第一章(後編)再集結の影と、冷たい視線
王女誘拐の報せが城下に広がったのは、夜明けと同時だった。
衛兵の動きが早朝から慌ただしくなり、貴族街では目立つ外出が控えられ、
民たちは「ついに戦が来るのでは」と小声で囁き合う。
ルミエールは、王宮地下の作戦室に足を踏み入れた。
高い天井と重厚な扉に囲まれたこの部屋に、《エニグマ》の全員が集まるのは久しぶりだった。
円卓の周囲には、見知った顔が並んでいる。
だが、数年ぶりに見る彼らの表情には、それぞれの時間と変化が刻まれていた。
「よっ、来たな。」
最初に声をかけてきたのは、カイン・スミスだった。
金髪の前髪を無造作にかき上げ、軽い笑みを浮かべている。
彼は組織内で最も情報収集と現場判断に長けている。
「ずいぶんと気楽そうね」
ルミエールは短く返す。
「まあ、こういうときこそ、肩の力抜かないとな?」
「……ふうん。じゃあ、その余裕、いつ崩れるのかしら?」
短いやりとりの中に、軽さと警戒が交錯する。
(……やっぱり、この男はつかめない。昔から変わらない人ね)
「久しぶりね、ルミエール」
ロビン・マリーが、椅子から立ち上がって笑顔を向けた。
淡いピンクの髪が揺れ、空気がふっと柔らかくなる。
彼女は交渉・陽動・支援・諜報補助など、非戦闘寄りの補助をしてくれる。
「元気そうでなによりだわ」
「あなたこそ、変わらないわね」
「ありがとう。でもリリーちゃんは、最近ちょっと調子に乗り気味かもしれないわね?」
「えっ!ロビンさん、なにそれ〜!?」
「あなた、最近戦闘で調子に乗ってケガしたって聞いたわよ」
頬を膨らませながら抗議するのは、リリー・フランシス。
主に“潜入型”任務や接触工作を担う。表情・言動を操る役割に長けている。
その愛嬌のある表情の裏に、ルミエールはふと視線を感じた。
(……一瞬、目が笑ってなかった? 気のせいかしら)
「喋ってる暇があるなら、報告を聞きなさい」
低く、冷ややかな声が部屋に響いた。
エレーナ・アルベールだ。腕を組み、壁にもたれながら皆を見ている。
実戦寄りの暗殺者であり、判断力と即応力に優れている。
「その言い方、もうちょっとどうにかならねぇのかよ……」
隣からぼやくのは、ヴィクター・ガルシア。
表情は険しいが、その口調にはどこか馴染んだところがある。
働戦闘最前線担当。暗殺というより「制圧と破壊」に特化したエニグマの“切り札”だ。
「いつも通りね、あなたたち」
ルミエールが呟くと、ヴィクターとエレーナは同時にそっぽを向いた。
「では、始めましょう」
会話を切ったのは、冷静な男――ルイ・バートン。
分析・計画立案・指揮補佐・戦術支援などを担当する戦略型暗殺者だ。
青い髪を撫でつけた彼は、配られた資料を見ながら言った。
「王女エレクシア・ホワイトが、昨夜未明に攫われました。現場は北部の修道院裏手。
通報までの時間差を考えると、犯人は相当な手際だったと見られます」
「何者かはわかってんのか?」
ヴィクターがぶっきらぼうに呟く。
「現時点では不明。ただ、スタール国の傭兵団に類似した痕跡が見られました。」
ルミエールの中に、静かに火種が灯っていく。
「今回の任務は、二手に分かれて行動します」
ルイは淡々と続けた。
「エレーナ、ヴィクター、あなた達は市街地の裏路地へ。
リリー、ロビンは貴族街の情報収集。……そして、カインとルミエールは、現場調査へ」
「お、俺とルミエール? そりゃまた珍しい組み合わせだな」
カインが口を歪めて笑う。
「よろしく頼むわ、“相棒”」
ルミエールは短く言って、先に立ち上がった。
その背中を見て、カインはわずかに目を細めた。
(あいつ……そんなこと言うやつだったか?)
部屋を出て歩きながら、ルミエールは誰にも聞こえないように呟いた。
「……ここに、裏切り者がいる。だけど、まだ誰かわからない」
その言葉は、自分に言い聞かせるためのものだった。