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4.スイーツから垣間見える導線

 数日後、拾蔵は自宅マンション近くにもうひとつ、新たにワンルームマンションを借りた。

 理由はネット回線の速度上限問題だった。今住んでいるマンションに入っている回線は通信規格が一世代前のもので、正直色々なところでボトルネックが生じ始めている。

 これに対して新たに借りたワンルームマンションには最新規格の回線が導入されており、ハッキングの際にも快適に事を進めることが出来るだろう。


(まぁ自宅の方は、自前の倉庫としてそのまま使えるしな……)


 或いは、遠方からの客人を泊める為の宿泊部屋に使っても良い。

 いずれにせよ、新しいワンルームマンションが今後の主戦場だ。拾蔵は一週間程度で賃貸手続きから引っ越しまでを速攻で終わらせ、早々に新生活をスタートさせていた。


(また厳さんに色々世話になってしもたな……まぁ、ハッキングで恩返しするしかないかな)


 未成年の拾蔵ひとりでは、不動産を借りることは出来ない。その為今回は、厳輔が名目上の借主ということになっている。その他のインフラ関係諸々も全て厳輔の名義を借りたり、保証人になって貰ったりした。

 勿論、実際に費用を負担するのは拾蔵自身だ。

 マインドシェイドでの活動以外に、株式投資でも相当な資産を形成している拾蔵は、実のところ今の段階でも一生食うには困らない程度の資金力を有している。

 本当なら態々高校を卒業しなくとも、普通に遊んで暮らせるだけの余裕はあった。

 が、この若さで何もせず、ひとりで悠々自適な生活を送るとなると、色んな方面から目を付けられてしまい、無駄に怪しまれてしまう。

 そうなると、ハッカーとしての活動にも支障が出るだろう。

 その為拾蔵は、金銭的にも将来的にも何の不安も無いのだが、一応ひとりの高校生として普通の生活を装う必要があった。


(ひとり暮らししてる時点で、役所とかにはもう奇異の目で見られてるかも知れへんけどな……)


 ふとそんなことを考えたりもしてみたが、こればかりは最早どうしようもない。

 ともあれ、引っ越しを終えた拾蔵は早速新居からの通学を開始した。

 いつもの様に、そしていつもの時間に教室へ到着すると、窓際の自席で誰とも言葉を交わすことなく、そっと静かに腰を下ろす。

 そこに居ることすら誰にも気づかれず、意識を向けられることも無い。

 これが拾蔵の学校に於ける日常だった。否、もしかすると拾蔵の存在に気付いている者が居るかも知れないのだが、敢えて気付かぬ体を装って無視しているということも考えられる。

 だがいずれにせよ、拾蔵に近づいてきて声をかける者が居ないという点に於いては、どちらであっても特に違いは無いだろう。

 そう、これが拾蔵の日常であり、学校生活だった。

 ところがこの日は、放課後の帰り際になっていつもと異なる光景が拾蔵を待ち構えていた。


「あ……笠貫さん!」


 正門を出たところで、どこかで聞いたことのある女性の声が追いかけてきた。

 振り向くと、そこにはシックな色合いのロングスカートとカーディガンを合わせた琴音の姿があった。

 過日彼女を救出した際はすっぴんだった為、薄い化粧でその美貌を綺麗に纏め上げた姿を見た時には、一瞬誰だか分からなかった。


「え、雪祭さん? 何してんですか、こんなとこで」

「待ってたんです。笠貫さんを」


 にっこりと微笑む琴音に、拾蔵は内心で反吐が出る思いだった。が、流石に公衆の面前ということもあり、何とか自分を律して平静を装った。

 この間、下校してゆく同校の生徒達がちらちらと視線を送ってくる。琴音の美貌は遠目から見てもよく目に付く程に際立っている為、どうしても注目を浴びてしまうのだろう。


「あの、突然で本当にすみません……その、今日はこの後、何か予定ってありますか?」

「いや別に……あと雪祭さん、その敬語とかさん付けで呼ぶの、何とかなりません? 俺の方が年下のガキですし、却って話しづらいんですけど」


 拾蔵のこの申し入れに対し、琴音は心底困惑している様子だった。

 が、こういつまでも敬語が続き、更には年下なのに笠貫さんなどと呼ばれるのは、周囲に対して余計な誤解を生じさせかねない。

 ハッカーとして極力目立つ状況は避けたい拾蔵としては、琴音にお姉さん然として振る舞って貰う方が遥かに有り難かった。


「えっと、そ、そんなに、お困り、ですか?」

「めっちゃ困ってます」


 ここまでいい切って漸く琴音も理解し、そして腹を括ったのだろう。彼女はしばらく瞼を閉じ、何度か深呼吸を繰り返してから、意を決したかの様な面で拾蔵の顔をじっと見つめた。


「じゃあ改めて、笠貫君。この後、良かったらちょっと付き合って欲しいんだけど」

「えぇまぁ……晩飯時までに帰れるんなら全然良いですけど」


 すると琴音の美貌がぱっと明るくなった。

 彼女は余程に嬉しかったのか、拾蔵の手を取って嬌声を上げた。


「じゃあね、じゃあね、私のお気に入りのカフェ、行きましょ! そこのスイーツとかが凄く美味しくて、きっと笠貫君も喜んでくれるんじゃないかなって思うの!」

「え……俺、そんなスイーツ好きに見えました?」


 頭を掻きながら、はっと思い返した。

 そういえば琴音を救出して彼女を拾蔵宅に泊めてやった際、デザートを出してやった。実はあれは、駅前ではそこそこ有名な洋菓子店の高級タルトだったのだが、それを1ピースだけカットして簡単なお茶請けとして出してやったものだった。

 恐らく琴音は、男のひとり暮らしであんなデザートが出てきたというところから、拾蔵がスイーツ好きだと推測したのだろう。


(このひと、案外侮れんな……)


 そんなことを思いながら、拾蔵は琴音に手を引かれるまま駅前方向へと歩を進めていった。

 周囲からは相変わらず、奇異と羨望の眼差しが降り注いでいる。

 琴音の美貌はそれ程に、若い男子高校生らには刺激が強かったのかも知れない。

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