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異怪討伐記――僕にしか見えない化け物  作者: 阿部綾人
孤独な少年と白銀の狐
9/23

09 調べる者

 午後の情報の授業は、自由時間が少しあるどころか、珍しく1時間丸々自習となった。

 

 教室にいたのは情報の先生が一人と同じクラスの生徒のみ。

 

 教卓近くの教員用PCの前には座らず、書類を見て、何かペンで書いたりしているだけで、教室の生徒たちのPC画面を看視する先生専用のPCには一切目を向けていなかった。

 

 それは翔にとって、まさに僥倖だった。


(……今しかない)

 

 いつも通り席は自由だった。

 

 生徒たちは仲の良い友人同士で固まり、和気あいあいとしゃべったり、ネットでゲームをしたりと、にぎやかにそれぞれの時間を過ごしている。

 

 翔は、教室の一番端のPCに座っていた。

 

 誰とも話さず、誰にも気づかれないように。

 

 それはいつも通りの光景だったが、今日に限っては、その孤独がありがたかった。


(……こんなの、見られたらもっと変な目で見られる)

 

 静かにキーボードを叩く。

 

 検索ワードは——「槍 自作」「自作武器 材料」「水道パイプ 槍」——そんなものばかりだった。

 

 もちろん、翔にはスマホもパソコンもない。

 

 家にネット回線はあるし、PCもスマホも自分以外は持っている。だが今住んでいる家の人からは贅沢ものだと、必要ないだろうと言って与えてもらえなかった。

なのでこの学校の授業でしか触れられない。

 

 だからこそ、限られた時間に全神経を集中させていた。


(こんな時代に生まれたのに、僕は“知る”ことすら制限されてるんだな……)

 

 ふとそんな自嘲めいた気持ちが頭をよぎる。

 

 検索を続けると、コスプレ用の武器を自作している人のブログや動画にたどり着いた。

 

 細部にこだわった装飾、リアリティのある質感——驚くほど手が込んでいた。

 

 そして、そこに記されていた「材料一覧」を見て、翔は眉をひそめた。


(……高い)

 

 PVCパイプ、木材、金属パーツ、接着剤、研磨用のヤスリ、塗料……

 

 その素材が何かは全く分からなかったが、全て揃えれば一万円近くはかかるようだった。

 

 翔の財布の中には、約2000円しかない。

 

 それは毎月与えられる5000円のうち、毎月コツコツ貯めてきたお金だった。

 

 これは翔が自由にできる、という名目の金である。

 

 けれど、実際には何かトラブルが起きたときのために、翔はそれに一切手をつけてこなかったし、毎月200~300円ずつ貯めてきたものだった。


(使うとしたら、今しかない)

 

 改めて材料を洗い出す。

 

 ブログや動画の中には、もっと簡易的に作っている例もあった。

 

 たとえば——

 

•柄の部分には水道用のパイプ(おおよそ1000円)

•化け物の石とパイプを繋げるための、短めの園芸用のジョイント棒(300円程度)

•強度を補うためにガムテープ(200円)

•瞬間接着剤(300円)

 

 そして問題は交通費。

 

 翔の暮らす村から最寄りのホームセンターまでは、バスで片道300円、往復で600円。


(合計で……2400円。ギリギリ足りない)

 

 計算しながら、翔は指先を止めた。

 

 財布の中にはちょうど2000円ちょっと。

 

 けれど、それは“何かあったときのため”に絶対に手をつけてこなかった金だった。

 

 食費は含まれていない——とはいえ、そこに手を出すのは危険すぎる。

 

 何より今日は7月25日、金曜日。

 

 明日からは夏休み。給食も当然なくなる。

 

 あと6日で次の5000円がもらえるとはいえ、今ある金をホームセンターで大きく削ってしまえば、夏休み中に飢える可能性すらある。


(……我慢するしかない。あと6日だ。それまでに死ななきゃ、なんとかなる)

 

 そう思い込むように息を吐き、翔は椅子の背にもたれた。

 

 思い浮かぶのは、あの戦い。

 

 爪を食い込ませてきた化け物の腕。震える自分の手。

 

 刺し続けるしかなかったあの時、もし、もっと間合いの外から攻撃できていれば——


(これがあれば……)

 

 化け物の石に穴を空け、園芸棒をジョイントし、パイプと合体させる。

 

 即席ではあるが、それでも距離を取って一撃を加えられるというのは、翔にとって決定的に違った。

 

 ふと、画面に表示された完成品の画像を見て、自然と胸が高鳴っている自分に気づく。


(……こんなにワクワクするなんて)

 

 ずっと怯えていた。

 

 見えないものに怯え、逃げ、縮こまりながら過ごしてきた。

 

 でも今は違う。

 

 この手で何かを変えようとしている。

 

 “戦う”ための道具を、自分の意志で選び、作ろうとしている。

 

 たったそれだけのことが、翔の心をどこまでも軽くした。


(今月はもう残り数日。来月の支給まで耐えれば……きっと、これが作れる)

 

 画面の中に映る、黒いパイプのシルエットを見つめながら、翔は小さく拳を握った。


(……もうすぐ、僕はまた一歩、進める)

 

 その目には、確かに微かな光が灯っていた。

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