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42.夜明けの奇跡

 窓から射し込む冬の弱い朝陽を浴びて、ふと目が覚めた。

 ベッドの中が、いつも以上に温かい。横に視線を流すと、玖瑠美の寝顔が間近にあった。

 結局玖瑠美は拾蔵の部屋で、クリスマスイヴの夜を明かした。

 彼女の両親は揃ってホテルに一泊している為、連絡は姉の佳那美にだけ入れておいたというのだが、佳那美はそのまま拾蔵を押し倒してしまえなどと、割りと過激な応援を寄越していたとの由。

 拾蔵は、まだ眠り続けている玖瑠美を起こすまいとゆっくりベッドから抜け出そうとしたが、この時、下半身に違和感を覚えた。

 ここ一年以上、全くご無沙汰だった感覚だった。

 まさか――拾蔵は思わず毛布を撥ね退け、己の下半身に視線を注いだ。


「あ、おはよう、拾蔵君……どうしたの?」


 ベッド上で凝り固まっている拾蔵の気配に起こされたのか、玖瑠美が寝ぼけ眼をこすりながらゆっくりと上体を起こし、そして拾蔵の視線を追った。

 その直後、玖瑠美の美貌にあっと驚きの色が浮かび上がる。


「じゅ……拾蔵君……これって……まさか……!」

「うん、いや、そのまさかやと思う……」


 拾蔵も俄かには信じられなかったが、しかし、間違い無かった。

 一年以上、その男性としての機能を果たしていなかったものが、どういう訳かこの日になって見事に復活していたのである。

 これは一体どういうことなのか。何が切っ掛けで、突然蘇ったのだろうか。


「ね、ねぇ……その……触っても、良い?」

「付き合い始めて二日目やっちゅうのに、また大胆やな……」


 呆れた拾蔵だが、しかし拒絶はしなかった。自分でも未だに信じられない以上、他人が触れることによってこれが事実であるということを実感したかったのかも知れない。

 玖瑠美はおずおずと手を伸ばし、そして拾蔵の股間にゆっくりと触れた。

 間違い無くそれは、がちがちに硬くなっていた。


「や、やったよ、拾蔵君……な、治ってる。治ってるよ!」

「うん、そうみたいやな」


 拾蔵は玖瑠美が触れているその部分と、そして彼女の顔との間で何度も視線を往復させた。

 これは、奇跡か何かか。それともまだ夢の中に居るのか。

 もし後者であれば、もうしばらく覚めないで欲しいとすら思った。


「大丈夫、もう大丈夫だよ拾蔵君……あ、そうだ! お赤飯炊かなきゃ!」

「いやいやいや、それ女子の場合だけやろ」


 拾蔵は苦笑を浮かべて小さくかぶりを振った。

 しかしどういう訳か、玖瑠美は依然として拾蔵の股間に触れたままだ。しかも頬が妙に赤く、呼吸も少しばかり荒くなっている。


「ね、ねぇ……もし拾蔵君がシたいなら……その……ヤ、ヤっちゃう?」

「せやからまだ付き合い始めて二日目やっちゅうねん。お試し期間っての、もう忘れたんかいな」


 心底呆れながら拾蔵は自身の股間から玖瑠美の手を押し退け、ベッドを降りた。朝食の準備を進めなければならない。

 そんな拾蔵に、何故か残念そうな面持ちで微妙な笑みを向ける玖瑠美。しかし決して、機嫌が悪いという訳でもなさそうだった。


「やっぱり拾蔵君は、他の男の子とは全然違った……あたしが付き合いたかったのは、こういうひと」

「よぅ分からんこというてるな……パンでエエか?」


 やれやれとかぶりを振りつつ、拾蔵はキッチンに立った。


◆ ◇ ◆


 その日、玖瑠美とは夕方までずっと一緒だった。

 彼女が探していたというコスメブランドをふたりで見て廻り、一度行ってみたかったという観覧車にも挑戦した。以前から気になっていたというカフェに足を運んでみたり、話題の映画を観てみたり。

 拾蔵は玖瑠美のやりたいこと、好きなことだけに時間を費やした。

 この日の玖瑠美は、学校で会う時とは比べ物にならない程に楽しそうで、拾蔵と共に過ごす時間を目一杯堪能している様に見えた。

 そんな楽しい時間は、あっという間に過ぎ去っていった。


「ほんなら、また明日な」

「うん……今日は、ありがと。それから……これからもずっと、ずぅっと、宜しくね!」


 白坂家の玄関前で別れる際も玖瑠美は随分と名残惜しそうで、拾蔵が大通りへの角を曲がるまでずっと見送っていた。

 そしてその夜、隣室を訪問した。

 この日を最後に、拾蔵は琴音の部屋へ足を運ぶのをやめるつもりだった。


「聞いたわよ拾蔵君! 遂に玖瑠美ちゃんと、お付き合いするんだって?」


 拾蔵が顔を見せるなり、琴音は心底嬉しそうに拾蔵の手を取って大いに喜んでくれた。が、拾蔵はどうにも申し訳ない気分だった。

 今まで散々世話になってきたお姉さん的存在の琴音とは、少し距離を取らなければならない。

 理由は勿論玖瑠美との付き合いという面もあるが、それ以上に自身の男性機能が復活したからでもあった。

 拾蔵がその旨を告げると、琴音は涙ぐんで更に喜んでくれた。


「良かった! 良かったじゃない拾蔵君! お赤飯炊かなきゃ!」

「いや、だからそれは女子の話でしょ……」


 拾蔵は苦笑を禁じ得なかった。玖瑠美といい琴音といい、変なところでズレ方が共通していた。


「でも拾蔵君さ、ご近所付き合いはこれからも、してくれるんだよね?」

「あぁ、そらぁ勿論。俺もまだまだ琴音さんに教えて貰いたいこと、一杯ありますし」


 その応えに、琴音は幾分ほっとした様に胸を撫で下ろしていた。

 拾蔵も、玖瑠美との関係があるからといって、琴音との交流までをも放棄するつもりは無かった。琴音は琴音であり、彼女はまさしく拾蔵の本当の姉の様な存在だ。

 今更彼女を拒絶するなど、拾蔵は端から考えていなかった。

 そうしてひと通りの挨拶が終わり、自室に戻ると、今度は和香から祝いのメッセージが届いていた。

 何故か尊死というフレーズがやたらと連続しており、これからふたりのアツアツっぷりをじっくり堪能させて貰うというよく分からないひと言で〆られていた。


(ケツ山先生……相変わらず独特な発想やな……)


 そんなことを思いながら、拾蔵は玖瑠美からのメッセージを開いた。

 そこにはただ、


「好きだよ」


 というシンプルなひと言だけが届いていた。

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