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異怪討伐記――僕にしか見えない化け物  作者: 阿部綾人
孤独な少年と白銀の狐
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04 はじめての武器

 石を削る作業が終わったのは、日付が変わる少し前だった。

 

 約三時間、いや、それ以上かもしれない。時計を見るまで、翔は時間の経過をまるで意識していなかった。

 

 それほどまでに、削る作業に没頭していたのだ。

 

 異様な黒い石を両手で持ち、ただひたすらに、角を落とし、形を整え、先端を尖らせていく。

 

 削るたびに手が痛み、擦れる感触が掌に食い込んだ。けれど、止めようとは思わなかった。

 

 石同士をこすり合わせていくその作業は、まるで何かを祈るような、無言の儀式にも似ていた。

 

 時間の感覚は薄れ、翔の思考は“形”を追い求める一点に集中していた。どの角度から削れば、どう削れば持ちやすくなるか。自分の手に馴染む形とはどんなものか。

 

 調整に次ぐ調整。

 

 思いつく限りの全てを試し、ほんのわずかな違和感すら許さず、慎重に、丁寧に、削っては削り直した。

 

 そうして出来上がったのは、元のごつごつとした不格好な塊から、全く別の“武器”と呼べる形に生まれ変わったものだった。

 

 形は、手のひらにすっぽり収まる程度。長さは約十センチほどで、細身の刃物のように整えられていた。

 

 素材の持つ自然な艶と深い黒色が相まって、まるで黒曜石で作られたナイフのような印象を与えていた。

 

 刃先に向かって滑らかに細くなるフォルムは、確かに不格好だった。不器用な手で削った分、左右のバランスもどこかいびつだ。

 

 けれど、それがかえって味のある造形に思えた。

 

 元の素材が良すぎたのだろう。ただ先端をとがらせただけなのに、妙に“完成された何か”のように見えてしまうのだった。

 


 翔はその刃を持ち、庭先に転がっていた丸石を試しに叩いてみた。

 

 ——パキンッ。

 

 乾いた音とともに、普通の石が真っ二つに割れた。


「……すごい……」

 

 先端はまったく欠けていない。

 

 むしろ異様なほど鋭さを保っていた。

 

 切れ味がどれほどのものかまでは分からない。

 

 けれど、これを人の皮膚に押し当てて引けば、血が出ることくらいは確信できた。


(殴るだけじゃない。これなら刺すことも、切ることもできる)

 

 手に伝わる重量感も悪くない。

 

 翔の中で、初めて“武器を持った”という実感が生まれていた。

 

 息を吐き、月を仰ぐ。

 

 化け物が出るのは、だいたい月に二、三回。

 

 今日のように一晩で二匹同時に現れるのは、極めて稀なケースだった。

 

 だからこそ、これから先また出会うときのために、戦い方を考えておかなければならない。


(いつ現れるか分からない。こっちから仕掛けるなんて無理だ)


 待ち伏せも難しい。

 

 化け物は前触れなく現れる。

 

 角を曲がった瞬間に鉢合わせたことも何度もある。そのたびに驚いて叫び声を上げてしまい、通行人に変な目で見られた。

 

 化け物が曲がってくるタイミングで自分も驚いてしまうかもしれないと思うと、現実的ではないだろう。

 

 過去に一度だけ、宙に浮かび足のない幽霊のような化け物を見たことはあったが、それは本当に例外だった。

 

 基本的には、どの化け物にも脚があり、そして翔自身よりも少し足が遅い。

 

 とはいえ、それはあくまで“少し”でしかない。油断すれば、すぐに背後を取られる。だが、今の翔にとっては、その“少し”の差が、命を分ける決定的な違いになっていた。

 

 ——笑いながら、真っ直ぐ自分に向かって突進してくる。

 

 得体の知れない、異形の化け物たちは、なぜか常に笑っている。甲高く、耳障りで、乾いた“ケタケタ”という笑い声。それが近づくたび、心臓が締めつけられるような恐怖に襲われる。

 

 その姿を想像しただけで、背筋に冷たいものが走った。

 

 肌が粟立ち、心拍が無意識に早くなる。

 

 でも、だからこそ、その特性を逆手に取ることができるかもしれないと思った。

 

(……逃げるふりをして、誘い込む。そして——)

 

 まず、化け物と視線を合わせ、あえて怯えたように背を向けて走り出す。

 

 走る速度は、全力ではない。あくまで“必死に逃げている人間”を演じられる程度に、遅めに。

 

 背後から、あの笑い声が近づいてくる。どんどん距離が縮まる。息が乱れ、喉が焼けるように痛んでも、決して振り返らない。

 

(……背後を取らせて、振り向きざまに刺す)

 

 そう。化け物との距離がわずか数メートルに詰まった、その瞬間。

 

 思い切り体を反転させ、相手の勢いを逆手に取って、槍のように構えた異怪石を叩き込む。

 

 真正面からぶつかるのではない。

 

 狙うのは、相手が油断しきった“勝ちを確信した瞬間”。

 

 その刹那こそが、唯一、翔にとっての“勝機”だった。

 

 もちろん、リスクはある。タイミングを一瞬でも誤れば、自分がやられる側になる。

 

 だが、これまでの観察と経験を踏まえれば、化け物の多くは自分よりわずかに足が遅く、動きも単調だ。

 

 なにより、追いかけることに集中していて、真正面からの攻撃には反応が鈍い気がする。

 

 この前の化け物同士の戦いでも、自分たちが攻撃することしか考えず、相手の攻撃に無頓着だったように思える。

 

(これなら、できるかもしれない)

 

 作戦は単純だ。

 

 けれど、その単純さが、自分にとって最も確実な“生き残る道”なのだと、翔は信じていた。


 

 化け物はいつも、笑いながら自分に向かって突進してくる。あの笑い声と足音が聞こえれば、どこにいるかはすぐに分かる。

 

 つまり、背後を取られても焦らずに構えられる可能性がある。  真正面から来るよりも、むしろそっちの方が落ち着いて狙えるんじゃないか——そんな気さえしているのだ。

 

 翔は、黒いナイフを握り直した。

 

 この“刃”で、これからの自分を切り開いていく。

 

 そう思えた瞬間、心の奥に灯った希望の火が、少しだけ大きくなった気がした。

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