれていない」


「はぁ……早く捜査をしに行って下さい」


 それ以上、ふたりの間に言葉はなかった。

 ただ、各自の沈黙が、それぞれ違う温度を持って部屋に満ちていた。


 


 そして、再び北部――


 カインと別れたルミエールは、教会跡から少し離れた裏路地に足を踏み入れていた。

 人気はない。けれど、空気はどこか騒がしい。


(裏切り者……全員が怪しく見えてくる。まだ観察が必要ね。)


 そう思いながら、彼女はゆっくりと建物のドアに手をかけた。


 ――誰かの視線を感じた。その瞬間、右手がナイフを抜いた。


「……誰?」


 だが、そこには誰もいなかった。

 ルミエールは、静かにナイフを下ろす。


(……気のせい? )


 視線を感じた場所まで移動するとそこには、よく知る足跡が見つかった。


 (この足跡……エニグマ専用のブーツだわ。まさか――)


 胸の奥に、じわりと冷たい疑念が滲み出す。

 それは、王女が言っていた“裏切り者”なのか、はたまた違うもっと別の何かなのか――。

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