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6.泥酔女とストーカー

 更にその後、拾蔵はディナーまでご馳走になってしまった。

 晩飯時には帰りたいと先に申告していた拾蔵だったが、その理由は余り遅く帰ると自炊時間が取れなくなるからである。

 その拾蔵からの言葉を受けて、琴音はならばと即座に高級洋食店で予約を取り、その足で拾蔵を招待してくれた。聞けば、どうやら今日はバイトの給料日なのだそうだ。


(何とまぁ……フットワークの軽いひとやなぁ)


 などと内心で感心すると同時に、どこの馬の骨とも知れない男を軽々と夕食に誘う辺り、矢張り女の魔性、肉食系の勢いは恐ろしいと改めて感じ入った拾蔵。

 ひとまずこの夜は美味い肉料理にありつくことが出来たから良かったものの、相手が悪ければ妙なマルチ商法や宗教勧誘に引っかかる場合もある。

 改めて、気を付けなければならないなと自らを戒めることにした。

 ところが今宵、どういう訳か琴音はやけに酔っ払っていた。

 拾蔵が見ていて心配になる程に、ぐいぐいとワインのグラスを空けていた。

 何かあったのかと訊くと、


「ん……いや、別に、私のことじゃないんだけど……」


 などとよく分からない応えを返しながら、火照った顔で拾蔵の面をじぃっと見つめてきた。

 何か睨まれる様なことでもしただろうか――そんなことを考えながら、拾蔵はひたすら肉料理に舌鼓を打ち続けた。

 そして問題は、帰り際に生じた。

 少し飲み過ぎたという琴音だったが、拾蔵が見る限り、かなり深酔いしている。肩を貸してやらなければ、真っ直ぐに進むことも出来ない程の千鳥足状態だった。


(何をこんなに飲み過ぎる必要があったんやろ……?)


 駅から降り立ち、琴音のワンルームマンションまで辿り着いた拾蔵は、意識が朦朧としている琴音に肩を貸したまま、オートロック式のエントランスに足を踏み入れた。


「あれぇ~? ここ、どこ~?」

「雪祭さんのマンションですよ。ほら、あともう少しですから、頑張って下さいよ」


 その拾蔵の言葉を受けて漸く状況を理解したのか、琴音はハンドバッグから取り出したオートロックキーで解錠すると、またもや半分眠り込んだ様な状態になって、拾蔵の肩を借りっぱなしとなった。

 もうここまで来たなら、部屋まで連れて行ってやるしかない。

 拾蔵は周囲に視線を走らせた。

 ここは路上とは異なり私有地内だから問題は無いだろうと判断して、琴音をお姫様抱っこで抱え上げ、彼女の二階の自室へと足を急がせた。

 そしてやっと琴音宅に到着。とうとう眠り込んでしまった彼女に代わって玄関扉の鍵を開け、そのまま室内まで運んでやった。


(ちょっと何ぼ何でも、無警戒過ぎるやろう……)


 拾蔵はもう呆れて言葉も出ない。

 夜、決して広くない室内に男女ふたり。

 普通ならばここで一夜のアヴァンチュールとなるのだろうが、拾蔵にその気も無ければ、そもそも男性機能が働かない。損した気分とはならないが、本当に良いのだろうかという危機感は多少なりとも抱いた。


(そいやぁ、さっきこのひと、俺の過去を消してあげたいとかどうとかいうてたけど……どないするつもりやったんやろ)


 多少の興味が湧いた拾蔵だが、どうせ女性特有の感情に任せた無思慮な発言に違いないと判断し、さっさとお(いとま)することにした。

 内鍵で施錠した状態で扉を閉めれば、外部からはもう鍵無しでは玄関扉は開かない構造となっている。

 拾蔵は琴音がベッドの上で穏やかな寝息を立て始めていることを確認してから、室を辞した。


◆ ◇ ◆


 そして翌朝。

 スマートフォン内のSNSアプリに、琴音から謝罪のメッセージが怒涛の勢いで届いていた。

 どうやら彼女は、マンションエントランスでオートロックを解除したところまでは覚えていたらしいが、そこから先は完全に記憶が飛んでいたとの由。

 それもそうだろう、あの後彼女は完全に爆睡状態に入り、お姫様抱っこしなければ移動も出来ない状態だったのだから。


『御免なさい! 本当に御免なさい! 私昨晩、拾蔵君に何かとんでもない粗相やらかしてなかった?』


 という様なメッセージが数分おきに届いてくる。

 そんなに後悔するなら、あそこまで深酒しなければ良かったのにと呆れた拾蔵。

 一体何が彼女をあんなに酔わせたのだろう。


(まぁ、誰しも悩みのひとつやふたつはあるってことなんかな)


 拾蔵もそれ以上は考えないことにした。

 ちらりと時計を見遣ると、登校までにはまだ少し、時間がある。

 そこで作業用PCを起動して琴音のID周辺を探り、彼女がSNSやそれ以外で何か問題を抱えていないかを軽くチェックしてみた。

 例のヤリサー事件以外では特に何も無いだろうと高を括っていた拾蔵だったが、しかし意外なところで妙な動きを察知した。

 彼女のフォロワーの中に、やたらと位置情報を探っているアカウントを発見したのだ。

 琴音はどうやら居酒屋でバイトしているらしいのだが、その彼女の足取りを追う様にして移動しているアカウントがあった。

 出待ちという訳でもなかった。となれば、考えられる要因はひとつだけであろう。


(ストーカーか)


 決して、おかしな話ではない。

 琴音はあれ程の美貌の持ち主なのだ。彼女に密かに想いを寄せている男など、ひとりやふたりでは済まないだろう。

 問題は、その行動にある。

 正面から堂々と交際を申し込むなりすれば良いものを、こうしてこそこそと追い掛け回すのは、明らかに異常だ。


(一応、芽は摘んでおくか……)


 別に琴音に対して義理がある訳でもなかったが、折角こうして知己を得た相手なのだから、せめてこれぐらいのことはしてやっても、バチは当たらない筈だ。

 拾蔵はすぐに行動を開始した。

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